2022年、緊張下の中国・台湾情勢と今後の日本企業のありかた

2022年、緊張下の中国・台湾情勢と今後の日本企業のありかた

2022年、一気に緊張が高まった台湾情勢。隣国の内政とは言え、その影響は多分に日本の経済そして国防に直結します。台湾有事の恐れが現実となった時、日本はどのような対処をし、中国内で経済活動を行なう日本企業はどうすべきでしょうか。2022年に繰り広げられた台中での出来事を背景に、今後の日本企業の展望について、大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、総括を含め解説します。


忍び寄る有事。2022年は目の離せない緊迫した対中関係に

2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻によって、ロシアに進出している企業、調達先などのサプライチェーンでロシアと繋がりがある企業は大きな影響を受けることになり、脱ロシアの動きが急速に加速しました。
それと比べて中国・台湾情勢は、現在のところ「地政学」的に懸念されるリスクは爆発してはいませんが、このリスクが爆発すればウクライナ侵攻以上の悪影響が出ると想定さています。
リスクが爆発していない現時点では、中国・台湾から日本企業が国内回帰したり、第3国へシフトしたりする動きはほぼ見られませんが、2023年以降は懸念すべき動きが一層加速化する可能性もあり、日本企業の間では多くの心配の声が広がっています。

2022年は台湾を巡る情勢において、一気に緊張が高まりました。
近年、台湾の蔡英文政権は、対中国政策において米国など欧米諸国との結束を強化し、一方で中国の習政権は、台湾に対して軍事演習やサイバー攻撃、経済制裁などあらゆる手段で台湾に揺さぶりを掛けてきました。中国が台湾産のパイナップルや柑橘類、高級魚であるハタなどの輸入を一方的に停止したケースは、正に台湾への経済攻撃と表現できるでしょう。

また、トランプ政権で始まった経済摩擦など米中間の対立も一層強まる中、台湾は民主主義と権威主義の戦いの最前線とも言える様相を呈し始め、台湾情勢自体が地域的なイシューから、よりグローバルなイシューへと変化しているように思えます。

そのような中、2022年は、経済攻撃による摩擦だけではなく、中国による台湾への軍事的威嚇が大きな緊張をもたらしました。1月以降、中国の戦闘機や電子戦機、爆撃機などが台湾の防空識別圏に侵入し、台湾が実効支配する東沙諸島(プラタス諸島)の空域を通過するなどの事態が繰り返され、台湾社会の間でもそれらの対応に変化が見られるようになりました。

たとえば、台湾政府は4月、中国による軍事侵攻に備えた民間防衛に関するハンドブックを初めて公表しました。このハンドブックにはスマートフォンのアプリを使った防空壕の探し方、水や食料の補給方法、救急箱の準備方法、空襲警報の識別方法などが詳細に記述され、中国からの軍事侵攻に対する備えとして、平時からより多くの市民に有効活用されることが期待されています。
 また、台湾政府は市民の軍事訓練義務の期間を現行の4ヶ月から1年に延長する考えを示しましたが、市民はそれに反発するどころか、最近では、市民自ら軍隊に入隊する希望者が増え、能動的に前述のハンドブックを有効活用しつつ、有事に備えて防空壕の場所を事前に確認したり、安全に退避できるよう自己防衛対策を強化したり、食糧の蓄えや応急手当などのノウハウを身に付けようとする動きが拡大しています。

習政権3期目の意味する中国の狙い、対抗する台湾の様相

2022年8月のペロシ米下院議長の台湾訪問は、台中関係の緊張をいっそう高めることになりました。中国は米国の訪台に対し、事前に米国へ牽制発言を行い、対抗措置を取ると警告していた通り、台湾を包囲するような軍事演習、台湾周辺へのミサイル発射、戦闘機による中台中間線越えなど、これまでにない規模の軍事的威嚇を行ないました。

