マーケティング活動に携わるビジネスパーソンにとって、小規模のアンケート・インタビューを自分自身で行うスキルの習得は今や必須。しかし、データ分析の定番項目をそのまま当てはめたり、購入理由をストレートに尋ねても、なかなか示唆は得られません。
実はこうしたアスキング調査の手法は、業界ごとのビジネス特性理解があってはじめて深まります。このコラムでは、誰もが目的に応じた示唆にたどり着けるよう、リサーチテーマで著作をお持ちの菅原さんから、業界ごとに最適な質問と分析のノウハウを教わります。
第1回のテーマは食品業界。食品・食雑貨を開発するメーカー、食品・惣菜を展開するスーパー、お取り寄せグルメを主力とするネット通販企業、生鮮食品を取り扱う流通関連企業など、食品の製造・販売に携わる幅広い事業者の方にご覧いただける内容です。
食品業界の3つのカテゴリ特性とは
こんにちは、リサーチャーの菅原です。私は調査会社での実務経験をもとにマーケティングリサーチ書籍を執筆し、現在勤める国内大手の総合EC企業では、リサーチ組織の立ち上げとセレクトショップの開業事業部長を務め、調査と事業の両輪を回してきました。
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https://note.com/diisuket/n/n0cde498ca01e初めましての方向けの自己紹介&活動紹介ページです。 リサーチャー 菅原大介を何卒よろしくお願いします! (※2021年4月18日更新) ▼ プロフィール リサーチャー 菅原大介 リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で株式会社学研ホールディングスを経て、株式会社マクロミルで月次500問以上の調査を運用するリサーチ業務に従事。現在は国内通信最大手のグループ企業でマーケティング戦略・中期経営計画の立案を担当する。
このコラムでは、私のこれまでの経験をもとにして、消費者・生活者へのリサーチで本当に使える質問と分析を厳選してダイジェストでご紹介します。今回は食品業界。多品種市場の中で埋もれないようにするには、「旬のマーケティング」に強くなりましょう。
まずは食品業界のカテゴリ特性と、そこから生まれるビジネス課題を押さえておきましょう。カテゴリ特性には下記の3つの点が挙げられます。
1.顧客リーチが広い
2.代替選択肢が豊富
3.商品の単価が低い
以下、順を追って見ていきます。
■1.顧客リーチが広い
1つめは顧客リーチが広いことです。食品はそもそも性別・年代・地域を超えてあらゆる人に関わりがあり、文字通り消費される消えモノ。したがって商品の購入機会が多く、自身や家庭の定番商品を習慣的に購入するリピートユーザーを獲得しやすい性質があります。
また、新規で購入してくれる人も見つけやすく、商品が流通に乗っていれば、ついで買い・試し買いも起きやすい。後述する商品単価の低さにより、購入までのハードルも低めになっています。マーケティング観点でここまで万能なカテゴリは他には見当たりません。
■2.代替選択肢が豊富
2つめは代替選択肢が豊富なことです。食品は取り換えが効く代替商品が多く、特定品目の中でも「これでないとだめ!」というブランドとして認識されるまでのハードルが高くなっています。あらゆる業界の中でも常に一定の調査費用が動いているのも理屈が合います。
また食品の販売場所はスーパーだけでなく雑貨店など他業態にも広がっています。販売店としては、全く同じ商品の取り扱いがある中で、自店で買ってもらう理由を考えないといけません。しかも賞味期限があるので、一定期間内で確実に売り切る必要もあります。
■3.商品の単価が低い
3つめは商品の単価が低いことです。食品は品目あたりの平均単価が他のカテゴリよりも低く、高単価商品で稼ぐスタイルは難しくなっています。そのため基本的には、商品点数を増やす、買上点数を上げるなどの販売スタイルに取り組むことが正攻法になります。
もちろん高級食品スーパーのようなMDも考えられますが、商品単価のベースが高い商材は米・酒・肉・果物など一部に限られ、ワイン・チーズなど専門性が高い商品は誰もが買うわけではないので、むしろ高い商品を買ってくれるベース顧客を集める方が困難です。
こうした業界の特徴を踏まえたうえで、アンケートやインタビューでは次のような質問を駆使して分析を行います。
食品業界アスキング調査の質問サンプルと分析スコープ
食品業界でビジネスを行う上で、消費者・生活者へのリサーチで本当に使える質問と分析には大きく、下記の3つの観点が挙げられます。
1.購入チャネル
2.喫食時期・予約時期
3.味の好み
以下ではそれぞれについて、実際に行うべき質問のサンプルと回答の分析スコープをまとめました。
■1.購入チャネル
1つめは「購入チャネル」です。購入チャネルとは「購入場所・購入経路」を指します。
チャネルの粒度は調査実施者の立場によって異なります。マクロ視点ではスーパー・コンビニ・百貨店のような販売店の業態を、ミクロ視点では自店・近隣店・系列店のように商圏内の店舗や競合のブランドを、それぞれ志向します。(※以下ではマクロ寄りで解説します)
【質問サンプル】
A | あなたは○○[品目名称]をどこで購入していますか。/○○[店舗名称]で購入しているものを教えてください。 |
B | 他の○○[店舗名称]ではなく○○[店舗名称]を優先利用する理由を教えてください。 |
C | ○○[店舗名称]で○○[品目名称]を購入する時は、どのような用途で買っていますか。 |
*購入チャネルごとの購入品目・購入用途を質問するべし!
