ライフエンディング ~ 別れの予感

ライフエンディング ~ 別れの予感

誰にも必ずおとずれるもの、それは「死」ではないでしょうか。「死」という言葉を前にすると誰しもがネガティブになりがちですが、「人生100年時代」と言われ始めた今、自らの「死」について前向きに、かつ整然と整理する必要がありそうです。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、経済活動にもつながる様々な形の「終活」について解説します。


会うは別れの始め

別れといえば、前期ロマン派音楽を代表する作曲家フレデリック・ショパンの「別れの曲」。ショパン自身が「こんなに美しい曲はかいたことがない」と書き残している程の名曲です。多くの葬式やお別れ会などに参列しましたが、聴く度に寂しさや悲しさ、懐かしさなど合わせ持った複雑な心境を胸に抱き、センチメンタルな気分になります。

今までに数多くの方々と様々な形で別れを経験してきました。同級生の転校、小中高大の卒業式、音信不通を求めた先輩、数年前に重い病で亡くなった上司、学生時代に常に一緒だった友人達など、全てが忘れようにも忘れられない思い出です。

『会うは別れの始め』。いい得て妙ですが、人間の業を理解し、悟りの境地に佇み、人生の無常やはかなさを説いたことわざです。人同士が出会う、めぐり逢う、とは本来は奇跡的なことです。また、どんな形であれ、別れる時が来ます。劇的な別れ方のひとつが死別です。初めて別れと死に向き合ったのは、アンデルセンの童話「マッチ売りの少女」でした。凍えながら少女がマッチを擦り、ほんの少しの間に夢を見て、最期は亡くなった祖母と共に天国へ召される。子供心には、本当は少女が紅蓮の炎に包まれて焼死したように思え、少女の境遇の哀れさと火の持つ幻想的な世界に胸が一杯になりました。

『死』とはこの世と縁が切れ、この世に住む人々との永遠の別れを指すのでしょうか。尊敬する作家加藤周一氏の岩波新書「日本人の死生観」を学生時代に読み、『死』に重大な意味がある事を学びました。未だ私なりの死生観を持つまでに至っていませんが。

会うは別れの始め

エンディングノート

自分が亡くなったり、意思疎通が難しくなった時に備えて、家族に向けて必要な情報を書き残すエンディング(終活)ノートが注目されています。遺言書のように相続や遺産に関する法的な効力は持ちませんが、希望を書き残すことは可能です。基本的には人生の最期の迎え方や残りの人生の生き方がその内容であり、終活の道標となるノートなので死期が迫っている時期に作成するものではありません。エンディングノートといえば、死を思い浮かべる人が殆どでしょう。しかし、死に向けての目的だけで作成するものではありません。死とは無縁の若い人達が作成する場合もあります。自分の人生設計を確立し、自身の成長につなげることを念頭に、若い頃から書き始めるといった新しい考え方です。

終活では自分の人生を振り返り、自分を見つめ直し、頭の中を整理整頓するための生前整理が必要です。生前整理は介護や延命措置、葬儀、お墓、ペットなど多岐にわたり様々な内容を書き残すことが必要であり、何度でも書き直しが可能です。死後に家族や身近な人を困らせたり、辛い気持ちを和らげるためにも、エンディングノートを作成する価値は高いのです。形見分けやメッセージを家族や友人へ残す際に、自分の思いや希望を添えることも大切です。また、自分の資産を確認し、正確にエンディングノートに記載することで現在の経済状況を把握し、人生の末期の生き方を定め、改めて相続について検討するといったメリットもあります。

エンディングノート

これからの墓のあり方

少子高齢化の波が押し寄せています。同時に墓の跡継ぎ問題も深刻化しています。親から子へと受け継がれてきた墓も都市への人口集中や核家族化などを背景に『墓じまい』が目立ちます。また、家族関係や親せき同士の交流の希薄化で、管理する親族らが無くなった『無縁墓』が増加する傾向です。放置され荒廃する一方で、「墓石の保管場所が確保できない」、「撤去後に親族らが現れて賠償請求される可能性がある」などの理由でなかなか解消は進みません。

墓地埋葬法で長期間放置された『無縁墓』は戸籍謄本などで確認し、親族らが存在しないことが明確になれば、遺骨を納骨堂や樹木葬などの『合葬墓』に移して墓石を撤去できますが、実際に移した経験のある自治体はまだまだ少数です。このように墓の問題は切実であるのですが、その割には論じられる機会が少ないといえます。

また、中国や韓国など海外でも墓の問題は生じています。メタバース(仮想空間)などデジタルトランスフォーメーション(DX)を活用した『デジタル墓』といった新しい形態も生まれていますが、根本的に遺骨をどうするかという問題は残ります。メタバース空間には遺骨は置けないため、納骨堂や海洋散布などがありますが、遺骨が存在しないで故人をしのび、手を合わせることができるかは疑問です。社会環境の変化に合わせた墓のあり方について真剣な議論が必要です。

これからの墓のあり方

ライフエンディング

高齢社会が進み、「人生100年」が現実的なものになってきました。長寿命化により、人生の最期に向き合う時間も増加しています。終活の重要性も一段と高まり、人生の最期に向けた準備をすることの理解は深まってきました。終活の概念をさらに幅広く、日本ではタブー視されがちである『死』について、自分自身のこととして対応する、あるいは自分の死後に残る課題にどのように対応・対処すべきかを具体的に考えることがライフエンディングの概念です。

ライフエンディングを市場的に捉えれば、葬儀や法要、相続や遺産、介護関連など様々な業種・業態で高成長が約束されています。それだけ、多様な知見も必要です。ライフエンディングは誰しもが必要性を感じているはずですが、まだ先と先送りするケースも多く、特に残される家族や親族らからは言い出しにくいケースが目立ちます。

ライフエンディングは前向きに人生を生きるといったポジティブな捉え方が重要です。また、終末期に望む医療やケアについて家族や介護関係者と話し合う概念であるアドバンス・ケア・プランニング(ACP)を作成し、話し合った内容を書面に残すことも必要です。

ACPは欧米では1990年頃に生まれ、日本では厚生労働省が2018年から「人生会議」という呼称で普及を進めています。終末期には殆どの人の意思決定が困難になります。望ましい医療や介護について事前に共有しておけば、いざという時には周囲が判断しやすくなります。また、本人の意思を尊重できるのはもちろん、身近な人の心理的負担を軽減することにもつながります。

「人生100年」とはいえ、現在の平均寿命は90歳まで到達していません。『死』とは最後の『生』であるとも考えられます。『終活』の反対語は『生活』でしょうか。悔いの残らない人生を歩むためにも、毎日の生活を大切にしたいと願います。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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渡部数俊

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