日本企業は中国とどう向き合うべきか 〜 デカップリングとデリスキング

日本企業は中国とどう向き合うべきか 〜 デカップリングとデリスキング

迫る台湾有事。そして難局を迎えつつある対中関係。この2つは別々ではなく同時に捉えることが必要です。では日本企業はどのようにこの難局を乗り越えビジネスを繋げていけば良いのか。完全に関係を断ち切るよりもリスクを管理して回避する「デリスキング」が必要だと言われるこの現状を、大学研究者として地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が、デカップリングの非現実性とデリスキングの重要性を交えて解説します。


台湾有事、対中関係。共に総合的にリスクを捉える動きに注視

台湾情勢と同じように、今日、日本企業の間では中国を取り巻く情勢への懸念が拡がっています。むしろこの状態が日本企業にとって最大の課題と言え、日本企業の中国への懸念は多岐に渡っています。米中間の半導体覇権競争を巡っては、バイデン政権は昨年10月先端半導体の技術が中国によって軍事転用されるリスクを警戒し、対中輸出規制を強化しました。米国は今年に入り半導体製造装置で世界をリードする日本やオランダに対して同調するよう要請し、日本は3月に最先端の半導体製造装置など23品目について対中輸出規制を敷くことを発表しました。日本としては、安全保障上の懸念から米国に対しNO!とは言えませんでしたが、一方の中国は日本に対して規制の解除を繰り返し要請し、対抗措置を取る姿勢を崩してはいません。

また、2023年7月からは改正反スパイ法が施行されます。2014年に施行された反スパイ法では、スパイ行為の定義が“国家機密の提供”とありましたが、改正法ではそれに加えて“国家の安全と利益に関わる資料やデータ、文書や物品の提供や窃取”が含まれるようになり、しかも“その他のスパイ行為”などの定義が曖昧な表現も依然として残り、中国当局によって恣意的に改正法が運用される懸念があります。中国情報機関トップの陳一新・国家安全相も最近、敵対勢力の浸透、破壊、転覆、分裂活動を抑え込むため、外国のスパイ機関による活動を厳しく取り締まると改正反スパイ法の施行に強い意欲を示しています。今年春にはアステラス製薬の50代の男性社員が帰国直前に拘束される出来事がありましたが、これを含め2014年以降17人の日本人が拘束されており、同法施行によって拘束事案が増えることが懸念されます。

そして、先月の記事でも触れましたが、台湾有事が発端で日中が軍事的に対立することになり、日中関係が一気に悪化することが心配されます。最近、日本企業の間でも“台湾有事は台湾だけ ”でなく、そこから派生する二次的影響(日中関係の悪化や日本のシーレーンへの影響)を懸念する声が増えています。台湾リスクと中国リスクをセットにし、総合的にリスクを捉える動きが拡がっていると言えるでしょう。

日本流グローバルサウスとの付き合い方も模索が必要

このような多くの懸念事項がある中、日本企業は中国とどう向き合っていけばいいのか。数としては多くはないものの、中国を取り巻く不確実な情勢を懸念し、中国依存を減らそうとする企業の動きもみられます。当然ながら、業種、企業によって中国依存は大きく異なり、脱中国の難易度も大きく異なりますが、既存の中国依存を部分的に減らし、その代替先としてASEANや南アジアなどグローバスサウスに目を向ける企業もあります。今後、国際社会ではインドのようにグローバルサウスの存在感が一層強まることが予想され、5月に岸田総理がエジプトやガーナ、ケニア、モザンビークなどを訪問したように、今後は日本独自でグローバルサウスとの経済関係を強化することが戦略的に求められることになります。よって、日本企業自身も中国情勢の行方を戦略的に捉え、グローバルサウスへさらに視野を広げていく必要があると言えます。

「デカップリング」は現状では難しい。重要視される「デリスキング」とは

脱中国を目指すとは言え、日本企業の対中デカップリング(英語で「分離」「切り離し」を意味。いわゆる「切っても切れない」親密・緊密・密接な関係を解消して非連動的なものにすることから由来し、現在の対中関連で多く用いられている)は極めて難しいところです。

日本経済にとって中国は最大の貿易相手国であり、今後もそれは続くでしょう。脱中国を行動に移し始めたとしても、代替国には中国では考えにくいリスク(大規模な反政府デモや暴動、テロやクーデターなど)が常態化しているケースも多く、“中国帰り”に出る企業もあるかもしれません。経済安全保障を巡る議論ではこのデカップリングという言葉が頻繁に使用されますが、日本企業の中国ビジネスにおいてデカップリングは選択肢として考えにくいと言えます。

よって、ここで重要になるのは、デカップリングではなくデリスキングだと考えます。
デリスキングとは端的に言えば「リスク回避」となりますが、中国との関係を踏まえて簡単に説明すると、日本企業が中国でビジネスを継続する一方、中国ビジネスでリスクが想定される部分ではリスク管理を徹底することを表します。たとえば、中国の四川省と新疆ウイグル自治区を調達先とする日本企業Aがあったとして、バイデン政権下で新疆ウイグル関連の貿易取引で厳しい規制が敷かれている背景から、新疆ウイグルとの取引ではベトナムに調達先を変え、四川省との取引は継続するというようなことが一例となります。

対中関係に際し、日本企業の前には多くのリスクが想定されますが、前述したようにデカップリングは現状では難しく、いかにデリスキングを徹底できるかが現実的な選択肢と言えるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学 組織づくり

