中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

世界の歴史を見れば分かりますが、国家と国家が紛争するのは、主に軍事や安全保障という領域でした。しかし、グローバルなサプライチェーンが毛細血管のようになり、国家と国家の経済の相互依存が深化している今日、国家と国家の紛争の主戦場は経済、貿易といった領域です。そして、国際政治が大国間競争の時代に回帰する中、諸外国の間では経済的威圧という問題に懸念が広がっています。本稿では、最近身近で起きている中国の経済的威圧について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


国益を優先する外交が生む国家間の衝突、そして経済的威圧

世界には200近くの国々があり、当然ですが、どの国も自国の国益を最優先に外交やビジネスを展開します。しかし、そうなれば国家と国家の利害が衝突することはしばしばあり、それは最悪の場合に軍事的な戦争となって甚大な被害を与えます。世界史の教科書をみれば、国家と国家が戦争を繰り返してきたことが分かりますが、ウクライナのように今日でも世界のどこかでは戦争が続いています。

しかし、紛争や戦争が生じているのは何も軍事や安全保障という領域だけに留まりません。今日では経済安全保障や地政学リスクと言われるように、国家と国家が衝突し合う領域は経済や貿易など企業のフィールドにも及んでいます。

そのような中、日本企業の間で懸念が広がっている問題の1つが、中国による経済的威圧です。近年、中国は関係が冷え込む台湾やオーストリアとの関係において、台湾産のパイナップルやマンゴー、オーストラリア産のワインや牛肉などの輸入を一方的に停止しました。先端半導体の分野で日本が米国と足並みを揃える形で中国への輸出規制を開始した後、中国は日本がその多くを中国からの輸入に依存する希少金属ガリウム・ゲルマニウムの輸出規制を強化し、日本産水産物の輸入を全面的に停止しました。こういった貿易規制で第一に影響を受けるのは企業であり、日本企業の間では“中国は次どういった規制を仕掛けてくるのか”と不安の声が聞かれます。

中国の輸出入規制における2つの基準とは?

では、中国はどういった基準で輸出入規制の対象品を選ぶのでしょうか。特効薬的な答えがあるわけではないですが、これまでのケースより2つの傾向があると言えます。
1つ目は、“中国が輸入をストップしても国内経済に大きな影響はない、他国からの輸入で賄える”という点です。被害ゼロはなかなか難しいでしょうが、台湾産のパイナップルやマンゴーであれば東南アジアの国々からの輸入に切り替えるなどはそれほど難しくなく、オーストラリア産のワインや牛肉もフランスやニュージーランド、米国などからの輸入に切り替えることが考えられるでしょう。要は、中国にとってそれがないと困るといった必需品であれば、中国は輸入規制をしにくいと思われます。

また2つ目は、“他国がある品目でどれほど深く中国に依存しているか”という点です。中国は他国が中国の望まない行動を取った際、その国がどの品目で中国に深く依存しているかを意識していると思われます。昨年7月、日本が先端半導体関連で中国への輸出規制を開始した後、中国は日本が中国からの輸入に依存する希少金属の輸出規制を強化し、日本産水産物の輸入を全面的に停止しましたが、中国政府は先端半導体を重要な戦略物資と位置づけ、それを何とか獲得しようとしていますが、米国が同盟国と協力してそれを阻止しようとすることに強い不満を持っています。

日本産水産物の全面輸入停止は日本国内でも大きなニュースになりましたが、それだけ中国の日本への貿易的不満が高まっていることを意味します。中国に輸出される水産物も品目によって対中依存度が異なりますが、ホタテなどはその多くが中国に輸出されていたので、ホタテを中国に輸出する水産加工会社はそれで大きな衝撃を受けました。今日では、中国一辺倒の輸出体制を見直し、米国やASEANなどにシフトする動きが見られます。

今後も日中の間では、経済や貿易の領域を舞台とした紛争が激しくなるリスクがあります。現在、明確な基準はありませんが、中国はここで挙げた2点を意識して輸出入規制の対象品を選定していることが考えられます。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学

関連する投稿


地政学的リアリズムが促す日本企業の対米投資 〜 同盟強化とリスクヘッジの戦略

地政学的リアリズムが促す日本企業の対米投資 〜 同盟強化とリスクヘッジの戦略

2019年以来、5年連続で世界最大の対米投資国となる日本。戦後からの「日米同盟」を基軸とした日本の対米政策により、この関係は更なる深化が求められています。しかしこの深化にはメリットもある一方で、懸念されるべきリスクも存在します。流動的に変化する国際情勢の中、世界を相手にビジネス展開を進める日本企業にとって留意すべき点は何なのか、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


急増する世界人口 〜 地政学から見る未来の魅力的なマーケティング市場

急増する世界人口 〜 地政学から見る未来の魅力的なマーケティング市場

世界人口80億人を超え、あらゆる地域でさまざまな経済活動が行われている今、日本企業としてのグローバルマーケティングはどのように考えていけばいいでしょうか。本稿では、地政学観点から魅力的なマーケティング市場になり得る可能性を秘めた地域を抜粋。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が細かく分析・解説します。


グローバルサウスの台頭とマーケティングの新機軸。注目の新興国とは?

グローバルサウスの台頭とマーケティングの新機軸。注目の新興国とは?

日本企業にとって重要な存在となりつつあるグローバルサウスの国々。一体それぞれの国とのビジネスにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。また、日本企業の強みとは。本稿では、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、グローバスサウス諸国の中からインド・インドネシア・ナイジェリアを取り上げ、各国を分析・解説します。


トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

ドナルド・トランプ アメリカ合衆国大統領が2期目の政権を発足し100日が過ぎました。連日の報道でも見聞きする、膨大に発布されている大統領令や世界を騒がせている「トランプ関税」など、いまだ目の離せない状況が続いています。このような中、100日という節目を迎え、対日政策として懸念すべき点は何なのか、そして、グローバルマーケティングを担うビジネスパーソンとして着目し熟知しておくべき情報は何か、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

世界に混乱を巻き起こしている「トランプ関税」。アメリカにとって、その政治的背景と狙いはどのようなものなのでしょうか。世界の秩序と平和維持への影響も問われるこの問題について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が多角的な視点より解説します。


ページトップへ