コロナで苦境に立たされた銀座のイタリア料理店がビジネスモデルを変革できた理由とは

コロナで苦境に立たされた銀座のイタリア料理店がビジネスモデルを変革できた理由とは

東銀座にイタリア料理店を3店舗構え、ドミナント戦略で10年間黒字経営を続けてきた青池さん。しかし、コロナを機に状況は一変、うち2店舗を閉店しました。それでもnoteでの「閉店のお知らせ」記事が拡散され、テリーヌ・ショコラが通販で爆発的に売れたり、YouTube開設によってファンが増えたりなど、ビジネスモデルの変革に成功。その背景にはどんな思いがあったのでしょうか。リクルートで青池さんと一緒に働いていた、ヴァリューズ副社長の後藤がお話を聞きます。


青池さんがイタリアンレストランを開業するまで

後藤賢治(以下、後藤):青池さんは以前リクルートで一緒に働いていたときから「いつか飲食店をやりたい」と言ってましたよね。そのあたりも含めて、青池さんのこれまでを聞いてみたいです。

後藤 賢治 株式会社ヴァリューズ 取締役副社長
1992年、株式会社リクルート入社。複数の事業企画を行い、ECサイトの責任者を行ったのちに株式会社マクロミルに執行役員として入社し、新サービスや新規事業開発などを手がける。2009年、元マクロミル代表の辻本と共に株式会社ヴァリューズを立ち上げる。データを活用し、自動車・不動産・日用品・金融など、様々な業界のマーケティング課題の解決を行っている。

青池隆明さん(以下、青池):公にしていたかは分かりませんが、飲食に関わりたいとふわっと言っていたかもしれません。自分で事業をやりたいという思いは前々からあって、高校生くらいの頃から飲食店をやってみたいと思っていたんです。高校を卒業してすぐに料理の世界に入ろうかなと思っていたんですが、大学を出てからでも遅くないと両親からの助言もあり、大学へ行きました。

大学に通っているうちに楽しいこともたくさんあったので、飲食への思いは若干薄れて。ただ、いつか事業を始めたいという思いは消えず、近道はどこかといろいろ探しているなかでリクルートに入社しました。だから後藤さんにお会いしたときには、この先にしたいことはそこまで明確ではなく、いつかは飲食の仕事をしたいかなという程度だったと思います。

青池隆明さん イタリアンレストラン『ラ・ボッテガイア』店主
株式会社リクルートで新規事業立ち上げを経験したのち、イタリアに料理の修行に行く。2010年、東銀座にイタリアンレストラン「トラットリア・ダ・フェリーチェ」をオープン(2020年閉店)。

後藤:会社を辞めて独立したきっかけには何かあったんですか?

青池:新卒で入社して5年目くらいのときに、母が胆管がんを患ったんです。当時は独立のことも頭になく、新規事業の立ち上げに熱中していました。でも母は余命半年だと言われてしまい、ぴったり半年で亡くなってしまったんです。54歳の生涯でした。

余命宣告から母が亡くなるまでの半年と、亡くなった後の半年間、合わせて1年くらいの間で、僕は「生きている意味は何か」とか「人生でなすことは」などをはじめて真剣に考えました。それで、飲食店をやると決めたんです。そこから料理の勉強をしに行って、ものごとが急激に回り始めました。

順調に店舗数を増やすも、10年目でコロナ禍に突入

青池:幸いにも、2010年に東銀座の雑居ビルの2階にオープンしたイタリアンレストランは、立ち上がりから軌道に乗りました。リクルートの方にも来ていただき、ふつう飲食ではあり得ないんですが、初年度から黒字でした。そして、2店舗目を京橋に出店。開業から6年目には3店舗目も出しました。銀座近辺のエリアに店舗を集中させるドミナント戦略で、業態を少し変えたり単価を変えたりして、徒歩5分以内で3店舗運営していました。

後藤:僕も青池さんのお店によく通ってましたが、リピート客が多いという印象がありました。落ち着けるのがいいんですよね。イタリアンレストランの成功要因には立地や人脈が絡んでくるのかなと思うんですが、行ってみたら接客や味がイマイチということもあります。

