人新世をめぐって ~ 人が起源の地質革命

人新世をめぐって ~ 人が起源の地質革命

SDGs(持続可能な開発目標)という言葉にも慣れ、人類と環境の関係に関しても再考が必要との認識が深まりつつある今。人類が我がもの顔で地球資源やそれら環境の利益だけを享受する行動を制し、あらゆる自然環境と共存するという考えとその行動を真剣に追求することを急がねばならない時に来ているかもしれません。本稿では「人新世(じんしんせい)」というワードをキーに、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、人類と地球の歩んできた歴史関係の精緻な理解の薦め、そして未来のために今とるべき行動は何かを問いかけます。


恐竜学部

地球上に恐竜が跋扈していた頃に、もし自分達が恐竜と共に暮らしていたらどうなるかと、小学生の時分によく友人達と話題にしました。ティラノサウルスのような凶暴な肉食恐竜の餌になったのかもしませんし、ブロンドザウルスのような草食大恐竜に踏みつぶされたのかもしれません。まさしく、映画「ジュラシックパーク」の如くです。当時は恐竜図鑑を恐る恐る眺めると恐竜が側にいるような錯覚に陥ることがありました。

恐竜が繁栄したのは中生代のジュラ紀、白亜紀辺りです。6600万年前の白亜紀に小惑星が地球に衝突したことが主な要因とされていますが、何故絶滅したのかは未だに究明されていない点もあります。

2025年4月に日本で初めて、福井県立大学に恐竜学部が誕生します。大きな話題となっていて、主に福井県を代表する恐竜や地質・古環境学などについて学べるようです。また、学術拠点として、恐竜学や地質学に関する人材育成・研究の促進を目標としています。

高校1年生の地学の課外授業で高校の近くの崖の地層調査がありました。そこで改めて、地層が地球の歴史を表していることを認識しました。過去の出来事を地層に残る痕跡から紐解き、地質時代と呼ぶ時代区分に整理した地球史に興味を持ったのと同時に、博物館で見た巨大な恐竜の化石が地層に含まれていたことに大いなるロマンを感じたのを覚えています。

恐竜学部

地質時代(地質年代)とは

約46億年前に地球は誕生しました。誕生から現在までの間で、最近数千年の記録が残っている有史時代(歴史時代)以前の地質学的な手法でしか研究出来ない時代が地質時代です。歴史とは元来、文字で記録された人類に関する過去の出来事です。時をさらに遡りまだ文字で記録されていないものの人類が関わる時代は先史時代と呼ばれています。46億年を超える地球の歴史の内、有史時代は約100万分の1であり、現実的には有史時代の長さは地質時代における誤差の範囲よりはるかに小さいのです。

現在を入れての有史時代は新生代・第四紀・完新世・メガラマニアンに含まれます。地質時代は以下の4つの累代に区分されています。新しい順で紹介すると比較的情報量が多く研究も進んでいる直近の「顕生代」(新生代、中生代、古生代)(約5億年)。顕生代と比較すると生物の化石に乏しくなりますが、微化石(顕微鏡でしか確認出来ない数㎜以下の特に小さな化石)や生痕化石(生物そのものではなく、生物の活動の痕跡が地中に残存されたもの)などが研究の対象となっている「原生代」(約20億年)。生物の化石は殆ど無くなり研究対象が主に地層や岩石となる「太古代」(約40億年)。地球上で岩石や結晶などの直接的な証拠が少なく月の石や隕石などの情報から推察あるいは読み取る「冥生代」(約45億年)。さらに細かくは代、紀、世、期と分類されます。

これらの区分は化石帯区分と呼ばれ、地層や化石の研究から導き出されています。また、第四紀(完新世、更新世)に関しては、大型哺乳類の大規模な絶滅があり、氷期と間氷期を繰り返していて、いよいよ「人類の時代」という区分になっていきます。

地質時代(地質年代)とは

人新世(じんしんせい・アントロポセン)

人新世(Anthropocene)とはオゾンホールの研究で1995年ノーベル化学賞を受賞したドイツの化学者パウル・クルッツェンとアメリカの生態学者ユージン・ストーマ―が2000年に提唱した「人類の時代」という意味の新しい時代区分を指します。人類が地球の生態系や気候に大きな影響を及ぼすようになった時代であり、正式な地質時代とするかについての議論が続いています。

人新世のはじまりは、12,000年前の農業革命からとするものから、19世紀の産業革命以降、1950年代以降とするものまで意見に幅があります。特に第2次世界大戦以降は社会や地球環境の変動が激しく増加していて、この時期はグレート・アクセラレーション(人類活動の巨大な加速)と呼ばれています。

グレート・アクセラレーションは地球における人間活動の限界を定めたプラネタリー・バウンダリー(地球の限界、Planetary boundaries)と共に人新生の根拠ともなっています。プラネタリー・バウンダリーは安全域や程度を示す9つの限界点を定めていて、人間活動が限界値を超えた場合に地球環境に不可逆的な変化が急激に起きる可能性があるとしています。2015年9月25日国連総会で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)の内容にも採用されています。

人新生は人類の活動が地質学的なレベルで地球に影響を及ぼしているために提案されている地質時代なのです。

人新生をめぐって

人新世を地質時代と認めない理由として、人新世と呼ばれる年代が最近のことであり、この地質時代を定義する地層はまだ存在していないという考えがあります。ただ、世界各地の地層からは人類が地球環境を変えてきた証拠が見つかっています。化石燃料を燃やした煤や化学物質などが直近の地層には増えているのです。つまり、この痕跡は地層に残る「科学技術による化石」なのです。

人類の地球へのふるまいが激しくなる1950年以降を新たな地質年代と考えるのも自然の流れといえます。政治学的観点からは、人類が選択した資本主義が年代の区分をもたらしたため、人新世というより「資本新世(Capitalocene)」と呼ぶべきだとする考えもあります。気候変動を引き起こしたのは資本主義経済に要因があり、大量のCO₂や化学物質を輩出したのは先進工業国なのです。人新世とは資本主義による生産様式から生じた不平等の結果をカモフラージュするものかもしれません。

国際地質科学連合会(IUGS)は2023年7月、人新世の始まりを象徴する場所として、カナダのクロフォード湖を選びました。湖底の堆積物は地球の変化を克明に記録しているようです。地層に見られる核実験で放出された放射性物質のプルトニウムの量は、1940年代の実験開始時期から1970年代までは増加の一途を辿ったものの、各国の規制により核実験が減ったため減少に転じた痕跡も残っています。人新生は過去を記録しつつ、進むべき未来も示しているといえます。

人新世の政治的な課題としては、人類の大惨事を回避して最善のシナリオへの希望を抱かせることなのかもしれません。環境と社会を損なう影響を緩和もしくは逆転させるための英知が人類には必要であり、そのための希望と行動、あらゆるレベルでの有意義な団結に早急に注力すべきなのです。取り組みが失敗すれば、人類の歴史も終焉するからです。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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