そして同年10月には共産党大会が開始され、習政権3期目が始まりました。習氏は、2035年までに社会主義現代化をほぼ確実にし、中華人民共和国建国100年となる2049年までに社会主義現在化強国を進めていく方針を示し、台湾についても「統一は必ず実現させる。そのためには武力行使を排除しない」という考えを改めて強調し、その決意を新たに党規約に盛り込みました。

さらに習氏は、翌11月にバイデン大統領と会談した際にも「台湾は中国の核心的利益の中の核心であり、米国が介入する問題ではない」と釘を刺しました。
このように中国の強硬な姿勢が変わらないことを考えると、引き続き2023年も2022年のような緊迫した状況が続く可能性が非常に高いと言えます。

また、2024年1月には台湾で総統選挙が実施されるので、習氏は間違いなくその動向を注視するでしょう。2023年に一気に有事となる可能性はかなり低いと思われますが、2022年に起きた出来事を振り返ると、中国はこれまで以上の軍事的威嚇を強化しており、それがエスカレートすることによって偶発的衝突が発生し、一気に軍事的緊張が高まる恐れは排除できません。

台湾有事だけではない、日本企業の懸念「日中関係」にも注視

冒頭でも述べたように、今日、日本企業の脱中国、脱台湾が脱ロシアのように拍車がかかっているわけではありません。しかし、筆者周辺では有事を見据えでいち早く日本へ駐在員を退避させたり、サプライチェーンで台湾依存をスリム化させたりすることを検討し始める企業も増えています。このような動きを見ても、企業の台湾有事への懸念が拡大していることは疑いの余地はなく、2023年にはそのような動きがさらに加速化するかもしれません。

また、台湾有事だけでなく、それによって生じる日中関係の冷え込みを懸念する企業も増えています。台湾有事となれば、日中は対立軸で接することになり、日中経済への影響も大きくなるでしょう。過去、日中関係が悪化した際、中国が日本向けのレアアースの輸出を制限した事実もあり、台湾有事によって生じる日中関係悪化を懸念し、調達先を中国から第3国にシフトさせ、北京や上海、中国国内にいる駐在員の安全・保護をどう徹底するかなどの対策を、緊迫感を持って考える企業も増えてきているように感じます。

2023年、これらの問題は2022年以上に動向が変化する可能性があります。日本企業のみならず国全体にとっても、より具体的に有事に備える考えを持つべきと言えるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学 組織づくり

関連する投稿


米大統領選挙の行方 〜 日本企業が注視するべきポイント(台湾、朝鮮半島)

米大統領選挙の行方 〜 日本企業が注視するべきポイント(台湾、朝鮮半島)

全世界が注目する米国大統領選挙まであと2ヶ月。トランプ氏とハリス氏の攻防も熱を帯びてきましたが、いずれの結果においても政府間のみならず、日本企業の安定的かつ友好的な立場も維持したいものです。本稿では、米大統領選挙によって、日本企業にどのような影響があるのか、特に台湾情勢・朝鮮半島情勢についてフォーカス。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

世界中の注目が集まっているアメリカ大統領選。再選を狙うトランプ氏銃撃事件に現アメリカ大統領バイデン氏の候補撤退表明など、日々さまざまなニュースが飛び込んできています。次期候補には誰が就任するのか、そして、その結果によって日米の直接の関係性はもとより、現在アメリカが抱える関係国との問題はどのようにして日本へも波及するのか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


POLAが描いた独自の顧客体験戦略と、組織横断型のプロジェクト・組織マネジメント術 |「Values Marketing Dive」レポート

POLAが描いた独自の顧客体験戦略と、組織横断型のプロジェクト・組織マネジメント術 |「Values Marketing Dive」レポート

ヴァリューズは、“データを通じて顧客のことを深く考える”、“マーケティングの面白さに熱中する”という意味を込め、マーケティングイベント「VALUES Marketing Dive」を6/25に開催しました。第4回目となる今回の全体テーマは「Think & Expand - 潜考から事業拡大へ」。企業の成長、事業拡大を目指すためのマーケティング戦略、組織について考え、革新的な思考・潜考がどのように事業拡大につながるのか、マーケティング組織のマネージャーやエグゼクティブが押さえておきたい“Premium”な知識や事例をご紹介します。本講演では音部大輔氏がモデレーターとなり、顧客体験・組織戦略についてPOLA中村俊之氏と対談しました。


