対中半導体輸出規制への対抗措置か?中国がガリウムとゲルマニウムの輸出規制を発表 〜 政治的背景から探る

対中半導体輸出規制への対抗措置か?中国がガリウムとゲルマニウムの輸出規制を発表 〜 政治的背景から探る

7月に入り、中国の貿易政策において衝撃的なニュースが報じられました。希少金属に属するガリウムおよびゲルマニウム関連製品の輸出を中国が規制するというこの報道に、米国をはじめ日本企業の間でも多くの不安の声が上がっています。この規制措置の裏にはどのような中国の思惑があるのか。また、どのような経緯でこのような決断をしたのか、大学研究者として地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が解説します。


衝撃的なガリウム・ゲルマニウムの輸出規制。中国の本音は?

米中対立が様々なドメインで展開されるなか、経済や貿易、技術の分野で対立がより先鋭化しそうです。中国は7月に入り、国家の安全と利益を守るため希少金属であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を実施すると発表しました。専門家によると、ガリウムとゲルマニウムは半導体の材料として使用され、液晶テレビのバックライトなどの白色発光ダイオード、スマートフォンの顔認証に使っている面発光レーザーなどに欠かせない金属であるとされます。今日、世界で生産されるガリウムの9割は中国産で、日本はその多くを中国から輸入していますので、今後半導体を扱う日本の電機メーカーや自動車会社などに影響が出てくることが懸念されています。今回の規制について、中国はグローバルサプライチェーンの安定を維持するための措置で、特定国を標的とするものではないとの見解を示しています。

しかし、今回の輸出規制の背景に政治的な摩擦があることは間違いありません。その核心となるのが、米中間の軍事のハイテク化を巡る対立です。安全保障の世界では、伝統的に紛争の戦略空間となるのは陸、海、空でしたが、昨今ではテクノロジーの発達に伴い、これらに加えサイバー空間や宇宙空間が新たな戦略空間に定義されています。そして、今後の世界はAIの時代を迎えるにあたり、安全保障の世界でもAIなどの先端テクノロジーがいかに軍事のハイテク化に応用されるかに関心が集まり、懸念の声が聞かれます。

2022年秋、中国軍のハイテク化を警戒する米国は、ハイテク化に欠かせない先端半導体の技術が中国によって軍事転用されるリスクを回避するため、対中半導体輸出規制を発表しました。そして、米国は先端半導体の製造装置で世界をリードするオランダと日本にも対中規制を要請し、日本は2023年3月、先端半導体に必要な製造装置など23品目で対中輸出規制を実施することを発表し、この7月には実行に移されます。
 経済的に台頭する中国ですが、実は先端半導体の分野では遅れをとっており、軍のハイテク化を目指す習政権はそれに欠かせない先端半導体をどうしても握る必要があります。そのため、米国やその友好国による対中規制に対して不信感を強めてきました。中国は米国や日本が半導体輸出規制を発表した時に既に対抗措置を辞さない構えを示していましたが、なぜこのタイミングなのか、なぜガリウムとゲルマニウムなのかという疑問は残ります。

米中間だけでは完結しない多国間化する貿易摩擦の行方

このような政治的背景を踏まえ、軍事的衝突による被害があまりにも大きくなることを双方が認識している中では、経済や貿易の領域での紛争はいっそう激しくなっていくことが予想されます。ガリウムなどの輸出規制について、中国元商務次官は最近の発言でも「これは始まりに過ぎない」と言及したようですが、半導体の中枢、その周辺領域における規制の応酬はさらに激しくなる可能性があります。

そして、ここ最近において筆者は1つの政治的変化に着目しています。これまで貿易摩擦とは米中間の揉め事というイメージが強かった一方、そのステークホルダーが拡大しているように感じられることです。貿易摩擦の発端となったトランプ政権は米国第一主義を掲げ、中国に対する貿易規制に拍車を掛け、中国もそれに対抗していきましたが、それは“2人で攻撃し合う”という二国間摩擦というイメージが強かったと思います。しかし、バイデン政権になって以降は、米国が同盟国や友好国と結束を強化し、多国間で中国に対峙する姿勢を鮮明にして以降、中国も貿易摩擦において米国以外の国にも不満を強めています。今回の規制発表でも、たとえば、中国共産党系の機関紙「環球時報」は4日、「米国とその同盟国は中国の主要材料輸出の制限に込められた警告に耳を傾けよ」と題した社説を発表しています。

こういった政治的変化を考慮すれば、半導体を巡る大国間対立の中で、日本が受ける影響はさらに拡大していくことが考えられます。日本企業としては米中対立に巻き込まれない形でビジネスを継続したいというのが本音ですが、日本の経営者層はこのような地政学リスクの変化を戦略的にも注視していく必要があるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学 組織づくり