質問では、購入チャネルごとの購入品目・購入用途を消費者に尋ねます。Aは品目と店舗との結びつきを確認する質問です。Bは消費上の競合・代替チャネルを示して自店や業態の特性を深掘りする質問です。Cはチャネルに特有の消費用途を明らかにする質問です。
これらの質問により、どこで・誰が・何を買っているのかが明らかになります。調査目的だけでいえばデータベースサービスでも近しい結果は得られますが、わざわざアスキング調査を行うのは次のような分析スコープで「商品の買われ方」を参照することにあります。
【分析スコープ】
スーパー | ふだんの生活用、同じ商品の定期購入など |
コンビニ | 買い忘れ品の単品買い、オリジナル惣菜の買い足しなど |
ネット通販 | 買い置き用のまとめ買い、贈答用の箱買い、試し買いなど |
*購入チャネルごとの消費者の購買傾向を分析するべし!
分析では、購入チャネルごとの消費者の購買傾向に着目します。上記のように、スーパー・コンビニ・ネット通販では立地や規模により求められている品目・用途が異なります。これを品目ベースで調べればどのような商品展開が望ましいのかがわかります。
もちろん基本はいずれかのチャネルを主に販売することが多いわけですが、他チャネルの傾向がわかっていると、新しい売り方にチャレンジし、販売効率を上げることができます。ネット通販の「お取り寄せグルメ」や「買い置きまとめ買い」などがその好例です。
■2.喫食時期・予約時期
2つめは「喫食時期・予約時期」です。
食品の季節商材の中でも、定番商品・人気商品には「予約販売」があります。クリスマスケーキ・おせち・恵方巻・うなぎなどの「季節イベント商材」以外でも、青果(アスパラ・フルーツ)・鮮魚(カニ・高級魚)など各ジャンルの中に季節商材はあります。
予約を見込める商材は、売場の目玉となる企画を演出しやすく、新規のお客様に認知してもらう絶好の機会です。さらに、商品単価が高く売上貢献も高い特性があります。定常商品は「購入時期」が分析対象ですが、季節商材は喫食時期と予約時期を分けて尋ねます。
【質問サンプル】
A | あなたは○○[品目名称]を主にどの時期に食べていますか。 |
B | あなたは○○[品目名称]を主にいつ頃に予約していますか。 |
C | あなたは○○[品目名称]をシーズン中(○月〜○月の間)に何回くらい購入していますか。 |
*主要品目ごとの主に食べる時期・買う時期を質問するべし!
質問では、主要品目ごとの主に食べる時期・予約する時期を消費者に尋ねます。Aは主に食べる時期を確認する質問です。Bは予約者に対して予約時期を確認する質問です。Cは補足情報としてシーズン(季節イベント含む)期間中に購入する回数を問う質問です。
新規事業でもない限り販売・予約の過去実績は自社データベースからも取れる情報ですが、アスキング調査では自社ではまだ取引実績が少ないような、細かい・幅広い品目も調査対象にできることが利点であり、品目の情報差が無いデータを見ることができます。
【分析スコープ】
喫食時期・予約時期 | シャインマスカットは6月に予約しておいて、9月に届くものを食べる |
購入回数 | クリスマスケーキはイベント期間中に2回買う |
*品目ごとに最適な売り出し時期を分析するべし!
分析では、品目ごとに最適な売り出し時期を考察します。AとBの質問により、「消費時期」と「決済時期」の位置づけが明らかになるので、商品の製造・仕入れ及び店頭・ネット上のプロモーションスケジュールを逆算して計画していく際の参考にします。
喫食時期の質問からは、旬や熟れ時はもちろん、始まりと終わりを確認します。予約時期の質問も含めこれらのデータを通じて、データベースの販売実績に加えて消費者側の動向を確認することで、ロスの少ない仕入れや製造・生産に近づけることができます。
■3.味の好み
3つめは「味の好み」です。商品を買う理由は購入者の中でも支持者を特定して尋ねるのが一番です。ここで言う味の好みとは、品目・品種・産地・銘柄などを指して言います。食雑貨(加工食品)の場合は「○○味」という味のタイプがそのまま当てはまります。
【質問サンプル】
A | あなたが購入している○○[味の種類]を教えてください。 |
B | ○○[味の種類]へのこだわりについて教えてください。 |
C | ○○[味の種類]のおすすめの食べ方を教えてください。 |
*品目・種類ごとの購入・喫食エピソードを質問するべし!
