コーチング 〜 吉田松陰に学ぶ

コーチング 〜 吉田松陰に学ぶ

現代の経営者やビジネスパーソンからも熱い支持を得る「吉田松陰」の教え。今もなお多くの人々を惹きつけるその「人材育成術」とはどういったものなのでしょうか。そして、本来の意味での「コーチング」とは。本稿では吉田松陰の生きた時代的背景にも触れながら、コーチング、ティーチング、カウンセリングについての理解まで、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


萩・津和野

東京近辺にある高校の修学旅行の候補地として、萩・津和野方面は歴史を学んだり、生徒達のグループ行動がし易かったり、観光地としての見所が多かったりと選択する高校が多かったと記憶しています。萩は人口も4万人程で城下町がそのまま残ったような静かな街で、貸自転車があれば1日で見所は廻れます。お恥ずかしながら、最近初めて旅行してきました。まずは松下村塾を訪ね、子供の頃に読んだ歴史の本で感動した吉田松陰とその門下生達の精神と姿勢について思い出し、感激して思わず涙してしまいました。封建社会の身分制度に囚われず、短い期間でしたが百姓や町人などの子弟にも武士の子弟と同様の学問を身につけさせ、同士として教育した功績は偉大なものです。明治維新を見ることなく亡くなった松陰は今でも萩の街の人々からは松陰先生と呼ばれて尊敬され続けています。萩に二泊しましたので、観光としての見所は殆ど制覇しましたが、外国人観光客に殆ど遭遇せず、過疎化が進む姿に遭遇しました。

参加したバスでのツアーは、廃線も噂される山陰本線に沿って走ることもありましたが本数が極めて少ないためか、実際に山陰本線を走っている電車の姿を一度も見ることが無く、利用者の減少甚だしい山陰の公共交通の運営の難しさを実感しました。その後、津和野を訪れたのですがこちらも人が少なく、以前山陰地方の代表的小京都としてアンノン族を中心に人気を誇った街とは思えず、年齢層の高いツアー観光客が目立つ小綺麗で小さな観光地でした。ただ、山間の小さな盆地に広がる美しい街並みと日本を代表する民俗学者宮本常一が提案した街の用水路で飼育されている沢山の鯉は深く印象に残りました。

萩・津和野

コーチング

近年、コーチング(coaching)という言葉をよく聞きます。コーチングとは、馬車(Coach、コーチ)から派生した言葉です。「人を目的地まで送り届ける」という馬車の本来の役割から、「人の目標達成を助ける」という意味を創り出し、使われています

コーチングとはコーチがクライアントの目標達成を応援し、より理想的な成功に導くためのものであり、コーチングの目的は『現状』と目指している『結果』の間に生まれるギャップを解消することです。この際、コーチは一方的に指示を出すのではなく、気づきを与えたり自主的な行動を促したりといったサポートを行います。コーチングはビジネスばかりでなく、スポーツや芸術などでも活用されています。ビジネスにおいてのコーチングは、上司や先輩が管理したり指示を出すだけではなく、モチベーションアップが図れるようコミュニケーションを積極的に深めることで信頼関係を構築し、メンタル面でのサポートにつなげます。コーチングとは自ら考える力を伸ばし自主性を高める手法であり、新たに加わった従業員の育成には特に役立ちます。

また、セルフ・コーチングは自分でコーチングを行って、自らの現状を把握し、目標を設定して行動する手法です。時には他者からのコーチングを受けながら、軌道修正を行うと効果は高まります。セルフ・コーチングは独りよがりにならないよう注意が必要です。

コーチング

コーチング、ティーチング、カウンセリング

ティーチング(teaching)は知識やスキルを教える指導法のひとつです。最初から明確な目的があり、その目的を達成するために知識とスキルを教え込むことです。そのため、コーチングのようにサポートし伴走するのではなく、上司と部下や先生と生徒といった上下関係がある形で実施される点に違いがあります。ティーチングは知識が殆どない新人教育などで活用される場面が多く、コーチングは管理職の育成や部下へのマネジメントなどの場面での使用が効果的です。

コーチングが達成したい目的がある人へ目的達成に向けたアドバイスや手助けを行う手法であるのに対して、カウンセリング(counseling)は悩みや不安を抱え、それを克服あるいは解決するためのサポートを欲している人に対してのアプローチです。コーチングと同様にまずは現状分析から始まりますが、明らかな目標を定めるわけではなく、カウンセリングを受ける本人の悩みや不安が消えるまで継続することが大きな違いです。このように、コーチング、ティーチング、カウンセリングは似ている部分はあるものの、指導法や目的が異なります

吉田松陰に学ぶ

吉田松陰が人材育成の達人であったことは言うまでもありません。今でも経営者や経営コンサルタント達からも尊敬され、古今東西、人材育成の第一人者と評価されています。松下村塾で2年間しか教える機会がなかったものの明治維新を導いたキーパーソンを数多く育てているのは驚異的でさえあります。松陰が説いた中国の陽明学にある『知行合一』の精神は幕末に暗殺や焼き討ちなど多くのテロを産んだと批判されもしますが、太平の世を貪り、頑強な封建社会にあっては、思想を実際の行動に移すべしといった教えが無ければ明治維新は実現出来なかったでしょう。また、文明開化にも遅れ日本は欧米の植民地となってしまった可能性すらあり得ます。

彼の人材育成の特徴は徹底的に対話を重視するものでした。一方的に教え込むのではなく、門下生それぞれと対話することで自発的に考える習慣を身につけさせ、そのサポートを行いました。まさしく、コーチングそのものであり、コーチングの基本を忠実に実践していたのです。さらに、門下生ひとりひとりに対して、個別の対応を心掛け、その長所や強みを見つけることに秀で、門下生全員に減点主義ではなく加点主義で接していたのが特徴的です。「教授は能はざるも、君等と共に講究せん」と、自分は門下生に教えることはできないが共に学んでいきたいと常に語っていました。このように共に学ぶ関係を重視することで、コーチングの基本といえる協働関係を構築したのです。門下生が自ら考えることで自分の力で真理を探究する、その教育方針は東洋では禅宗に見受けられる人材育成法として確立している、弟子に質問を投げかけて対話するといった「問答形式」に似ています。人材育成法とは基本的にはいつの世でも真理は同じなのかもしれません。

人材を育て、人財に成長させることを継続し得る組織こそが間違いなく強靭でしなやかな存在として生き残るのは歴史が証明しています。まだまだ、松陰先生に学ぶべきことは数多く残されています。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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