青池:たしかに初回の来店は人脈が大事かもしれないですけど、2回目以降の来店は保証されてませんからね。味や接客などで満足度を高めないとリピートにはつながらない。でも、ありがたいことに、お客様にはこんなに安くていいのと言われることが多かったです。銀座なのでもっと単価を高くしても良かったかもですが、どちらかと言うと大衆寄りの値付けにしたのが成功の要因だったかもしれませんね。プライシングは重要です。

そんなこんなで、特別利益が出ていたわけではないですが、赤字も出さず経営が厳しい局面もなく、10年間お店を続けてこれました。ただ、2019年頃からこの先を見据えてどうしようかと思うようになったんです。オリンピックが終わったら景気も悪くなるだろうと。そんなタイミングで、2020年4月のコロナ禍を迎えました。

後藤:コロナの影響はいつくらいから出始めましたか?

青池:去年の2月頃からでしたね。まず、歓送迎会のキャンセルが出始めた。その上、年度末に向けて盛り上がってくる3月1週目の予約が、全くなくなった。これはやばいとなって……。で、うちがそのころちょうどオープン10周年で、これまでお世話になった身近な方たちを集めてパーティーを開きました。みんなで集まってお祝いをして、にぎやかに過ごせたのが個人的にありがたかったです。でも、それが最後でした。

2020年4月8日に緊急事態宣言が出て、打つ手がほぼなくなりました。経営者として、スタッフを健康の被害や命の危機にさらしているかもしれないという思いもあり、すべてのお店を休業しました。そしてそのまま2020年7月いっぱいで『ラ・ボッテガイア』以外の2店舗を閉店することになりました。

後藤:そういう背景でしたか……。テイクアウトはいつ頃からやってましたか?

青池:3月から始めてました。その年のバレンタインを目がけてリリースしたテリーヌ・ショコラをテイクアウト専門で販売しました。それしか売るものがなかったんですが、逆の言い方をすれば、売るものがあった点はラッキーですね。休業後はテリーヌ・ショコラの通販もやりました。自分ひとりで出勤して焼いて、伝票を書いて通販で売ってましたね。

応援してくれる方が多く、救われました。通常営業していないので時間はたっぷりありましたし、通販を始めたおかげで今後も1店舗だけでもお店を続けていける兆しが見えました。

青池さんが販売するテリーヌ・ショコラ

通販やYouTube…飲食のビジネスモデルを変える取り組み

後藤:飲食店はテイクアウトを始めるお店も多かったですが、ビジネスモデル的にはテイクアウトでも立地条件から逃れられない。一方、通販は立地条件を超えられます。ただ、専門の免許を取ったり、通販の仕組みを構築する必要があったりと、やることは多そうです。

青池:そうですね。お菓子販売には菓子製造業という免許が必要です。取るのはそんなに難しくありませんが。あと、お肉の通販には食肉製品製造業という厳しい免許が必要で、これは僕も持ってません。

後藤:通販を始めることは飲食店にとって大きなビジネスモデルの変化だと思うんです。そして、それは前例のないチャレンジなはずなので、怖さもあったのではないかと。最近、企業でもDXの重要性が言われていますが、DXは武器であり手段であるべきです。そして、生き残るために必要なのであれば、ビジネスの変革=「トランスフォーメーション」をやらない理由はないですよね。

前置きが長くなってしまいましたが、思っていたこととしては、青池さんがなぜビジネスモデルの変革ができたのか、にヒントがあるんじゃないかと。

青池:フットワークですかね。やってみようかな、というフットワークの軽さが僕の場合ありました。かつ、通販を始めるのにリスクはなかった。ほぼ投資もないし、もともとあるリソースでできてしまう。そう考えると、やるかやらないかだけかな、と。

あとはそもそも、コロナのせいにする、政府のせいにするなどと、人のせいにすることはできますが、それだと何にも始まらないんです。自分の責任で始めたビジネスですし、矢印は自分に向いています。だからものすごく悲壮感があるというわけでもなく、けっこう前向きですね。お金にならないかもしれないけど、楽しそうだからやるという考えもありました。

後藤:あと、青池さんはYouTubeも始めてましたよね。この背景は何だったんですか?

