台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

2024年5月、台湾の新総統として頼清徳氏が就任したことは記憶に新しいところでしょう。新たに発足した頼政権によって中台関係はどうなっていくのでしょうか。また、それによって、日本はどのように影響が及ぶのでしょうか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


台湾新政権発足。新総統頼氏の演説から見る中台関係の現状

近年、日本企業の間では台湾有事への懸念が広がっています。台湾に進出する日本企業は数千社レベルで、2万人あまりの日本人が駐在するだけでなく、台湾は半導体産業で世界の先端を走り、台湾の南部と東部の海域は日本のシーレーンであり、日本にとって台湾の安定は死活的に重要です。

そのような中、台湾では5月下旬に新政権が発足しました。新たな総統に就任したのは民進党の蔡英文前政権で副総統を務めた頼清徳氏で、頼氏は就任式で中国との関係についてこれまでの現状維持路線(独立もしないし統一もしない)を強調し、「中華民国(台湾)と中華人民共和国は互いに隷属しない」と言及し、台湾は中国の一部だとする中国側の主張を改めて否定しました。

一方、民進党そのものを独立勢力と位置づける中国側はそれに反発し、「頼氏の演説は敵意と挑発、嘘に満ちており、台湾独立の立場はさらに過激なものになっている」と痛烈に批判し、「必ず反撃し、必ず懲罰を与える」と警告しました。中国共産党系の環球時報も、「頼清徳新総統を台湾独立のための工作者、平和の破壊者」などと社説で批判し、対抗措置の可能性を示唆しました。

また、6月にシンガポールで開催されたアジア安全保障会議(シャングリラ・ダイアローグ)でも、中国の董軍国防相は、「台湾は中国にとって核心的利益の中の核心であり、外部勢力(米国など)が台湾に武器を供与するなどして問題をあおり立てている」などと痛烈に批判しました。

そして、頼氏の総統就任直後、中国人民解放軍で台湾海峡を管轄する東部戦区は、台湾本土を取り囲むように北部、東部、南部の海域、中国大陸が目の前にある金門島や馬祖島などで2日間にわたる軍事演習を実施しました。軍事演習には海軍、陸軍、空軍、ロケット軍が参加し、打撃訓練や戦闘準備のパトロール、実戦訓練などが行われました。台湾本土を取り囲むような軍事演習は、2022年8月初めに当時のペロシ米下院議長が台湾を訪問した時にも行われ、その際には大韓航空とアシアナ航空が台湾便を一時ストップするなどの影響が生じました。

また、中国は台湾から輸入する化学製品など134品目について、経済協力枠組み協定に基づく関税の優遇措置から除外する方針を発表しました。優遇措置からの除外は6月15日から実施されますが、中国は蔡英文前政権の時、台湾産のパイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどに輸入を一方的に停止した過去があります。

潜在的軍事的脅威の中、日本企業はどのようにビジネスを継続するか

今後の中台関係ですが、ここで示したように中国は頼氏を蔡英文氏の後継者として敵視しており、頼政権下の4年間で中国との対話が進む可能性は現時点で低いのが現状です。頼氏は就任演説で中台は隷属しないと発言しましたが、これは中国からすれば頼氏が独立志向を掲げたに等しく、今後の中台関係も冷え込んだ関係が続くことは間違いないでしょう。

台湾内政において、日本の国会にあたる立法院では、民進党ではなく国民党が第一党となり、頼氏の得票率も40%程度と蔡英文氏より15%ほど低く、頼政権は民進党の支持回復にも努めなければなりません。よって、思うように“中国による圧力には屈しない”という姿勢を前面に出しにくい部分もありますが、日本企業としては潜在的な軍事的脅威がある中で台湾関連のビジネスを継続していくことになるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学

関連する投稿


なぜ国家は経済や貿易を武器化するのか

なぜ国家は経済や貿易を武器化するのか

終結の見えない戦争や国家間の経済制裁など、依然として世界では不安定な情勢が続いています。本稿では、記憶に新しい2023年の半導体関連における日本の対中輸出規制や、それらの対抗措置とみられる中国によるレアメタル輸出規制などを振り返り、なぜ国家間での経済や貿易が「武器化」されるのかを、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、ふたつの視点から解説します。


国際テロと地政学リスク

国際テロと地政学リスク

国家間の政治問題が取り沙汰されることが多い「地政学リスク」ですが、他にも学ぶべきこととして「国際テロ」の問題もあげられます。国際テロとは縁遠いと思われる日本。しかし、日本人が巻き込まれるテロ事件は断続的に起こっています。本稿では、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、大きなニュースとなったロシアでのコンサートホール襲撃事件をはじめ、過去に起きたテロ事件を振り返り、国際テロの脅威について解説します。


