森林浴
日課のウオーキングに代々木公園と明治神宮を回るルートがあります。どちらとも外国人観光客が目立つ人気スポットです。酷暑が続く夏を経験しましたが、朝早くこのルートを歩き、明治神宮の森に入れば、一変して森林浴に浸り、独特の涼しさや心地よさを感じます。森の特有の匂いや香りの中に身を置くと自然に戻るような感覚さえ覚えます。この香りはフィットンチッド(phytoncide)という揮発性の物質で、微生物の活動を抑制する作用を持つ化学物質です。樹の幹や葉から大気中に放出され、樹木を食べつくし、葉を枯らしたり葉を食べつくす虫を遠ざけたり、葉を枯らしたり幹を痛める樹病菌までも殺す力を持つものもあります。フィットンチッドの正体成分テルペンは、マイナスイオンの発生を増やすことに関与している他に、リラックスする場面や気を静める時に生じる脳内のα波を誘発するとされています。実際に、医療では抗生物質などに応用されたり、家庭でも除草剤や虫よけ・殺虫剤、消臭剤、アロマオイルなど病気の治療や健康に役立っています。森では木々の間から差し込む陽光、葉が風によってこすれる音、小さな川のせせらぎ、鳥の啼き声や虫の音など心に安らぎをもたらす対象が数多く存在し、『ゆらぎ』とも表現されます。『ゆらぎ』とは、予測できない空間的あるいは時間的な変化や動きを表す物理学の概念です。人は森の中で5感(5感以外にも30以上の感覚があると指摘する学説も存在)を通じて『ゆらぎ』を感じ取り、共鳴してα波を発しています。近場に『ゆらぎ』を体験できるこのウオーキングコースは自然に対して身も心も全身で浸ることができ、自然との共生を実感できます。
里山
里山。よく耳にする言葉です。熊が街中まで山から下りてきて、人里を荒らすようになったのは最近のことです。熊の食料不足が原因ですが、人を怖がらない熊が増えたのも一因です。動物との共存をはかるためにも、集落や人里に近く人の影響を受けた生態系が存在する里山を保全する必要があるといわれています。里山とは「自然環境と都市空間との間にあり、集落とそれを取り巻く二次林、それらと混在する農地、ため池、草原などで構成される地域」であり、土砂流失や崩落の防止、水源涵養・水質浄化、大気浄化、野生生物の生息環境など、我々にとってより良い環境を保つための多くの機能を持っています。里山は山地・丘陵地・台地の3つに分けられ、それぞれの環境が異なります。大都市への人口集中や少子高齢化が進展する現代社会において、里山の荒廃は進む一方です。その要因に、人口の流出による里山の過疎化、高齢化や人工林化と外材輸入拡大に伴う森林資源の縮小、農地・河川整備などの開発による自然の改変、ゴルフ場の造成拡大などが考えられます。その結果、山林や農地・水路などの自然環境の荒廃、里山特有の生物の生息域の消滅・生物種の減少、景観の悪化、地域の文化の喪失、国土保全機能の低下など様々な問題が生じています。年々、企業のCSRに対する理解は向上していて、里山保全活動を活発化する兆しはひとつの光明です。
森林税
森林税(=森林環境税)2024年度から森林整備の財源確保のために導入され、国民一律に年間1000円が住民税に上乗せして課税されます。2019年に導入が決定、国民に森林の持つ重要な役割である土砂災害の防止、水源の保全、温暖化ガスの排出削減などについて理解を深めて貰うといった意図があります。年間約600億円の税収となり、全自治体に配布されますが課題も多く存在します。既に、神奈川県や静岡県など37府県では独自の森林税があり、二重の負担となります。また、国は19年度から臨時財源で譲与税を自治体に支給していて、配分額は私有人工林面積・林業就業者数・人口の3つの基準で決まり、森林の無い都市にも一定額が渡る仕組みになっています。東京都では渋谷区と台東区は19~22年度の4年間の活用額はゼロでした。全国でも未活用の積立・繰越額は同じく19~22年度で合計450億円に上りました。民間の林業従事者も減少の一途ですが、政令市を除いて市町村の林業担当者も約4割がゼロです。さらに、低賃金で重労働の林業の労働環境を改善し、長期的な雇用を保障する仕組みに財源を充てるべきとする有識者の声も蔑ろにしてはいけません。
森と川と海
森林は河川を通じて海に繋がっています。山からの水の流れは栄養分や有機物を大量に海に放出します。この養分こそが、漁業資源を形成し、海洋生態系の保護に大きく寄与しています。海の近くに広がる森林が魚を集める場所であり、現在でも「魚つき保安林」として指定され、伐採制限など保護されています。「魚つき保安林」は海岸沿いにあり、直接日光を遮り、生物多様性が高まる沿岸域の海水温上昇を抑制します。その他にも風波を防ぎ、水を美しく保つなど重要な役目を果たしています。河川を通じて海に豊富な栄養分を供給し、プランクトンを増やし、海の繁栄に適合した環境を創出します。海全体に生息する生物の約7割が沿岸域(水深50m程度までの海域)に生息しています。その範囲は海全体の0.6%しかありませんが、海藻やプランクトンの食物連鎖により、豊かな生態系を成り立たせています。
また、森林の土の中に発生する成分のひとつに「フルボ酸鉄」があります。地面に落ちた葉や木、虫の死骸などが土に埋まり、土の中の微生物に分解され、その後「森林土壌」といわれる土の層を形成します。その層を形成する過程でフルボ酸が生成され、土地の中の鉄分と結びつき「フルボ酸鉄」が生まれます。「フルボ酸鉄」を含んで河川は海に流れ、鉄分が多く含まれるこの水はプランクトンや海藻に吸収されやすくなり、海中に住む生物の貴重な成長源となります。木材自給率が低下し、林業の活気が無くなった現在の日本の森林は国土の67%を占め、その約4割が人工林です。管理されずに放置される人工林が増え、沿岸海域の豊かさが脅かされています。日本の豊かな沿岸漁業資源を将来にわたり、保護し活用するためには森林の整備・管理に今まで以上に目を配る必要が求められています。
国連で採択されたSDGsにはゴール14「海の豊かさを守ろう」、ゴール15「陸の豊かさも守ろう」という目標があります。森や海の豊かさを維持することは国際的な課題として認識されています。目標達成のため一人一人ができること考え、動くことが急務なのです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。