心の資本
人は生きるにあたって、最も大切なものは健康であり、からだは資本です。同様に大切なものが『心の資本』です。資本主義社会が追求している本質は「効率化」です。「効率化」を推し進めれば、余裕や無駄は不要です。無駄を省き、道草を喰うことに意味を見いださねば、人としての生きる価値を理解することは困難です。尊敬する映画監督山田洋次氏の作品からは、常に社会的弱者の側に立った人間の生き様を教えて貰えます。いくらお金持ちになっても、死に際にお金を持ってあの世へは行けません。しかし、欲望には限りがありません。欲望や好奇心を満たすために人類は進化してきました。だからといって、お金に任せて普段は体験できない欲望や好奇心を追求するあまり、自己中心的になる生き方(正体は金の亡者?)には疑問を持たざるを得ません。幸福を求める重要な要素に「義理と人情」があると思います。若い頃にはまるで興味を持てず、関心さえなかった山田洋二監督の傑作「男はつらいよ」シリーズで毎回展開される核心は『心の本質』に少しでも近づこうとすることです。すなわち人生の原風景に再会・再認識し、心の機微に触れること。今ではこの悟りというべき感覚から不思議と幸せを感じます。
資本主義経済の発展やデジタル社会の深化により、一段と『心の資本』は蝕まれています。からだと心は一体のはず。そのどちらかが欠けた時、健康も人間性もが同時に失われ、生きる意味の本質を掴めない人生を歩むことになります。『心の資本』を育み、地球愛を広く伝播するために必要な仁愛や利他への投資を行い、「心に花」を咲かせる。これからの人類にとって、真摯に取り組むべき重要な教育的課題なのです。
資本とは?
資本(capital)とは、基本的には事業活動の元手となる資金です。仕事や生活を維持するための収入、その元となるものも比喩として使われています。資本については経済学・会計学・法学など分野ごとに厳密には異なる定義が存在します。通常の経済学では、土地及び労働と並ぶ生産三要素のひとつとして定義され、生産活動を行うために欠かせない要素という点では共通しているものの、建物や設備といった物的資本や労働者の健康などの人的資本も含有されます。
マルクス経済学においては、剰余価値を生むことにより自己増殖する価値の運動体といった幅広い定義づけがあり、資本主義においては資本が主体として再生産を繰り返すことで社会が維持・成長すると説明しています。
また、大きく分類すると産業資本と商業資本などの現実資本(機能資本)、利子生み資本が存在します。次に会計学における資本とは、総資産・純資産・株主資本から利益剰余金を差し引いたもの、資本金などの概念の通称として用いられていて、それぞれが全く異なる意味のために一括して定義することは困難です。さらに、法学においては資本金と同じ意味で用いられます。株式会社の営業のために、株主が出資した資金の全部または重要部分を示す金額を指します。資本の金額は、登記あるいは貸借対照表により公示されます。
自然資本
「自然資本」が最近の経済学で注目されています。経済学の資本の概念を自然に対して拡張したものです。再生可能および非再生可能な天然資源(水・空気・土壌・植物・動物・森林・鉱物など)が有する価値を資本として捉えています。環境破壊や生物多様性の喪失など外部不経済との関連性が深く、「未来にわたって価値ある商品やサービスのフローを生み出すストックとしての自然」と定義されます。今や世界中で産業化・工業化が進展し、経済成長や企業収益を支える重要な要素である自然資本の毀損が進むといった危機的状況に我々は直面しています。自然が再生するまでの時間を上回って資源の採取が進めば、ストックである自然資本は棄損され、経済の持続性は失われてしまいます。
最近、アフリカや南米の森林喪失が世界で関心を集めています。CO₂を吸収する森林の破壊・乱開発は温暖化ガスの排出量を増やします。森林喪失の約8割は農業生産を拡大するための土地転換です。その最大の要因は、主要国のサプライチェーンを通じた輸入消費なのです。EUの欧州議会では2023年4月に森林破壊を招いた農産品の輸入を禁止するサプライチェーン規制を承認しました。地政学上のリスクも念頭にする必要もありますが、G7 等主要国を中心に広範囲で複雑化し過ぎたサプライチェーンを再構築することが急がれます。
文化資本
文化資本(cultural capital)とは、聞きなれない言葉です。フランスの気鋭の社会学者ピエール・ブルデューによって提唱された学術用語で、蓄積が可能であり自身の評価や所有価値などの利益をもたらし、親から子へ相続できる、といった性質があり、個人的な資産です。また、文化資本は三つの様態に分類されます。言葉遣いや立居振る舞いなどの「身体化された文化資本」。絵画や楽器、本、骨董品など物財として所有される「客体化された文化資本」。学歴や資格証明など社会から公的な承認を得た「制度化された文化資本」です。文化資本は家庭の階級によって異なり、文化資本の格差は世代を超えてそのまま再生産(文化的再生産)される可能性が高いといえます。社会階層間の流動性を高めるためには、単なる経済支援よりも重視することが必要な場合もあります。学校は家庭に蓄積された文化資本を子供が相続し、学歴や進路に変換する「場」と捉えることが出来ます。教育においては、経済資本(金銭・資産・財産)が学校制度の中で文化資本に転換され、就職で再び経済資本に転換される仕組みなのです。
また、ブルデユーは知り合いなどの人的ネットワークによる親密で持続的な強い紐帯、日本語の「コネ」を社会関係資本と呼んでいます。知り合いの「コネ」や「つて」が職務上の武器となり、仕事を成功させて信用や昇進などの利益を勝ち取ることもあり、社会関係資本が自分の経済資本や文化資本を有効に活用するための資本として機能し、社会的地位の上昇や維持のために貢献していると考えられます。
文化資本、経済資本、社会関係資本の関係性は固定的なものでは無く、ダイナミックで多元的なものであり、むしろ相対的なものです。このように社会をより深く洞察するためには資本について様々な方面・角度からの検証が欠かせません。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。