米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

米国大統領選を通じて見る、保護主義化する米国の貿易・経済政策

日々様々な報道番組でも取り上げられている「もしトラ(もしもトランプ氏の再登板が実現したら?)」。その可能性は「ほぼトラ(ほぼトランプ氏の再登板が決まったようなもの)」とも言われる状況で、選挙後の日米関係だけでなく米中関係にも大きな懸念を早くも生んでいます。本稿では、今日繰り広げられている予備選の考察から選挙後の日米関係の変化の可能性まで、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


台湾では親米派が勝利、米国ではバイデンVSトランプが現実味 〜 今後の地政学リスクの動向 〜

台湾では親米派が勝利、米国ではバイデンVSトランプが現実味 〜 今後の地政学リスクの動向 〜

2024年1月。かねてから関心が高かった台湾の総統選選挙において、前政権の意思を引き継ぐ形で頼清徳氏が勝利しました。この結果により親米派は維持されますが、反して中国との関係はどのようになってゆくのでしょうか。また2024年最大の地政学リスクとも言われる米国大統領選挙も予備選挙が始まり、その動向には世界中が注目していると言えるでしょう。本稿では国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏がそれぞれの大国の行方と地政学への影響について解説します。


2024年、世界規模で企業を取り巻く地政学リスク

2024年、世界規模で企業を取り巻く地政学リスク

世界各地での争乱を背景に、2024年は主要各国で重要な選挙が控えています。選挙結果はその国だけではなく関連国との関係性も変貌させます。先日13日に行われた台湾総統選挙もそのひとつ。前総統である蔡英文氏の政治信念を引き継ぐ頼清徳が勝利したことにより、我が国も注目する中台関係、台湾有事にはどのような変化が起きるのでしょうか。このように世界各国で行われる選挙により生じる懸念材料。今年は世界規模での地政学事情に注目する必要がありそうです。本稿では国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行う会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、台湾と米国の選挙にフォーカスして解説します。


最新の投稿


テックミーブレインズ、AI初心者にも分かりやすいオールインワン生成AIサービスを提供開始

テックミーブレインズ、AI初心者にも分かりやすいオールインワン生成AIサービスを提供開始

株式会社テックミーブレインズは、あらゆる作業をラクに、AI初心者にも分かりやすいオールインワン生成AIサービス「タレントクエリーAI(β版)」をリリースしたことを発表しました。


Social media usage among seniors! Mainly YouTube, with significant growth in TikTok usage

Social media usage among seniors! Mainly YouTube, with significant growth in TikTok usage

There’s often a lot of focus on social media use among young people. But we also want to look at trends among “digital seniors.” We will investigate seniors’ usage of Facebook, Instagram, X (formerly Twitter), YouTube, and TikTok, analyzing usage characteristics and comparing them to usage among those in their 20s.


PR TIMES、2024年上半期発表のプレスリリース分析結果を発表!AI・SDGs・DX・EC...増えたキーワード、減ったキーワードは何?

PR TIMES、2024年上半期発表のプレスリリース分析結果を発表!AI・SDGs・DX・EC...増えたキーワード、減ったキーワードは何?

株式会社PR TIMESは、同社運営する「PR TIMES」において、2024年1月1日〜2024年5月31日に発表されたプレスリリース総計15万6339件から、データ分析結果と総括、業界分析と各種ランキングなどを発表しました。


世界15か国でビジネスマンの生成AI使用率が前年から大幅増!一方、日本は生成AIの業務利用割合が最低という結果に【BCG調査】

世界15か国でビジネスマンの生成AI使用率が前年から大幅増!一方、日本は生成AIの業務利用割合が最低という結果に【BCG調査】

ボストン コンサルティング グループ(BCG)は、日本を含む世界15の国・地域において、経営幹部から従業員までを含む1万3,000人以上を対象に、職場におけるAI活用に関する意識調査「AI at Work 2024: Friend and Foe」を実施し、結果を公開しました。


意思決定論 ~ これからの組織運営

意思決定論 ~ これからの組織運営

「迅速な意思決定」が企業運営に重要であるということは、数多くの経営者には常識であることかと思われます。しかし、迅速な意思決定と一口に言っても、具体的には解決すべきものは何か、何から手をつけるのか、何に気配りしていかに実行するのか、明確に説明するのは簡単ではありません。本稿では、意思決定を「因数分解する」という考え方から始め、VUCA(不確実で複雑、不透明で曖昧な社会情勢)の時代を泳ぎ抜くための意志決定など、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、意志決定の真意と重要性について解説します。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