関連する投稿


台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

2024年5月、台湾の新総統として頼清徳氏が就任したことは記憶に新しいところでしょう。新たに発足した頼政権によって中台関係はどうなっていくのでしょうか。また、それによって、日本はどのように影響が及ぶのでしょうか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


なぜ国家は経済や貿易を武器化するのか

なぜ国家は経済や貿易を武器化するのか

終結の見えない戦争や国家間の経済制裁など、依然として世界では不安定な情勢が続いています。本稿では、記憶に新しい2023年の半導体関連における日本の対中輸出規制や、それらの対抗措置とみられる中国によるレアメタル輸出規制などを振り返り、なぜ国家間での経済や貿易が「武器化」されるのかを、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、ふたつの視点から解説します。


国際テロと地政学リスク

国際テロと地政学リスク

国家間の政治問題が取り沙汰されることが多い「地政学リスク」ですが、他にも学ぶべきこととして「国際テロ」の問題もあげられます。国際テロとは縁遠いと思われる日本。しかし、日本人が巻き込まれるテロ事件は断続的に起こっています。本稿では、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、大きなニュースとなったロシアでのコンサートホール襲撃事件をはじめ、過去に起きたテロ事件を振り返り、国際テロの脅威について解説します。


悩みを抱えた人の語りからこころと社会を学ぶ「夜の航海物語」のススメ〜現代社会とメンタルヘルス〜

悩みを抱えた人の語りからこころと社会を学ぶ「夜の航海物語」のススメ〜現代社会とメンタルヘルス〜

「カウンセリング」と聞いて、どんな印象を持ちますか?専門家とともに自分のこころを見つめる経験は、その後の人生の糧にもなります。臨床心理士の東畑開人氏の著書「なんでも見つかる夜に、こころだけが見つからない」(新潮社)は、気付かないうちにあなたも染まっているかもしれない、孤独に陥りがちな現代社会の価値観に気づかせてくれます。「読むセラピー」と称された、カウンセラーとクライアント(依頼者)の夜の航海物語を、精神保健福祉士の森本康平氏が解説します。


米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

日々様々な報道番組でも取り上げられている「もしトラ(もしもトランプ氏の再登板が実現したら?)」。その可能性は「ほぼトラ(ほぼトランプ氏の再登板が決まったようなもの)」とも言われる状況で、選挙後の日米関係だけでなく米中関係にも大きな懸念を早くも生んでいます。本稿では、今日繰り広げられている予備選の考察から選挙後の日米関係の変化の可能性まで、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


最新の投稿


アパレル系の店舗アプリを知ったきっかけは「店員からの案内」が約6割【Repro調査】

アパレル系の店舗アプリを知ったきっかけは「店員からの案内」が約6割【Repro調査】

Repro株式会社は、アパレル系店舗アプリのインストール前後の利用状況に関するユーザー調査を実施し、結果を公開しました。


認知度の向上にはコンテンツマーケティングが必須と回答した人は9割以上!実施の結果、7割以上が成果を実感している【未知調査】

認知度の向上にはコンテンツマーケティングが必須と回答した人は9割以上!実施の結果、7割以上が成果を実感している【未知調査】

未知株式会社は、全国の企業に在籍する20〜60代の方を対象に「コンテンツマーケティングの実施・成果」に関する調査を実施し、結果を公開しました。


「美容成分オタク」のオンライン行動を分析!スキンケアの情報収集実態に見る、コミュニケーションのヒント|セミナーレポート

「美容成分オタク」のオンライン行動を分析!スキンケアの情報収集実態に見る、コミュニケーションのヒント|セミナーレポート

近年、美容インフルエンサーの発信により特定のスキンケア成分がフォーカスされ、「成分関心層」が増加しています。今回は、@cosmeを運営するアイスタイル社が保有する、日本最大級の美容に関する生活者データと、ヴァリューズが保有するオンライン行動データを活用。成分に関する情報感度の高いアーリーアダプター層に注目し、その裏にあるユーザーインサイトから、成分関心層と取るべきコミュニケーションを探ります。※本セミナーのレポートは無料でダウンロードできます。


官民連携の智略 ~ PPP/PFI

官民連携の智略 ~ PPP/PFI

高い効率性が求められるのは今や個人の仕事や学業の範疇にとどまらず、国の施策運営である公共事業などにもその思考傾向は浸透しつつあります。その結果、国は民間企業の協力を得て「官民連携」で公共事業を進めることでそれらを効率化し、さまざまな事業を支えている例が多く存在します。本稿では、このような「官民連携」で効率化を目指す手法のPPPやPFIなどについて、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


観るだけでポイントが貯まる「TikTok Lite」はSNSビジネスを革新するか。TikTokユーザーデータと比較調査

観るだけでポイントが貯まる「TikTok Lite」はSNSビジネスを革新するか。TikTokユーザーデータと比較調査

動画視聴を通じてポイ活を行うアプリ「TikTok Lite」が注目を集めています。「TikTok」に少し変化を加えただけに思えるこのアプリですが、実は「TikTok」と同じぐらい勢いがうかがえます。そこで、本記事では「TikTok Lite」と「TikTok」のアプリユーザーのデータを分析し、双方の違いから「TikTok Lite」の人気の要因を探っていきます。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

ページトップへ