書籍紹介
データ分析失敗事例集:失敗から学び、成功を手にする(共立出版)
ヴァリューズからの参画著者
著者紹介:輿石 拓真、川島 彩貴、竹久 真也
共に株式会社ヴァリューズ ソリューション局 インサイトアナリティクスG マネジャー
共有されないけれど、失敗事例から学べることは多い
―― まず出版された背景について教えてください。なぜ失敗がテーマなのでしょうか。
株式会社ヴァリューズ 輿石 拓真(以下、輿石): この書籍は編者の尾花山さん、ホクソエムさんの呼びかけによって実現した企画ですが、失敗は語られることが少ない、ということが理由の一つだと伺っています。
企業がプレスリリースで成功事例を発表することはありますが、失敗を共有するモチベーションはあまりあがらなかったりしますよね。また、データ分析って失敗するのが当たり前なんだよ!と世の中に伝えたかったというのもあるそうです。
ビジネスに対する科学的なアプローチ(見える化→ビッグデータ→データサイエンティスト→DXみたいな変遷)が幅広い業界に広がった結果、思うように成果が出ずハイプサイクルの幻滅期に差し掛かってきたとの見方もあります。特にビジネス畑では失敗はキャリアの途絶になる場合もあるため、ビジネス側の人にこそ失敗し得ることや、失敗から学べることを伝えたいということですね。
またデータ分析では、依頼者とデータ分析者の双方が存在しています。データ分析者だけではなく、依頼者側も失敗を知ることで、失敗しないためにはどうすればいいのか、データ分析者とどのように接すればいいのか、見えてくる部分があると思うんですよね。データ分析の失敗事例からは双方学ぶところがあると思っています。
―― 確かに、失敗にフォーカスした本はあまりないですよね。この書籍には複数の著者が参画されていますが、どのような方が多いのでしょうか。
輿石:著名なデータサイエンティストの方が多く参加されていました。この本ではデータを分析する側の方が、分析するうえでの失敗を語る本になっています。元々のキャリアが事業会社という方も結構いらっしゃるので、まんべんなく色々な方が参加されている印象があります。
株式会社ヴァリューズ 川島 彩貴(以下、川島):そうですね。事例の内容では、自社内で取り組んだケースと受託したケースのそれぞれがあるかと思います。
輿石:Twitter(現X)や分析系のユーザ会などでよく目にする方も多く参加されているので、そういった方が失敗を語ってくれることは、非常に良い機会ではないでしょうか。
自社データだけでなく多面的に見ることが大切
―― 次に具体的な本の内容について、教えてください。25個の失敗事例が掲載されていますが、竹久さんが本書の中で印象に残った事例を教えていただけませんか。
株式会社ヴァリューズ 竹久 真也(以下、竹久):自社サービスの利用度合いに基づいてユーザーを区分している事業会社から、自社をたくさん使っている人、つまりロイヤルユーザーを増やそうとする施策の一環で行った分析の事例です。自社だけでなく多面的にデータを見て、より行動の実情を確かめていきたい、という背景がありましたが、蓋を開けてみると、自社の利用が多い人は競合の利用も多いという、いわゆる「ロイヤルティ(忠誠心)」とは違う実情が見えてきたそうです。そのため、分析の前提が大きく変わったという事例でした。
その後は立て直しをされ、深く使われているユーザーなら、どのような行動を取っているのかを計測されたそうです。この事例は自社で決めたロイヤルユーザー像が、ちゃんと分析してみると実情は結構違っていたということがポイントかと思います。
―― このようなケースはよくあるのでしょうか。
竹久:自社へのロイヤルティ、つまり忠誠心が高いことと、自社をメインで使っていることは、必ずしも一致するわけではない。特に特定カテゴリのサービスしか提供していない場合、ごく一部のデータしか取れていないということはよくあるのではないかと思います。
というのは、自社に溜まるデータは消費者の生活全体のごく一部、ということが多いんですよね。自社が独占できていると捉えて頑張ろうとするマーケティングが多いんですが、実は単純にそのカテゴリの消費が多いとか、ECをよく使う人がたまたま自社をたくさん使っていて、他社も多く使っていたというのはよくあることです。自社データだけで議論することって、とても危ういなと思います。
―― 特に学びになると思う点はどんなところですか。
竹久:取れていないデータに敏感になろう、という点でしょうか。取れているデータを前提に、現実と一対一の対応で捉えるのではなく、実際にはデータを取れている範囲と取れていない範囲があるはず。その限界を意識し、多面的にデータを突き合わせて初めて分かることもあるというのが学びだと思います。
もちろん、取れるデータで考えることは当然です。ただそのデータから分かることと真実とは距離があるので、たまにはその距離をちゃんと見ていくことが必要かなと。
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―― データを多面的に見ることが大事ということですね。このパートをどんな方に読んでほしいと思われますか。