青池:YouTubeは2020年5月くらいから始めました。毎日テリーヌ・ショコラを作って売ったりしていた時期ですが、動画制作会社を経営している高校の同級生が声をかけてくれて。緊急事態宣言が開けても集客は大変だろうし、集客できるツールとしてYouTubeをやったらという示唆をくれたんです。

でも、こんなタイミングでYouTubeなんてできるのかなという思いも正直ありました。暗い顔して動画をお届けしてはいけないし、お金になるのだろうかと。しかも、YouTubeには今更感も少しありました。ただ、やってみないと分からないし、やってみてから考えるかと。リスクもデメリットも見当たらなかったですしね。

▲青池さんのYouTube動画のうち、再生回数がもっとも多いひとつが『新玉ねぎの水分だけで塩豚を煮る』もの


後藤:勝算があるから、というわけではなかったんですね。でも通販のための認知や集客を考えれば、自前で集客できる道を作れたのは大きいですよね。結果的にもすごい人気ですし。

青池:ありがたいことですね。あと、noteで書いた記事に沢山の反響があって。残念ながら閉店のお知らせをするnoteだったんですが、とんでもないバズり方をしたんです。集客効果もすごくて、日本中からテリーヌ・ショコラのオーダーが入った。閉店バブルに近いですが、ほとんどのお店がひっそりと閉店していくことを思うと稀有なことでしたね。

この出来事から、発信する意味やメディアを持つ強さを本当の意味で初めて知りました。それがきっかけでいろんなオファーをいただきましたし、YouTubeにも可能性があると思い始めたのはその頃でした。

より軽やかに、市場を広げていく

後藤:なぜ様々なチャレンジができたのか、自分のなかで考えはありますか?

青池:飲食業界に軸足を置いているものの、以前リクルートにいたときの延長線上にいるからかもしれないです。周りの方からの刺激も受けますし、いろんなチャレンジを日々目の当たりにしているので違和感もない。

周りが飲食業界の方しかいなかったら、通販やYouTubeをやるといったフットワークの軽さとか、そういうものは生まれなかったかもしれません。同じようなことは、ビジネスモデルの変革が必要な企業において、自社の社風にどっぷり浸かっていると起こるのかもしれません。世界を広げ、刺激を受けることが大事だと思います。

後藤:今後もチャレンジは仕掛け続けていくんですよね。

青池:飲食店を10年やってきましたが、高い家賃を払って社員を抱えてという、固定費ビジネスに限界を感じています。飲食店は本当に利益が出ません。だけど魅力的だからやり続ける。しかし、コロナが出る前からそのモデルには限界を感じていて、コロナで明確に浮き彫りになったというのが現状です。

固定費をいかに抱えずに、軽やかな感じで新しいことに挑戦できる環境を作りたいと思っています。明確にこれと言うのはないですが、YouTubeは面白いですし、これからもやりたい。あと、グローバルな世界を見渡せばもっと市場は広がりそうだとも思います。最近レシピ本を2冊出したのですが、今度英語版を出すんです。

そこで、動画を海外の人に刺さるように再編集しようとも思ってます。するとマーケットも何百倍にもなるんですよね。テリーヌ・ショコラは、インターネットで認知が広がったことによって、これまで銀座中心の商圏だったのが国内全域に広がった。これが、シンガポールやアジアくらいだったら1日で送れるらしいんです。よくよく考えると日本だけではなく、もっと広く狙えます。より軽やかに、世界を見据えていきますよ。

​​

メールマガジン登録

最新調査やマーケティングに役立つ
トレンド情報をお届けします

この記事のライター

マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。

関連する投稿


決済者が抱えるDX課題の1位は「新規営業を強化したい」【コミクス調査】

決済者が抱えるDX課題の1位は「新規営業を強化したい」【コミクス調査】

株式会社コミクスは、同社が運営するクラウド・SaaSサービスの情報プラットフォーム『kyozon』会員を対象に、決済者のDX(デジタルトランスフォーメーション)課題に関する調査を実施し、結果を公開しました。


