青池さんがイタリアンレストランを開業するまで
後藤賢治(以下、後藤):青池さんは以前リクルートで一緒に働いていたときから「いつか飲食店をやりたい」と言ってましたよね。そのあたりも含めて、青池さんのこれまでを聞いてみたいです。
後藤 賢治 株式会社ヴァリューズ 取締役副社長
1992年、株式会社リクルート入社。複数の事業企画を行い、ECサイトの責任者を行ったのちに株式会社マクロミルに執行役員として入社し、新サービスや新規事業開発などを手がける。2009年、元マクロミル代表の辻本と共に株式会社ヴァリューズを立ち上げる。データを活用し、自動車・不動産・日用品・金融など、様々な業界のマーケティング課題の解決を行っている。
青池隆明さん(以下、青池):公にしていたかは分かりませんが、飲食に関わりたいとふわっと言っていたかもしれません。自分で事業をやりたいという思いは前々からあって、高校生くらいの頃から飲食店をやってみたいと思っていたんです。高校を卒業してすぐに料理の世界に入ろうかなと思っていたんですが、大学を出てからでも遅くないと両親からの助言もあり、大学へ行きました。
大学に通っているうちに楽しいこともたくさんあったので、飲食への思いは若干薄れて。ただ、いつか事業を始めたいという思いは消えず、近道はどこかといろいろ探しているなかでリクルートに入社しました。だから後藤さんにお会いしたときには、この先にしたいことはそこまで明確ではなく、いつかは飲食の仕事をしたいかなという程度だったと思います。
青池隆明さん イタリアンレストラン『ラ・ボッテガイア』店主
株式会社リクルートで新規事業立ち上げを経験したのち、イタリアに料理の修行に行く。2010年、東銀座にイタリアンレストラン「トラットリア・ダ・フェリーチェ」をオープン(2020年閉店)。
後藤:会社を辞めて独立したきっかけには何かあったんですか?
青池:新卒で入社して5年目くらいのときに、母が胆管がんを患ったんです。当時は独立のことも頭になく、新規事業の立ち上げに熱中していました。でも母は余命半年だと言われてしまい、ぴったり半年で亡くなってしまったんです。54歳の生涯でした。
余命宣告から母が亡くなるまでの半年と、亡くなった後の半年間、合わせて1年くらいの間で、僕は「生きている意味は何か」とか「人生でなすことは」などをはじめて真剣に考えました。それで、飲食店をやると決めたんです。そこから料理の勉強をしに行って、ものごとが急激に回り始めました。
順調に店舗数を増やすも、10年目でコロナ禍に突入
青池:幸いにも、2010年に東銀座の雑居ビルの2階にオープンしたイタリアンレストランは、立ち上がりから軌道に乗りました。リクルートの方にも来ていただき、ふつう飲食ではあり得ないんですが、初年度から黒字でした。そして、2店舗目を京橋に出店。開業から6年目には3店舗目も出しました。銀座近辺のエリアに店舗を集中させるドミナント戦略で、業態を少し変えたり単価を変えたりして、徒歩5分以内で3店舗運営していました。
後藤:僕も青池さんのお店によく通ってましたが、リピート客が多いという印象がありました。落ち着けるのがいいんですよね。イタリアンレストランの成功要因には立地や人脈が絡んでくるのかなと思うんですが、行ってみたら接客や味がイマイチということもあります。
青池:たしかに初回の来店は人脈が大事かもしれないですけど、2回目以降の来店は保証されてませんからね。味や接客などで満足度を高めないとリピートにはつながらない。でも、ありがたいことに、お客様にはこんなに安くていいのと言われることが多かったです。銀座なのでもっと単価を高くしても良かったかもですが、どちらかと言うと大衆寄りの値付けにしたのが成功の要因だったかもしれませんね。プライシングは重要です。
そんなこんなで、特別利益が出ていたわけではないですが、赤字も出さず経営が厳しい局面もなく、10年間お店を続けてこれました。ただ、2019年頃からこの先を見据えてどうしようかと思うようになったんです。オリンピックが終わったら景気も悪くなるだろうと。そんなタイミングで、2020年4月のコロナ禍を迎えました。
後藤:コロナの影響はいつくらいから出始めましたか?
青池:去年の2月頃からでしたね。まず、歓送迎会のキャンセルが出始めた。その上、年度末に向けて盛り上がってくる3月1週目の予約が、全くなくなった。これはやばいとなって……。で、うちがそのころちょうどオープン10周年で、これまでお世話になった身近な方たちを集めてパーティーを開きました。みんなで集まってお祝いをして、にぎやかに過ごせたのが個人的にありがたかったです。でも、それが最後でした。
2020年4月8日に緊急事態宣言が出て、打つ手がほぼなくなりました。経営者として、スタッフを健康の被害や命の危機にさらしているかもしれないという思いもあり、すべてのお店を休業しました。そしてそのまま2020年7月いっぱいで『ラ・ボッテガイア』以外の2店舗を閉店することになりました。
後藤:そういう背景でしたか……。テイクアウトはいつ頃からやってましたか?
