2024年、世界規模で企業を取り巻く地政学リスク

2024年、世界規模で企業を取り巻く地政学リスク

世界各地での争乱を背景に、2024年は主要各国で重要な選挙が控えています。選挙結果はその国だけではなく関連国との関係性も変貌させます。先日13日に行われた台湾総統選挙もそのひとつ。前総統である蔡英文氏の政治信念を引き継ぐ頼清徳が勝利したことにより、我が国も注目する中台関係、台湾有事にはどのような変化が起きるのでしょうか。このように世界各国で行われる選挙により生じる懸念材料。今年は世界規模での地政学事情に注目する必要がありそうです。本稿では国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、台湾と米国の選挙にフォーカスして解説します。


依然として緊張感高まる世界争乱の行方は?各国重要選挙にも注目

昨年はウクライナや台湾などで戦争や緊張が続くなか、10月にはイスラエルとパレスチナ・ガザ地区を拠点とするイスラム組織ハマスとの戦闘が激化するなど、企業を取り巻く世界情勢は多くの不安要素を抱えています。そして、今年は台湾やインド、インドネシアやロシア、米国など各国で選挙が行われる選挙イヤーです。その行方によって企業を取り巻く世界情勢は大きく変化することが予想されます。ここではいくつかのポイントを紹介したいと思います。

蔡英文氏の志引き継ぐ頼清徳氏の総統選勝利。中台関係はいかに動き出すのか

まず、近年企業の間では台湾有事への懸念の声が聞かれ、駐在員の退避基準など危機管理体制を構築する動きが広がっています。その台湾では1月13日、8年間政権を担った蔡英文氏の次の指導者を選ぶ総統選挙が行われ、蔡英文政権で副総統を務めた頼清徳氏が勝利しました。頼清徳氏は蔡英文氏と同じく、自由や民主主義を重視し、欧米との関係を重視しながら中国に向き合っていく姿勢ですので、中国からすると当選してほしくない人が選ばれたことになります。

よって、少なくとも今後4年間の中台関係は、これまでの8年と同じように冷え込んだ環境が続くことになります。一昨年夏、当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した際、中国は台湾本島を包囲するように大規模な軍事演習を行い、台湾を取り巻く緊張が高まりました。今日でも、中国軍機による中台中間戦越え、台湾の防空識別圏への侵入は常態的に続いており、今後もそういった軍事的威嚇が続けられるでしょう。また、中国はパイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどの台湾産品の輸入を突然制限するなど経済的威圧を繰り返し仕掛けており、こういった経済的揺さぶりも頼清徳政権下で続くことでしょう。

一方、台湾有事への懸念が高まるなか、頼清徳政権になったからといってすぐに武力行使が発生する可能性は極めて低いです。安全保障の専門家の間でも、今日の中国軍に台湾侵攻をスムーズに行える能力や規模は十分に備わっていないとの見方が大筋で、経済成長率の鈍化や若者の高い失業率、不動産バルブの崩壊や外資離れなど多くの経済的課題に直面する習政権としても、軍事行動に出れば米国などから経済制裁に遭うリスクがあることから、その決定は慎重に行わざるを得ない状況です。また、仮にそれに失敗すれば共産党政権の権威が大きく失墜することから、習政権として失敗は許されない状況です。

しかし、習政権が武力行使の可能性を放棄したわけではなく、有事の潜在的リスクは依然として残ります。企業としては、頼清徳政権と習政権の行方を注視していく必要があります。

注目の11月。アメリカ大統領選挙結果が引き起こす世界規模の懸念材料

企業を取り開く世界情勢の中、もう1つ注目するべきポイントがあります。それは11月に行われる米国大統領選挙です。現在のところ、現職のバイデン大統領と前大統領のトランプ氏の再戦が濃厚で、今後の状況次第ではトランプ氏が大統領に返り咲くというシナリオもあり得ます。

しかし、仮にトランプ氏がホワイトハウスに復帰することになれば、企業を取り巻く世界情勢は大きく変化することが濃厚です。1つに、ウクライナ情勢です。バイデン政権はこの2年間ウクライナへ積極的な支援を行ってきましたが、米国第一主義を掲げるトランプ氏は大統領に復帰すれば最優先でウクライナ支援を停止すると言及しており、仮にそうなれば侵攻を続けるロシアに大きく利することになり、世界的な物価高や為替変動など大きな影響が出てくることが予想されます。そして、そうなれば米国と欧州との間では大きな溝が再び生じることになり、それは民主主義陣営の分断をいっそう進め、世界経済にとっても大きな懸念材料となります。

また、中国との間では再び貿易戦争が激しくなる可能性があります。近年、企業が懸念する最大の地政学リスクが米中貿易戦争でした。それは第1次トランプ政権下で勃発したものであり、米国の雇用と利益を断固として中国から守り抜くとの決意のもと、中国製品に対して先制的に輸出入規制などが仕掛けられ、中国もそれに強く対抗するなど世界経済を大きく不安定化させるリスクが考えられます。

そして、先端半導体を巡る覇権競争が激化する中、昨年1月にバイデン政権が中国への先端半導体の輸出規制で日本に同調するよう呼び掛けたように、トランプ氏が先端半導体に限らず先端技術分野で日本に足並みを揃えるよう、もっと厳しく迫ってくる可能性も考えられ、トランプ再選のシナリオは多くの不安要因を我々に与えています。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

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