卒業旅行
大学の卒業旅行ではヨーロッパに4週間近く滞在し、憧れていた西欧の文化や食文化に直接触れ、旅行中は驚きと感動の毎日でした。2月に成田空港を出発、ギリシャから始まり、のべ10か国を廻り、かなり強行軍でしたが若かったこともあり、ワイン(水より安価でした)を飲み過ぎても翌朝にはすっきり回復。朝から晩まで各都市間を移動しました。ユーレイルパスを購入したため、電車は乗り放題で常に時刻表と地図は手放さず、国によって通貨も異なるため、頭をフル回転させて少しでも損がないように通貨を交換しました。英語とドイツ語の会話はある程度は理解出来ましたが、フランス語やスペイン語などラテン系の言語は先方の話も文字も全くわからず残念な思いをしました。また、旧約聖書や新約聖書の知識が不足しているのを痛感し、建築やアート(芸術)に対する知識も無く、自分の不甲斐なさに呆れたことを覚えています。食については特にイタリアとスペインが印象に残っています。フランス料理は高価であると予想したので、パリでは中華料理ばかり食べていました。将来、ヨーロッパへ大名旅行をし、十分に食文化を楽しむことが夢となりました。直近の4月から社会人となり就職することに、一抹の不安と寂しさを感じていたことも確かです。旅行中に一緒だった友人達とは未だに卒業旅行の話をしながら懐かしんでいます。
文化庁と京都
2023年3月27日、満を持して文化庁が京都へ移転しました。東京一極集中の是正や地方創生、新たな文化行政など様々な関心が集まっています。明治以来150年ぶりの中央省庁移転は日本が文化芸術立国であることを世界に宣言した文化行政の大改革だと信じます。
美術品や工芸品、伝統芸能、寺社、日本庭園、ゲーム、大学などの研究機関と考えただけでも京都には重層的に文化資源が存在しています。古から積み重なった厚い文化の魅力が外国人を引き付けるのです。世界へ日本文化の素晴らしさを発信する拠点「文化首都」としての潜在能力を京都ほど有している都市はありません。京都では続々とハイテク企業が産み出され、産学官の連携が進む土壌があります。海外との文化交流もさることながら、日本発で物事を創り出すといった発想も不可欠であり、京都は最も環境が整備されています。
卒業旅行から帰国後、新入社員としての配属先は京都でした。旅行で体験した西欧文化への感動とちょっとした西洋かぶれの症状で、しばらくは日本の文化より西欧の文化への関心が続きました。仕事を続けて1年が過ぎ、京都での四季を経験したことで、春夏秋冬、季節と合致するが如く刻々と姿を変える「千年の都京都」に憧れ、愉しめ、味わえる様になり、伝統に根差した奥深い美意識を生活や仕事の上で体験することで京文化の凄みを学びました。生活文化ひとつ取ってみても、茶の湯、京料理、生け花、祭り、習慣、行事、絵画、書、建築、庭園など見聞きすることは多く、京都在住の間に古都の伝統、素晴らしさを満喫し、少しでも吸収したくなりました。ただ、気がつけば東京へ転勤。今となっては心残りです。
アート思考
現在は先行き不透明で不確実な時代です。企業間競争も激しさを増し、商品・サービスのコモディティ化が進み、データの活用や競合分析が先行し、実行される環境にあります。企業が成長・発展し、生き残るためには社会へ新たな価値を提案・提供しなければなりません。そのためには今までの常識やデータに囚われない自由な発想が必要不可欠です。
アーティストは作品を創造する際、自己の内部で湧き起こる感覚や感情から作品を創り出して表現します。作品を通して、社会に問題を投げかけると同時に人々の感情や感性に訴えます。アーティストの作品を生み出す際の創造的プロセスを用いた思考法をアート思考と呼びます。アーティストの自由で大胆な発想をビジネスに応用することで、革新性や独自性、独創性を持った商品・サービスを創り出すことを可能にする思考法がアート思考です。ユーザーのニーズや既存の事業から離れて、企業にとって社会に何を提供したいのか、何を提供すべきかを突き詰め、社会への還元と企業価値の向上を前提に、アート思考を企業経営に取り入れることが経営者に望まれます。これからの企業経営には心の豊かさを求めて関心が高まるアートとの関係性を深め、ソフトパワーを育成することが求められています。
企業戦略におけるアート
京都のハイテク企業の多くは陶器や織機、衣料、薬など明治時代以前からの産業に原点があります。アートとの関連性が深い企業も数多く存在します。また、地元の大学や研究機関と連携し、サイエンス(科学)の力を活用・応用したり、代々続くクラフト(工芸)の技術をさらに新しく進化させた製品を創造する、伝統的かつ革新的な独特の企業も目立ちます。
「アート」は事業を続けるために直感や感性などのクリエイティブな部分を担い、「サイエンス」は事業を分析、改善するといった役割をそれぞれが担務していると考えられます。そして、「クラフト」が事業の本質であるモノづくりなのです。
異色の経営学者ヘンリー・ミンツバーグ氏が経営とは「アート」、「サイエンス」、「クラフト」の3つがバランスよく混ざり合ったものだと唱えています。これまでの経営は「サイエンス」と「クラフト」が主に重要視されてきました。「アート」は論理的に意思決定の理由を説明できないために、経営から遠ざけられるケースが多かったのですが、最近になり先進的で独自のアイディアで成功を遂げた企業は「アート」を主軸とし、「サイエンス」や「クラフト」でビジョンを支える経営形態をとってきました。先の見通しが立ちにくい現在、論理的な思考をしても答えが出ないケースも多く、直感的でクリエイティブなアート思考が未来志向のある企業では多く用いられているのです。経営に与えるメリットとして、①他社との差別化ができる、②直感力や美意識により、時代の対応したスピード経営を可能にする、③企業における美を追求することで経営判断がルール化できる、➃企業内イノベーションを活発化する、などが考えられます。企業経営では右脳、左脳のどちらをも働かせなければ生き残りは不可能です。
世界中でアートと経営の知識を習得するビジネスマンが増え続けています。もっとも、16世紀初めに「君主論」を書いたニコロ・マキャベリは戦略をart of warと訳しています。
「デザイン」と聞くと「アート」や「ブランド」といったものを想起する人は多いのではないでしょうか。本来「デザイン」とは「創意工夫をすること」を指し、「常に人中心に」考えられるものと解かれています。また、そのような考えのもとに派生した「デザイン思考」をビジネスに取り込んだものは「デザイン経営」と呼ばれ、今やその重要性は企業の方向性を操るほどであるのと共に、社会全体の価値創造にも影響する力を持っていると言われています。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、「デザイン」と企業価値向上の繋がり、企業イメージ経営の重要性について解説します。
企業イメージは企業経営にとって最も重要なもののひとつであると言っても過言ではないでしょう。企業の価値と優位性をブランディングすることは直接的に企業の利益にもつながる可能性を持っています。では、果たしてブランディングとはどういった背景を持つのか、そして、現在のブランド企業はどのような歴史や背景を経てその地位を確立したのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、過去の万博などを背景にブランドの創造・盛衰の歴史について解説します。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。