データマーケティング企業が解説! DXを加速させるデータ活用人材の育成と組織作りとは?|セミナーレポート

データマーケティング企業が解説! DXを加速させるデータ活用人材の育成と組織作りとは?|セミナーレポート

国をあげて産業界のDX化が推進され、データ活用がビジネスの成長に欠かせない時代となっている中、多くの企業がデータの活用に課題を抱えています。これは、データを活用し業務に生かすスキルや知識を持つ人材の不足や、スキルを持った人材を育成できる環境が整備できていないことが一つの原因です。 データ×マーケティングの領域で多くの企業との伴走によって培ったヴァリューズのノウハウをもとに、データ活用人材の育成・組織作りと、デジタルマーケティング基礎におけるデータ活用に焦点を当て解説した本セミナー。そのセミナーレポートを無料でダウンロードいただけます。


職場のデジタル化に遅れを感じる人は約6割 進まない原因に「経営上位層の認識遅れ」や「古いシステムの継続利用」などの声も【TOA調査】

職場のデジタル化に遅れを感じる人は約6割 進まない原因に「経営上位層の認識遅れ」や「古いシステムの継続利用」などの声も【TOA調査】

TOA株式会社は、全国の20~50代の働く男女を対象に「職場環境・デジタル化の実態に関する調査」を実施し、結果を公開しました。


tripla、宿泊施設の宿泊客滞在中業務を一元化するWEBサービスの提供を開始

tripla、宿泊施設の宿泊客滞在中業務を一元化するWEBサービスの提供を開始

tripla株式会社は、宿泊中の必要情報を集約した旅ナカ専用のWEBサービス「tripla Guide」の提供を開始したことを発表しました。


リピートされる観光地を目指したDMP構築とデータ活用組織作り【広島県観光連盟インタビュー】

リピートされる観光地を目指したDMP構築とデータ活用組織作り【広島県観光連盟インタビュー】

コロナ禍を経て活況が戻った観光業において、データドリブンの施策を展開する広島県観光連盟(HIT)。本稿では「圧倒的な顧客志向」を掲げるHITでの、VALUESのデータ分析伴走支援サービスを通じたチャレンジに迫ります。


最新の投稿


決済者が抱えるDX課題の1位は「新規営業を強化したい」【コミクス調査】

決済者が抱えるDX課題の1位は「新規営業を強化したい」【コミクス調査】

株式会社コミクスは、同社が運営するクラウド・SaaSサービスの情報プラットフォーム『kyozon』会員を対象に、決済者のDX(デジタルトランスフォーメーション)課題に関する調査を実施し、結果を公開しました。


食品メーカーにおける商品開発の事例5選 〜 キユーピー、カルビー、キリンなど

食品メーカーにおける商品開発の事例5選 〜 キユーピー、カルビー、キリンなど

食品業界において、企業の成功を大きく左右する「商品開発」。本記事では、お菓子や飲料などさまざまなヒット商品を生み出した企業の商品開発にまつわるエピソードをご紹介します。特に、いくつかの企業で共通していた「徹底的な顧客視点」や「データの有効活用」といったキーポイントに焦点を当て、消費者に新たな価値を届けるための開発プロセスを掘り下げていきます。


【2024年5月20日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

【2024年5月20日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

編集部がピックアップしたマーケティングセミナー・勉強会・イベントを一覧化してお届けします。


メーカーの約8割がSNSによるユーザーコミュニティ形成に期待 理由は「ユーザーの声が拾いやすくなると思うから」など【SHINSEKAI Technologies調査】

メーカーの約8割がSNSによるユーザーコミュニティ形成に期待 理由は「ユーザーの声が拾いやすくなると思うから」など【SHINSEKAI Technologies調査】

株式会社 SHINSEKAI Technologies は、SNSマーケティングを実施しているメーカーのマーケティング担当者を対象に、コミュニティ形成に関する意識調査を実施し、結果を公開しました。


【2024年5月13日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

【2024年5月13日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

編集部がピックアップしたマーケティングセミナー・勉強会・イベントを一覧化してお届けします。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