関連する投稿


トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

ドナルド・トランプ アメリカ合衆国大統領が2期目の政権を発足し100日が過ぎました。連日の報道でも見聞きする、膨大に発布されている大統領令や世界を騒がせている「トランプ関税」など、いまだ目の離せない状況が続いています。このような中、100日という節目を迎え、対日政策として懸念すべき点は何なのか、そして、グローバルマーケティングを担うビジネスパーソンとして着目し熟知しておくべき情報は何か、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

世界に混乱を巻き起こしている「トランプ関税」。アメリカにとって、その政治的背景と狙いはどのようなものなのでしょうか。世界の秩序と平和維持への影響も問われるこの問題について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が多角的な視点より解説します。


トランプ政権下のASEANと日本企業

トランプ政権下のASEANと日本企業

トランプ関税のニュースが、もはや日常となりつつあります。しかし、関税だけがトランプ政権の注目すべき政策ではなく、その他多くの課題にも隈なく注視していく必要があります。本稿では、前バイデン政権時からも話題となっていたグローバルサウスとの関係に、どのようにトランプ政権は対峙するのか、トランプ政権下のASEANを意識した場合、日本企業はどのようなことを考えておくべきか、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


トランプ関税がもたらす変化とグローバルマーケティング戦略の潮流

トランプ関税がもたらす変化とグローバルマーケティング戦略の潮流

2025年1月20日に第2次トランプ政権が発足し、連日数々の「大統領令」が発令されている今。その中でもトランプ政権の主軸となるのは通商政策、いわゆる「トランプ関税」でしょう。本稿では、日々耳にする「トランプ関税」の意味する中身を詳しく紹介。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、「トランプ関税」の大局を見極め、関係国・関係企業に及ぶ影響の光と影の部分や、今起きているグローバルマーケティングの潮流を解説します。


グローバルマーケティングとしての台湾情勢の行方

グローバルマーケティングとしての台湾情勢の行方

全世界的に情勢が揺れている今。我が国日本においても、注視すべき情勢があらゆる方向に存在していると言っても過言ではないでしょう。国の経済を支える企業の経営方針も、さまざまな情勢情報をあらゆる視点から取り込む必要があります。本稿では、特に注視すべき隣国情勢である台湾有事を取り囲む世界の動きにフォーカス。その焦点となる台湾での企業マーケティングはどのように進めるべきか、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が深掘り解説します。


最新の投稿


推し活をしている4人に1人は"家族で"推し活【CDG&Oshicoco調査】

推し活をしている4人に1人は"家族で"推し活【CDG&Oshicoco調査】

株式会社CDGと、株式会社Oshicocoは、家族で推し活を楽しむ人々の実態を把握するためアンケート調査を実施し、結果を公開しました。


サプリを飲む3,000人以上に調査!人気&注目の成分ランキング

サプリを飲む3,000人以上に調査!人気&注目の成分ランキング

健康の維持増進や栄養補給のために利用されるサプリメント。様々な成分を含むサプリメントが販売されていますが、どのような成分が消費者の関心を引きつけるのでしょうか。この記事では、サプリメントを摂取している方を対象に行った調査を参照しつつ、「関心がある」と回答の多かった人気&注目の成分のランキングや興味関心者を分析しました。


【2025年6月30日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

【2025年6月30日週】注目のマーケティングセミナー・勉強会・イベント情報まとめ

編集部がピックアップしたマーケティングセミナー・勉強会・イベントを一覧化してお届けします。


広告を目にしたときにスキップやスルーをする人が約7割!?広告を見て信頼できると感じる際のポイントは企業や商品への信頼感【レイクルー調査】

広告を目にしたときにスキップやスルーをする人が約7割!?広告を見て信頼できると感じる際のポイントは企業や商品への信頼感【レイクルー調査】

株式会社レイクルーは、日常生活で何らかの広告を目にすることがある20代~50代の男女を対象に「消費者の広告接触と購買行動」の実態調査を実施し、結果を公開しました。


オブジェクトマップ(体験設計のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

オブジェクトマップ(体験設計のアウトプット)|現場のユーザーリサーチ全集

リサーチャーの菅原大介さんが、ユーザーリサーチの運営で成果を上げるアウトプットについて解説する「現場のユーザーリサーチ全集」。今回はオブジェクトマップ(体験設計のアウトプット)について寄稿いただきました。※本記事は菅原さんの書籍『ユーザーリサーチのすべて』(マイナビ出版)と連動した内容を掲載しています。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