盛岡
昨年、前々から一度は訪ねてみたいと思っていた盛岡へ行ってきました。盛岡というとみちのくの小京都であり、南部藩の城下町として知られ、石川啄木と宮沢賢治という二大スターが今でもシンボリックに活躍しています。食でも三大麺(盛岡冷麺、じゃじゃ麵、わんこそば)が有名で麺王国とも呼ばれています。政治家・原敬や国際人・新渡戸稲造、言語学者・金田一京助など幅広い分野に盛岡ゆかりの先人達の生きた証が点在しています。
米国紙ニューヨーク・タイムズで、2023年に行くべき52カ所の旅行先に選ばれ、英国ロンドンに次ぎ2番目となりました。東京から短時間で行き来でき、人混みを避けて歩き回れる珠玉の街と紹介されました。一泊二日の旅行でしたが、実際二日間で観光名所の多くを歩きながら観て回ることが出来ました。記念館やレトロ建築などを訪ね歩き、偉人達の思想や生き方に触れられた素晴らしい旅でした。
また、珈琲豆を自家焙煎する喫茶店も多く、それぞれのお店に個性が感じられました。伝統工芸の南部鉄器や英国生まれの軽くて暖かいホームスパンなどセンスの良さを感じる手仕事やぬくもりに出会えたのも発見でした。
宮沢賢治の著作「注文の多い料理店」が発行された光源社にも出向きました。光源社で販売している商品も飾ってある芸術品も粋で多国籍なものが数多く、その独特のセンスに感動を覚えた次第です。盛岡に受け継がれる奥の深い文化は大樹深根の如く、地域に深く根ざし幹は高く枝葉を拡げていて、グローバルに求められる他の都市にない独特のセンスを形作っています。
センスとは
センス(Sense)とはどんな意味を持った言葉なのでしょうか。本来の意味としては「感覚」です。元々はラテン語のsentireが語源で、イタリア語には「~を感じる」という動詞としてsentireは使用されています。哲学的には、『ある感覚』と解釈しているのでしょうか。『ある感覚』とは美的感覚や感性、あるいはそれらを持って生まれた才能・文化資本と考えます。
正体が掴み切れないセンスですが、感度や五感を指し、もう少し詰めると、物事の微妙な感じを悟る心の動き、微妙な感覚、といえるのかもしれません。それが具体的に表現されたもの、あるいは判断力や思慮、良識などと言い換えることも出来ます。センスは言語としては表現が難しい言葉であり、文脈でとらえるのが無難です。また、時流によって使い方が刻々と変化します。最近、使用頻度が低めの対義語、ナンセンスも同様に時代背景が控えている含蓄ある言葉なのです。
企業でも個人でもイメージにおいて、センスの良さは重要なイメージ要素のひとつです。時代の先端を走る企業や個人は、センスの良さを感じさせ、高いイメージを醸成しています。ただ、このイメージを継続させることは甚だ困難です。年齢や性別、職業といった属性によってもセンスについての認識は異なるように、なかなか普遍的なイメージとして捉えることはできません。まずは経験価値を重視した老舗といわれる伝統的でぶれない企業や店舗の魅力からその隠された意味を探る必要があるかもしれません。
センス・オブ・ワンダー
海洋生物学者であり、1962年に出版され、環境問題の告発を果たし環境運動のさきがけとなった名著「沈黙の春」の著者であるレイチェル・カーソンの未完のエッセイ「The Sense of Wonder」。このエッセイは著者が幼い子供と別荘のある米国のメーン州の海岸や森で過ごした経験を綴ったものです。海と夜空を見ながら、子供がここに来てよかったと話します。
ここで書かれているセンス・オブ・ワンダーとは自然に触れることから受けるある種の不思議な感動、または不思議な心理感覚を呼び起こすといった概念であり、それらを表現するための言葉です。
「自然は再生し続け、春が来るたびに、まるでそれが初めてであるかのように営みを繰り返す。人も一生の間で生成と消滅を繰り返し、再生し続ける。子供の存在は、大人が0歳や1歳であった頃に立ち返らせてくれる。」
子供には生きる喜びと興奮、不思議を一緒に再発見してくれる大人が最低一人は必要であり、大人は忘れてしまったセンス・オブ・ワンダーを想い出すために子供の助けが必要です。改めて、自分らしさに縛られがちになる大人にとって、変化する自然とそれに柔らかく心を開く子供の姿に学ぶべきであり、学ぶところは大きいはずです。太古の昔から、大人と子供の交流が人類の進歩に大きな影響を与えてきたことに間違いはありません。
センスを活かす
企業イメージについて時系列で調査・分析するとセンスの良いイメージを持つ企業の上位は入れ替わりやすい特徴がありました。商品・サービスや店舗設計での洗練されたスタイリッシュなデザインやそれを支えるエッジの効いたテクノロジーがセンスの良さに大きく関与しているはずです。センスの良いと目される企業イメージには「個性がある」、「扱っている商品・サービスの質がよい」といった要素が意味としては関係性が深く、特に欧米中心の外資系企業やブランド、自動車などが高いイメージを保有しています。
また、高級、高額、ラグジュアリーな商品・サービスにおいては、センスの良さは新旧に関わらず欠かせない大切な要素です。国や地域別にセンスの持つ意味は変わるはずですが、憧れや自己満足感という観点からはセンスの良さを表現する上で欧米のブランドの力は確固たるものがあります。ブランドとは保証であり、トレンドであり、伝統です。そして、センスともいえます。
さらに、現時点では「優秀な人材が多い」、「技術力が高い」といった要素がセンスの良さとは関係性が薄いように見受けられます。これはデザインの要素から離れ、実質的なイメージ要素である点が関係しているためでしょう。ただ、新しいテクノロジーやデザインを併せ持った商品・サービスが出現した際には、センスの良さが大きなフックとなり、企業イメージ全体の底上げにつながると予想できます。企業が自らの企業イメージを点検する際、センスの良さは強力なイメージアップの武器であることに気づきます。センスある経営者はミッション達成への企業努力とパーパスに根ざした企業の存在意義を常に確認し実現化します。
イメージの要素で最も言葉にし難く、実態を説明しにくく、得体のしれない言葉、センス。どのように活用するかが企業経営者のセンスであり、腕の見せどころです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。