質問では、品目・種類ごとの購入・喫食エピソードを消費者に尋ねます。Aは品目・種類を特定する質問です。Bはその品目・種類について、優れている理由や選び方のポイントを聴く質問です。Cはお気に入りの食べ方(調理法・保存法など)を知る質問です。
【分析スコープ】
こだわり | 産地・品種・数量・購入時の特別企画など |
食べ方 | 冷凍で買って小分けにして食べる、ソースの中にアクセントとして入れる、 対の品種を食べ比べして楽しむなど |
*品目・種類ごとの魅力を質問するべし!
分析では、品目・種類ごとの魅力を考察していきます。こだわりについての回答は主に商品力を高める情報につながります。産地・品種・数量・購入時の特別企画などの回答から成る味の好みに関する情報を通じて、商品開発や仕入れ業務に活かしていきます。
食べ方についての回答は主に販促力を高める情報につながります。調理法・保存法・盛り付け方・他の食品との組み合わせなどのエピソードを通じて、商品紹介ページ・店頭POP・PR動画・SNS展開などの業務において、商品を普及させる強い情報になります。
食品業界の攻略法をまとめる
ここからはまとめです。まず、食品業界のカテゴリ特性・ビジネス課題とは次のようなものでした。
<食品業界のカテゴリ特性・ビジネス課題>
1.顧客リーチが広い→あらゆる人が消費対象になり得る
2.代替選択肢が豊富→商品・店舗の代わりが効きやすい
3.商品の単価が低い→高単価商品で稼ぎ出すのは難しい
つまり食品業界で勝ち抜くには、特定の売れ筋商品や高単価商品に依存せず、いかに客単価をキープアップできるかがカギになります。商品単価に依存せずに客単価をキープアップするには、商品点数を増やすか、買上点数を上げる道を模索することになります。
そこで、代替選択肢が多い業態特性をむしろ好機と捉え、同一品目において消費者が支持する品種や味のタイプごとの特徴・魅力を理解するように努めます。その際に消費者にアスキング調査で尋ねるべき質問とその分析法は、あらためて以下のようになります。
<食品業界の質問サンプル・分析スコープ>
1.購入チャネル→購入場所に特有の購買傾向を見極める
2.喫食時期・予約時期→消費時期と決済時期の関係性を知る
3.味の好み→品目・種類ごとの特徴と魅力を押さえる
どの項目にも共通する大事なキーワードが「旬のマーケティング」です。これは取り扱う品目や原料の旬だけではなく、売れている場所・買われ方・食べ方など、商品の製造から消費までを貫く見方であり、この旬の理解度が食品業界攻略のカギになります。
そして幅広い品目を調査対象に取り揃え、個々の魅力を見つけるアプローチこそアスキング調査の真骨頂です。上記の質問と分析を続けていくと、人気商品に依存せず、自店に合った商品の仕入れ強化や自社に合った商品ラインナップ開発をすることができます。
さて、この記事では商品単価を上げずに売上を伸ばす方法論を解説してきました。しかしもちろん価格戦略は重要です。特に食品は低価格帯商品が多いため、300円・500円・700円というように細かいピッチでプライスリーダーを張れる看板商品を用意します。
この時、味や容量の差だけで商品にバリエーションを出すのは難しいため、「購入チャネル」の質問サンプルCで紹介したような「用途」に関する情報を収集しておき、自家用・ギフト両方に通じる商品を見つけておくと、そのプライスレンジを任せられます。
最後に、コロナ禍の影響についても補足します。おうち時間が増えたことで、食品分野ではまとめ買い・買い置きの傾向が強まっています。商品の提供形態で言うと、パック・ケース・箱など大容量のものが売れ筋であり、ネット通販では特に顕著な傾向です。
この状況では正に買上点数・商品の入数(封入されている個数)が重要なので、記事で紹介してきた調査の手法がそのまま通用します。食品はまじめに改善に取り組んだ成果が出やすいカテゴリなので、製造・販売それぞれの立場で工夫を凝らしてみてください。
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リサーチャー。上智大学文学部新聞学科卒業。新卒で出版社の学研を経て、株式会社マクロミルで月次500問以上を運用する定量調査ディレクター業務に従事。現在は国内有数規模の総合ECサイト・アプリを運営する企業でプロダクト戦略・リサーチ全般を担当する。
デザインとマーケティングを横断するリサーチのトレンドウォッチャーとしてニュースレターの発行を行い、定量・定性の調査実務に精通したリサーチのメンターとして各種リサーチプロジェクトの監修も行う。著書『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)
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