感受性
「感受性が豊か」とは特に少年期から思春期にかけて、その才能を持つ人は羨望の的でした。芸術・美術関連にふれる際に当てはまる誉め言葉であり、ほのかな恋心が芽生える時期にふさわしい心理状況でもあります。個人的には、いわゆる「感受性が豊かな」のは財閥のお坊ちゃんや深窓の令嬢のイメージがあり、自分とは縁遠い叙情的なものと連想していたことも事実です。
現代日本が喪失した『粋』や『心意気』、『意固地』なども感受性と関係の深い言葉です。今では『粋』はおしゃれであり、『心意気』は魂のあり方、『意固地』は意地っ張りをそれぞれの言葉の持つ意味としています。ただ、旧来の日本人の感受性からするとこれらの言葉の本来の意味には残念ながら近づけず、その背景や表現すべき中味が欠けているように思えます。まさしく感受性にまつわる言葉の意味の変遷は、日本人における感受性の捉え方の変化を表しているといえます。
伝統的に日本の芸術・美術は受け身を自然としていて、作品を理解するためには受け手の創造力や共感力が欠かせません。作品を理解できるか理解できないかではなく、作品と共存できるかが求められているのです。
世界でも独特の文化を持ち、世界に冠たるクリエイティビティを持つ日本人にとって、グローバル化が進展しITやAIが跋扈する環境下で、時代に相応しく日本人らしい感受性を表現し、世界に発信することは極めて重要です。古(いにしえ)から育んできた日本人の持つ美的感受性が継承できず、年を追うごとに世界で埋没してしまう恐れが現出してきたような気がしてなりません。
社会的感受性
改めて、感受性とは外からの刺激や印象を深く感じ取れる能力です。また、社会生活の上で相手の表情や態度、しぐさなどからその人の感情や心理状態を感じ(受け)取る能力を社会的感受性と呼びます。個人だけでなく企業や組織においても、他者との関わりを持って社会生活を送るために求められる能力です。特にチームやグループを運営するための円滑なコミュニケーションに極めて重要です。
そのメリットとして、①業績アップへの影響が大きい、②他者の視点に立てる、③集団的に知性を向上出来る、④多様性社会への対応として相応しい、などが考えられます。社会的感受性が高い人は、周りの人への興味や関心が深く、相手の話を傾聴し自分とは異なる意見を受け止められる、人としての大きな「器量」を持っています。特に感受性が高い人が多いチームは、円滑なコミュニケーション環境を築くことで新鮮なアイディアが芽吹きやすくなります。さらに、チームやグループの団結が深まることで生産性が上昇し、課題に対する解決力も高まるなどいいことづくめです。
社会的感受性を高めるには、今まで接点の薄かった他部署や異なるタイプのメンバーとの交流の促進が大切です。同時に自分の感情に気付く能力である自己認識力の向上にはある程度の訓練も必要です。そのため、コミュニケーションの研修や学習が重要視されています。「傾聴」や「質問」といった基礎的な技術を磨き続けることが社会的感受性を高めるための近道なのです。

社会的知性
一時期、ビジネス社会で感情の知能指数として一世を風靡した「EQ(Emotional Intelligence Quotient)」。アメリカの心理学者ダニエル・ゴールマンが唱えた「感情の知能指数」、「こころの知能指数」ともいうべき概念です。その発展的な概念に「社会的知性、SQ(Social Intelligence Quotient)」が最近注目されています。社会的感受性と似た言葉ですが、社会で成果を上げて快適に生きていくための社会性やコミュニケーション能力などの資質を指します。他者との関係において高い知性を発揮する能力ともいえます。
また、社会的感受性は社会的知性の一部と考えられます。「社会的知能」とも訳され、複雑化する現代の人間関係を生き抜く社会性や社交性、自分と他者を効果的につなぐコミュニケーション能力、他者の感情に共感をもって読み取り行動する能力など、人が充実した社会生活を営み、人間関係を適切に遂行するために欠かせない能力です。
生き方の知能指数ともいうべきSQが高いリーダーと低いリーダーでは、企業の業績に大きな差が生じることが実際に証明されています。SQが高いリーダーの特徴として、①明確なビジョンがある、②傾聴力が高い、③果敢な決断力、④高い情報収集力、⑤深い共感力、⑥前向きな突破力、⑦日常の謙虚な言動や行動、などがあげられます。ある研究ではSQが高いリーダーは部下達を笑いに引き込む回数が平均的なリーダーに比べて数倍多いという調査結果もあるように、職場をまとめ上げ、団結力を発揮して結果を示すには職場に多少の笑いも必要なのです。

社会的知性の本質
社会的知性は別名をマキャヴェリ的知性ともいわれています。15世紀ルネッサンス期のイタリアの政治思想家であるマキャヴェリは、著書の『君主論』において、政治の本質は欺くことと結論づけ、「君主にとって本当に誠実であることは有害だが、誠実であるふりをすることは有益だ」としています。君主に限らず、現在において政治家はもちろん幼い子供からビジネスパーソンまで上手に生き抜くために必要な能力です。ふりをして相手に信じ込ませること、演技することこそが社会的知性の本質であり、本当の頭の良さを表し、現実を動かしている真実なのです。
演技といった、ある意味で道徳的とは言い難いふるまいが、現実的には成功と強い結びつきがあると考えられます。進化心理学では、この考えをマキャヴェリ的知性仮説(または社会脳仮説)と呼び、人間の持つ高度な知的能力は複雑な社会環境への適応として進化したとしています。社会的・権謀術的な駆け引きの能力が人間の進化に影響を与えてきたとするものです。
動物の例としては高い社会的知能を持つ霊長類の集団のボスは仲間や資源を得るために社会的知性を発揮し、集団を運営・維持しています。このようにこの仮説は鳥類やクジラ類など様々な動物における社会的知能の進化を説明するには適していますが、社会的行動の複雑さを単純化し過ぎ、社会的相互作用における操作と欺瞞の役割を強調し過ぎているとの批判もあります。
多文化共生社会との共存には社会的感受性を高める必要があります。それには音楽や美術だけでなく世界中の小説や映画、ドラマに接することも大切な学習手段と考えられます。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。