青池:3月から始めてました。その年のバレンタインを目がけてリリースしたテリーヌ・ショコラをテイクアウト専門で販売しました。それしか売るものがなかったんですが、逆の言い方をすれば、売るものがあった点はラッキーですね。休業後はテリーヌ・ショコラの通販もやりました。自分ひとりで出勤して焼いて、伝票を書いて通販で売ってましたね。
応援してくれる方が多く、救われました。通常営業していないので時間はたっぷりありましたし、通販を始めたおかげで今後も1店舗だけでもお店を続けていける兆しが見えました。
青池さんが販売するテリーヌ・ショコラ
通販やYouTube…飲食のビジネスモデルを変える取り組み
後藤:飲食店はテイクアウトを始めるお店も多かったですが、ビジネスモデル的にはテイクアウトでも立地条件から逃れられない。一方、通販は立地条件を超えられます。ただ、専門の免許を取ったり、通販の仕組みを構築する必要があったりと、やることは多そうです。
青池:そうですね。お菓子販売には菓子製造業という免許が必要です。取るのはそんなに難しくありませんが。あと、お肉の通販には食肉製品製造業という厳しい免許が必要で、これは僕も持ってません。
後藤:通販を始めることは飲食店にとって大きなビジネスモデルの変化だと思うんです。そして、それは前例のないチャレンジなはずなので、怖さもあったのではないかと。最近、企業でもDXの重要性が言われていますが、DXは武器であり手段であるべきです。そして、生き残るために必要なのであれば、ビジネスの変革=「トランスフォーメーション」をやらない理由はないですよね。
前置きが長くなってしまいましたが、思っていたこととしては、青池さんがなぜビジネスモデルの変革ができたのか、にヒントがあるんじゃないかと。
青池:フットワークですかね。やってみようかな、というフットワークの軽さが僕の場合ありました。かつ、通販を始めるのにリスクはなかった。ほぼ投資もないし、もともとあるリソースでできてしまう。そう考えると、やるかやらないかだけかな、と。
あとはそもそも、コロナのせいにする、政府のせいにするなどと、人のせいにすることはできますが、それだと何にも始まらないんです。自分の責任で始めたビジネスですし、矢印は自分に向いています。だからものすごく悲壮感があるというわけでもなく、けっこう前向きですね。お金にならないかもしれないけど、楽しそうだからやるという考えもありました。
後藤:あと、青池さんはYouTubeも始めてましたよね。この背景は何だったんですか?
青池:YouTubeは2020年5月くらいから始めました。毎日テリーヌ・ショコラを作って売ったりしていた時期ですが、動画制作会社を経営している高校の同級生が声をかけてくれて。緊急事態宣言が開けても集客は大変だろうし、集客できるツールとしてYouTubeをやったらという示唆をくれたんです。
でも、こんなタイミングでYouTubeなんてできるのかなという思いも正直ありました。暗い顔して動画をお届けしてはいけないし、お金になるのだろうかと。しかも、YouTubeには今更感も少しありました。ただ、やってみないと分からないし、やってみてから考えるかと。リスクもデメリットも見当たらなかったですしね。
▲青池さんのYouTube動画のうち、再生回数がもっとも多いひとつが『新玉ねぎの水分だけで塩豚を煮る』もの
後藤:勝算があるから、というわけではなかったんですね。でも通販のための認知や集客を考えれば、自前で集客できる道を作れたのは大きいですよね。結果的にもすごい人気ですし。
青池:ありがたいことですね。あと、noteで書いた記事に沢山の反響があって。残念ながら閉店のお知らせをするnoteだったんですが、とんでもないバズり方をしたんです。集客効果もすごくて、日本中からテリーヌ・ショコラのオーダーが入った。閉店バブルに近いですが、ほとんどのお店がひっそりと閉店していくことを思うと稀有なことでしたね。
この出来事から、発信する意味やメディアを持つ強さを本当の意味で初めて知りました。それがきっかけでいろんなオファーをいただきましたし、YouTubeにも可能性があると思い始めたのはその頃でした。
より軽やかに、市場を広げていく
後藤:なぜ様々なチャレンジができたのか、自分のなかで考えはありますか?
青池:飲食業界に軸足を置いているものの、以前リクルートにいたときの延長線上にいるからかもしれないです。周りの方からの刺激も受けますし、いろんなチャレンジを日々目の当たりにしているので違和感もない。
周りが飲食業界の方しかいなかったら、通販やYouTubeをやるといったフットワークの軽さとか、そういうものは生まれなかったかもしれません。同じようなことは、ビジネスモデルの変革が必要な企業において、自社の社風にどっぷり浸かっていると起こるのかもしれません。世界を広げ、刺激を受けることが大事だと思います。
後藤:今後もチャレンジは仕掛け続けていくんですよね。
青池:飲食店を10年やってきましたが、高い家賃を払って社員を抱えてという、固定費ビジネスに限界を感じています。飲食店は本当に利益が出ません。だけど魅力的だからやり続ける。しかし、コロナが出る前からそのモデルには限界を感じていて、コロナで明確に浮き彫りになったというのが現状です。
固定費をいかに抱えずに、軽やかな感じで新しいことに挑戦できる環境を作りたいと思っています。明確にこれと言うのはないですが、YouTubeは面白いですし、これからもやりたい。あと、グローバルな世界を見渡せばもっと市場は広がりそうだとも思います。最近レシピ本を2冊出したのですが、今度英語版を出すんです。
そこで、動画を海外の人に刺さるように再編集しようとも思ってます。するとマーケットも何百倍にもなるんですよね。テリーヌ・ショコラは、インターネットで認知が広がったことによって、これまで銀座中心の商圏だったのが国内全域に広がった。これが、シンガポールやアジアくらいだったら1日で送れるらしいんです。よくよく考えると日本だけではなく、もっと広く狙えます。より軽やかに、世界を見据えていきますよ。
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マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。