源氏と平家
徳島へ旅行した際、秘境として有名な祖谷のかずら橋を渡ってきました。この辺りには平家の落人伝説があり、実際に安徳天皇の主治医堀川内記の子孫が代々生活していたといわれています。追手が近づいた場合には、かずら橋をいつでも切り落とすことができたとの伝承もあります。全国に分散する平家の落人が居住していたという地域から、平家のシンボルである古びた赤旗が見つかっています。源氏と平家は白と赤で区別され、およそ日本で初めて企業ブランドを色分けして表現し、コーポレートカラーの草分けともいわれています。源氏は東国、平家は西国と地域別でもあります。天下分け目の戦い関ヶ原の合戦も大雑把には東西に分かれた戦いでしたし、結果的には明治維新も東西の戦いとなりました。武士の旗印として、源氏と平家、ライバル同士が白と赤で色分けされ、東西同様に二つの陣営に別れました。まさしく、長く続く武士の世のはじまりにふさわしいシンボリックな色分けでした。源氏や平家の子孫は様々な地域で争いながら、封建社会を生き抜きました。紅白は未だに運動会や歌合戦などの様々なイベントで使用され、戦闘モードを高める旗印となっています。
環境と色
小中学生の頃、大気汚染や水質汚濁、土壌汚染、騒音、悪臭など公害の悲惨さについて、毎日のようにマスコミで報道されていました。話題の東宝のゴジラ70周年記念作品「ゴジラ−1.0」は観る者を圧倒する程の大迫力で一見の価値がある秀作ですが、私にとってゴジラ映画の中で特に印象に残っている作品は「ゴジラ対ヘドラ」です。当時子供達のヒーロー、ゴジラが気味の悪い得体のしれない公害怪獣ヘドラと戦う映画で、静岡の田子の浦が舞台でした。昔から風光明媚で名高い田子の浦は60年代から70年代前半にかけて、ヘドロに蝕まれ水質汚濁が著しく、反公害運動が盛んでした。ヘドロの影響でオタマジャクシから変貌を遂げた公害怪獣ヘドラと戦う正義のゴジラを夢中で応援したのを想い出します。当時、「公害」は老若男女に広く認知された言葉でした。
1920年代から日本でも「企業の社会的責任(CSR)」が議論されてきましたが、実際の高まりを見せたのは70年代の「反公害運動」や「消費者運動」からです。反公害運動や消費者団体を先頭にした消費者運動は、企業の意思と離れた行動原理・原則を持ち、非常に能動的で社会におけるパワーとなりました。そうした背景もあり企業優位の姿勢から、消費者など様々なステークホルダーを有する社会との共生が経営上の重要課題となりました。ただ、当初の「企業の社会的責任」は企業にとっては必要不可欠な(プル型)ものであり、最近のSDGsやSRIをめぐる企業戦略上の武器(プッシュ型)としての取り扱いとは異なります。
いつの間にか「公害」は使用されなくなり、「環境」という言葉が幅を利かすようになりました。「環境」に配慮しているというイメージを企業の重要な武器と位置づける有力企業が増えたことが一因です。環境のイメージを表現する色彩として、緑や青、それに近い色が思い浮かびます。企業イメージが向上した企業は緑や青を宣伝や広報に上手く活用しました。緑と青は「公害」を防ぐ企業から「環境」に配慮する企業へと企業イメージを変えたのです。
景観デザインと色
歴史と伝統ある美しい街並みを誇る京都には、色が控えめな看板や建物を見かけます。多くの歴史的建造物が存在する景観を保持するための街づくりが整備されています。景観を守るために2007年に制定された景観条例「京(みやこ)の景観ガイドライン」によって、色やデザイン、屋外の広告、建物の高さなどに関する決まりが厳しく設けられています。街の雰囲気を守り統一された色やデザインは、美しさと落ち着きのある印象を演出しています。景観条例とは良好な都市景観の形成を目的に、各都道府県で細かく条例が制定されています。美しい街並みを保持するためには一般の地区に比べて歴史的な地区は細かいルールがあり、比較的落ち着いたトーンの色合いが求められます。京都では日本全国に点在する人気企業から、世界で知られる有名チェーン店までがその厳しい規定をクリアした看板やロゴマークを使用しています。また、郵便ポストまでも赤ではなく茶色であったり、瓦や竹をモチーフとした和風なデザインも目立ち、世界でも京都にしかない風合いにその姿を変えています。色の持つ力を有効に活用することは継続的な街づくりには必要不可欠なのです。
コーポレートカラー
コーポレートカラー(=シンボルカラー)は企業や団体、組織を象徴する色です。ロゴマークや看板、商品、パッケージ、名刺、Webサイト、店舗などあらゆるコンタクトポイントに統一して使用することで企業ブランドを構築し、多様なステークホルダーに対してのコミュニケーションを可能にします。強いブランドは企業や商品と色が強く結びついて人々に記憶されています。また、色は景況感を表現するといわれるように、色から連想するイメージが直接的に企業の積極性を表しているとさえいえます。企業理念やビジョン、パーパスも適切なコーポレートカラーを選び出すことでその意味や方向性を表現できると考えられます。
新しくコーポレートカラーを決める際の6つの要素を取り上げます。①競合との差別化。通常、同業や競合と同色では差別化は困難です。業界や社風を考慮した上で、同色にする場合は色のトーンに変化をつける必要があります。②企業カルチャーの可視化。無形資産である企業カルチャーにふさわしい色を見極めて導入すべきです。③色の持つ典型的なイメージ。人の心理に働きかけるには青はクールで知的、赤は情熱的でエネルギッシュ、黄色は快活でフレンドリー、オレンジは親しみやすく家庭的、ピンクは可愛くて優しい、など典型的ではありますがそれぞれの色は企業イメージの連想に欠かせません。➃無彩色を選択。黒やグレーを敢えて選択することで、扱う分野が幅広く多様性を重視した企業イメージを醸成することが出来ます。無彩色は多様性を表すシンボルともなります。⑤業種や領域の検討。海や空に関する業界は青、森林や環境は緑、新しい業種・業界は白、など色からのイメージが膨らみやすいといえます。⑥社名や商品名からの創造。社名や商品をネーミングするには、色も念頭にした様々なアイディアから生まれたはずです。その過程に踏み込んで色を決めます。
戦略的に選択したコーポレートカラーは、企業の特別な想いが込められているはずです。色の持つ戦闘力は想像以上に破壊力を持ち、企業経営への活かし方が改めて注目されます。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。