衝撃的なガリウム・ゲルマニウムの輸出規制。中国の本音は?
米中対立が様々なドメインで展開されるなか、経済や貿易、技術の分野で対立がより先鋭化しそうです。中国は7月に入り、国家の安全と利益を守るため希少金属であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を実施すると発表しました。専門家によると、ガリウムとゲルマニウムは半導体の材料として使用され、液晶テレビのバックライトなどの白色発光ダイオード、スマートフォンの顔認証に使っている面発光レーザーなどに欠かせない金属であるとされます。今日、世界で生産されるガリウムの9割は中国産で、日本はその多くを中国から輸入していますので、今後半導体を扱う日本の電機メーカーや自動車会社などに影響が出てくることが懸念されています。今回の規制について、中国はグローバルサプライチェーンの安定を維持するための措置で、特定国を標的とするものではないとの見解を示しています。
しかし、今回の輸出規制の背景に政治的な摩擦があることは間違いありません。その核心となるのが、米中間の軍事のハイテク化を巡る対立です。安全保障の世界では、伝統的に紛争の戦略空間となるのは陸、海、空でしたが、昨今ではテクノロジーの発達に伴い、これらに加えサイバー空間や宇宙空間が新たな戦略空間に定義されています。そして、今後の世界はAIの時代を迎えるにあたり、安全保障の世界でもAIなどの先端テクノロジーがいかに軍事のハイテク化に応用されるかに関心が集まり、懸念の声が聞かれます。
2022年秋、中国軍のハイテク化を警戒する米国は、ハイテク化に欠かせない先端半導体の技術が中国によって軍事転用されるリスクを回避するため、対中半導体輸出規制を発表しました。そして、米国は先端半導体の製造装置で世界をリードするオランダと日本にも対中規制を要請し、日本は2023年3月、先端半導体に必要な製造装置など23品目で対中輸出規制を実施することを発表し、この7月には実行に移されます。
経済的に台頭する中国ですが、実は先端半導体の分野では遅れをとっており、軍のハイテク化を目指す習政権はそれに欠かせない先端半導体をどうしても握る必要があります。そのため、米国やその友好国による対中規制に対して不信感を強めてきました。中国は米国や日本が半導体輸出規制を発表した時に既に対抗措置を辞さない構えを示していましたが、なぜこのタイミングなのか、なぜガリウムとゲルマニウムなのかという疑問は残ります。
米中間だけでは完結しない多国間化する貿易摩擦の行方
このような政治的背景を踏まえ、軍事的衝突による被害があまりにも大きくなることを双方が認識している中では、経済や貿易の領域での紛争はいっそう激しくなっていくことが予想されます。ガリウムなどの輸出規制について、中国元商務次官は最近の発言でも「これは始まりに過ぎない」と言及したようですが、半導体の中枢、その周辺領域における規制の応酬はさらに激しくなる可能性があります。
そして、ここ最近において筆者は1つの政治的変化に着目しています。これまで貿易摩擦とは米中間の揉め事というイメージが強かった一方、そのステークホルダーが拡大しているように感じられることです。貿易摩擦の発端となったトランプ政権は米国第一主義を掲げ、中国に対する貿易規制に拍車を掛け、中国もそれに対抗していきましたが、それは“2人で攻撃し合う”という二国間摩擦というイメージが強かったと思います。しかし、バイデン政権になって以降は、米国が同盟国や友好国と結束を強化し、多国間で中国に対峙する姿勢を鮮明にして以降、中国も貿易摩擦において米国以外の国にも不満を強めています。今回の規制発表でも、たとえば、中国共産党系の機関紙「環球時報」は4日、「米国とその同盟国は中国の主要材料輸出の制限に込められた警告に耳を傾けよ」と題した社説を発表しています。
こういった政治的変化を考慮すれば、半導体を巡る大国間対立の中で、日本が受ける影響はさらに拡大していくことが考えられます。日本企業としては米中対立に巻き込まれない形でビジネスを継続したいというのが本音ですが、日本の経営者層はこのような地政学リスクの変化を戦略的にも注視していく必要があるでしょう。
国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師
セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。