中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

世界の歴史を見れば分かりますが、国家と国家が紛争するのは、主に軍事や安全保障という領域でした。しかし、グローバルなサプライチェーンが毛細血管のようになり、国家と国家の経済の相互依存が深化している今日、国家と国家の紛争の主戦場は経済、貿易といった領域です。そして、国際政治が大国間競争の時代に回帰する中、諸外国の間では経済的威圧という問題に懸念が広がっています。本稿では、最近身近で起きている中国の経済的威圧について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

2024年5月、台湾の新総統として頼清徳氏が就任したことは記憶に新しいところでしょう。新たに発足した頼政権によって中台関係はどうなっていくのでしょうか。また、それによって、日本はどのように影響が及ぶのでしょうか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


最新の投稿


タイのコーヒーの特徴とは?タイのコーヒー市場の現状やショップを紹介

タイのコーヒーの特徴とは?タイのコーヒー市場の現状やショップを紹介

近年タイではコーヒーブームが起こっています。バンコクには次々と新しいカフェができており、SNS映えする店内だけではなくコーヒーの味にもこだわりを持つカフェが増えています。実際に、起業してカフェオーナー兼バリスタになるのはタイでは一つのトレンドです。 近年、タイのコーヒー市場は右肩上がりに伸びており、タイのコーヒー市場は日本円で1440億円を超えると言われています。 そこで本記事では、タイのコーヒー市場の現状を読み解くとともに、タイでなぜコーヒーの人気が高まっているのかを、タイのコーヒーブームの歴史と共に解説します。


2025年上半期Z世代トレンド予想!Trepo、「ファッション」「グルメ」「コト・モノ」の3部門のランキングを発表

2025年上半期Z世代トレンド予想!Trepo、「ファッション」「グルメ」「コト・モノ」の3部門のランキングを発表

株式会社Creative Groupは、同社が運営するメディア『トレンドメディアTrepo(トレポ)』にて、10代~20代の女性を対象に、2025年上半期のZ世代トレンド予想調査を実施し、結果を公開しました。


ADK MS、「ゲーム総合調査レポート2024」を発表!最新のゲーム市況の把握から、ゲームプレイヤーの行動・心理の分析まで網羅

ADK MS、「ゲーム総合調査レポート2024」を発表!最新のゲーム市況の把握から、ゲームプレイヤーの行動・心理の分析まで網羅

株式会社ADKマーケティング・ソリューションズは、ゲームプレイヤーの心理・行動を分析し、分かりやすく彼らの実態を可視化した「ゲーム総合調査レポート2024」を作成し、公開しました。


スリープテック ~ 睡眠の質とテクノロジー

スリープテック ~ 睡眠の質とテクノロジー

疲労回復、毎日のコンディション管理に必要不可欠な「睡眠」。その睡眠、あなたは足りていますか?最近ではニュースでも多く取り上げられた通り、日本は世界規模での「不眠大国」。実に日本人の平均睡眠時間は経済協力開発機構(OECD)の加盟国33ヵ国の中で最下位とも言われています。そして睡眠はただ眠るだけではなく、経済とも大いに関わりがあるのです。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、良質な睡眠の鍵を解説します。


BtoBマーケティングの成功は"ファクトファインディング"が重要!本質的・潜在的な課題・ニーズを引き出すことが成功のカギ【PRIZMA調査】

BtoBマーケティングの成功は"ファクトファインディング"が重要!本質的・潜在的な課題・ニーズを引き出すことが成功のカギ【PRIZMA調査】

株式会社PRIZMAは、全国のマーケティングコンサルタントを対象に、「BtoBマーケターが始めた方が良いこと」に関する調査を実施し、結果を公開しました。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