企業向けリスクヘッジの観点の中心は台湾有事
トランプ政権が今年1月に発足しましたが、グローバルマーケティングの観点から、トランプ政権がどの国家にどの程度の関税を発動するのか、どの地域で紛争リスクが高まるのか低くなるのかなど、新たなビジネス拡大を目指す日本企業はその動きを今日注視しているでしょう。
筆者は長年、新たなビジネスチャンスの拡大を目指す企業向けに、リスクヘッジの観点からコンサルティング業務に携わってきましたが、トランプ政権の発足に伴うリスクの1つとして言えることに台湾情勢の行方があります
帝国データバンクが昨年11月に発表した企業統計によりますと、2024年7月の時点で、台湾に進出する日本企業は2022年に3124社に上ったものの、2024年は4.4%減少の2988社となりました。この背景には、台湾有事をめぐる動向があると考えます。
中国と台湾の緊張は長年のものですが、2022年8月、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問したことがきっかけで、中国が台湾本島を四方から囲むような大規模な軍事演習を初めて行い、大陸側から複数の弾道ミサイルが発射され、その一部は日本の排他的経済水域にも落下しました。これが大きなきっかけとなり、台湾でビジネスを拡大することや、台湾と取引がある日本企業の間では台湾有事への懸念が急速に広がりました。筆者のクライアントにも台湾へ進出する企業が当時で十数社ありましたが、この出来事をきっかけに相談が2、3倍に増えたことを覚えています。
しかし、周知のように、台湾は世界の半導体市場をリードし、自由や民主主義など日本と基本的な価値観を共有しており、今後も日本企業にとって台湾はマーケティングの観点から重要な市場であることに変わりはありません。筆者の周辺企業の間でも、台湾をめぐる軍事的緊張はあるものの、台湾という市場、パートナーを失うことは考えられないという企業関係者の声が多く聞かれます。
第2次トランプ政権での台湾情勢への関与はいかに
では、グローバルマーケティングという観点から、台湾情勢の行方をどう認識するべきなのでしょうか。これは具体的に言い換えると、トランプ大統領がどういった台湾政策を打ち出していくかということになりますが、現時点では以下のように捉えるべきでしょう。
まず、トランプ大統領は昨年の選挙戦の時から、「台湾はもっと防衛費を増額すべきだ」、「台湾は米国から半導体産業を奪った」など台湾への不満を示してきました。また、NATO加盟の欧州の同盟国を念頭に、「防衛費を増額しないなら、ロシアによる軍事的脅威から米国は守らない」などと発言し、同盟国軽視の姿勢を表しました。台湾は米国の正式の同盟国ではありませんが、トランプ政権が台湾軽視の路線に舵を切り、それによって中国による軍事的威嚇がこれまで以上に強くなるという懸念がありました。
しかし、トランプ大統領は米国を再び偉大な国家にするという目標を掲げると同時に、中国に対する優位性を確保する姿勢に徹すると考えられます。すなわち、これまで日本周辺の安全保障環境で優勢を保ってきたのは米国ですが、21世紀に入って中国が海洋進出を強化し、地政学的状況が変化しつつあります。米国が同地域における地政学的優位性を保つためには、軍事支援など台湾へ積極的な関与を示し、台湾を中国による海洋進出を抑える防波堤として機能させる必要があります。仮に、中国が台湾を支配下に置けば、中国がそこを西太平洋進出に向けての最前線と位置付けるでしょうが、それは西太平洋で軍事的覇権を握ってきた米国にとって新たな脅威となるのです。
今回のトランプ政権には、国務長官にマルコ・ルビオ氏が、安全保障担当の大統領補佐官にはマイク・ウォルツ氏が起用されていますが、両者とも対中強硬派の急先鋒で、中国による海洋進出を抑えるため台湾防衛の重要性を強く訴えています。
そして、2月7日に行われた日米首脳会談は、トランプ政権がその姿勢で臨むことを示唆しました。トランプ大統領との初の対面会談に臨んだ石破総理は、米国は日本の外交・安全保障にとって最も重要な国であり、トランプ大統領との間で日米同盟を更なる高みに引き上げ、自由で開かれたインド太平洋の実現に向けてともに協力していく重要性を共有したと明らかにしました。また、日米が直面する地域の戦略的課題に緊密に連携しながら対処していくことで一致し、トランプ大統領が米国による核を含む、あらゆる能力を用いた日本の防衛に対する米国の揺るぎないコミットメントを強調し、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを改めて確認したとされます。
これにより、今回の日米首脳会談で安心したのは日本だけではないでしょう。台湾有事は日本有事と言われるように、台湾有事の影響は地理的に近い沖縄県・八重山諸島にも及びますが、2月7日の会談でトランプ大統領が日本防衛に積極的に関与する姿勢を表明したことは、それは同時に台湾への関与をバイデン前政権のように続ける意思があることが強く窺えます。
台湾でのマーケティング活動、短期的には異常なくとも中長期的には注視を
前述のように地政学的観点から台湾情勢を想定すると、今後すぐに企業のマーケティング活動に具体的な悪影響が及ぶことは考えにくいでしょう。台湾自身も国防力を増強しており、台湾侵攻という決断は決して簡単ではありません。しかし、中国が引き続き台湾への軍事的圧力を続けることは間違いなく、さまざまな手段で対応してくる可能性が捨てられないことは現実的リスクであり、それは日常的な企業のマーケティング活動に影響を与えることが考えられます。また、中長期的視点で台湾に関連するマーケティングを描く場合、より一層台湾有事を現実的リスクとして把握しておく必要が生まれるでしょう
ロシアによるウクライナ侵攻により、多くの日本企業がロシアから完全撤退したように、戦争リスクというものは企業活動を一転させますので、そのような可能性をマーケティング活動の中で強く認識しておくことが望まれます。

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師
セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。