竹久:自社データの分析を中心に携わっている方、もしくはデータ分析というと自社で蓄積されたデータだけを使うと思っていらっしゃる方ですね。自社データというのは、自社サービスを利用する際に取れるデータで、一例をあげると利用ログやGA(Google Analityics)、会員データなどです。
実際そういう方も多いとは思いますが、それだけでは片手落ちになる可能性があることを知っていただけたらと思うんですよね。そのデータは、正しく顧客像を捉えているかということです。自社ですごく分析をしていたり、顧客像を描いている人こそ、ユーザーの行動を幅広く見ることができる外部のデータや調査と組み合わせることで、より良くなるのではと思います。
前提の把握が手戻りを防ぐ
―― 次に川島さんにお伺いします。どんな事例が印象に残りましたか。
川島:市場や業界状況を理解するというテーマで実施した調査案件での事例です。
―― この事例の失敗ポイントはどんなところでしょうか。
川島:案件の始まりから終わりまでの進行方法をもっとよくできたのではと思う点がいくつかありました。
―― 印象に残った背景を教えてもらえますか。
川島:データ分析における失敗というと、分析の手法における失敗がまず思い浮かぶかと思うのですが、このテーマはそもそものプロジェクトの進行に関する振り返りがメインです。関係者と目的に向けてどう進めていくのかということは、仕事全般において大事だと思いますが、データ分析という結果が未知なものに取り組むからこそ、より一層重要だと感じました。
―― 事例のようなケースは、よくあることなんでしょうか。
川島:ここまではないものの、小さい範囲で結構起きているケースかと思います。
この件では、提案段階からプロジェクトが進むにつれてそもそもの知りたいことが変わってきたり、スケジュール的に早くやらないといけなかったりという事情がありました。報告では分析者が想定していないところで質問があがり時間を使ってしまったなど、関係者の認識や状況共有がうまくいっておらず、なかなかうまく進めることができていない様子でした。
―― この事例から、特に学べる点を教えてください。
川島:前提の把握が大事ということです。クライアントの担当者が何のために調査をしたいのか、その分析を使ってどんなアクションをしたいのか、なぜそのスケジュールなのかなどといった点です。
また、担当の方が調査慣れしているのか、やり方の面で共通の見解を持てているのか、プロジェクトを進める目的や背景も重要です。それが曖昧だとズレてくることがあるので、最初におさえておくことが大事だと思います。
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川島:そしてプロジェクトが進む中で状況が変化してくるので、疑問に思ったらその時点で確認することや、今どういうステップで、どこまで進行しているのか、そういった位置や目線の確認が大事だと思います。
―― 色々な人が入り関係者が増えたことで認識が違っていったのか、またはそもそもの認識が違っていたのか、というとどちらでしょうか。
川島:そもそもの認識の違いかと思います。この条件で、こういう風に進めていきましょうと、提案段階で決め切っていない状態で、スケジュールもあるのでスタートしましょうと進めていた面があったようです。
―― データ分析する側もそうですが、依頼者側の意識やスケジュール感覚にも課題がありそうですよね。
川島:そうですね。どちらが悪いとかではなく、その背景を理解した上で、コミュニケーションを取ることが大事だと思います。
―― どんな方にこのパートを読んでもらいたいでしょうか。
川島:データ分析する方と活用する方、双方に参考になるかと思います。
また個人的には、これからデータ分析を仕事にしていく人や目指す人にも読んでもらえるといいですね。外から見ると、きらびやかな部分がクローズアップされて見えたりしますが、いい意味で地道に考えて積み重ねて、興味深く役に立つ分析ができるんだなと分かってもらえれば。実務経験を積むことは大事ですが、こういった実体験を書籍を通じて知ることができると、知見が得られるように思います。
―― 実務に基づく実体験なので、書籍を通じてリアルな追体験ができるということですね。
失敗を避けるために、何をやらないのか知る
―― 最後に輿石さんからもメッセージをお願いできますか。
輿石:この書籍は依頼者側の方にも読んでもらえる内容だと思っています。データ分析を仕事にしている方だけではなく、お願いする可能性がある方、例えばマーケターの方などですね。会社としていい分析プロジェクトを進めていくためにも、ぜひ読んでほしい内容になっています。
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―― 上手くいったケースの本はたくさんあるけれど、それを自社で再現できるかというと難しいですよね。一方、失敗例は実感値として落とし込みやすいと思いました。
輿石:書籍に記載があるように、「失敗を避けるために、何をやらないのかを知る」ことができますね。
―― 本日はありがとうございました。
大学卒業後、損害保険の営業事務を経て、通販雑誌・ECサイトのMD、編集、事業企画に従事した後、独立。自身のキャリアを通じて、一人一人のポテンシャルを引き出すことが組織の可能性に繋がることを実感したことから、現在はマーケティングとキャリア・人材を軸に、人と組織の可能性を最大化できるよう支援をしています。