米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

世界中の注目が集まっているアメリカ大統領選。再選を狙うトランプ氏銃撃事件に現アメリカ大統領バイデン氏の候補撤退表明など、日々さまざまなニュースが飛び込んできています。次期候補には誰が就任するのか、そして、その結果によって日米の直接の関係性はもとより、現在アメリカが抱える関係国との問題はどのようにして日本へも波及するのか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


バイデン氏の立候補撤退表明後、次候補として急浮上したカマラ・ハリス氏

米大統領選の行方に世界の注目が集まっています。トランプ氏は7月13日、東部ペンシルベニア州パトラーで開かれていた共和党の政治集会で演説中に銃撃を受け、銃弾が右耳上部を貫通しました。しかし、トランプ氏は血まみれ状態にも関わらず支持者に向けて右手の拳を高々と挙げ、支持者たちが集まる会場は大きな拍手に包まれました。

 そして、バイデン大統領は7月21日、秋の大統領選での再選を断念し、選挙戦から撤退することを表明し、後継候補としてカマラ・ハリス副大統領を支持する考えを示しました。ハリス氏はジャマイカ出身の父とインド出身の母との間に生まれ、これまでにカリフォルニア州司法長官、上院議員などを務め、既にトランプ打破に向けて臨戦態勢に入っています。

 ハリス氏は7月23日、激戦州の1つである中西部ウィスコンシン州での選挙集会でトランプに勝利すると強い意気込みを示しました。これまでのところ、両者の支持率は拮抗しており、現時点でどちらが勝つかは読めない状況です。

トランプ・バイデン両政権が目論む米中摩擦の先、日本へ求める対応とは

日本企業がまず注視するべき点は、米中貿易摩擦の行方です。これについてはどちらが勝てば米中間での貿易摩擦が落ち着くかという問題ではなく、どちらが勝利しても中国への厳しい姿勢は変わりません。トランプ氏は政権1期目の2018年以降、米国の対中貿易赤字を打破するため、4回にわたって3700億ドル相当の中国製品に対して最大25%の関税を課す制裁を発動し、中国も報復関税などで対抗することで、両国の間では貿易摩擦が激しくなりました。

その後、トランプ政権で歯車が狂った米国をリセットすることを強調したバイデン政権となりましたが、同政権も中国・新疆ウイグル自治区における人権侵害、先端半導体の軍事転用防止などを理由に、中国に対して先制的な貿易規制措置を次々に発動しており、バイデン政権は対中国という点ではトランプ政権を継承しています。

米市民の間では中国への警戒論が広がっており、言い換えれば、今日の選挙戦では中国に対して厳しい姿勢を強調すれば自らの支持拡大に繋がるという状況になっていると言えます。残された選挙戦の期間、両氏ともに中国に対して厳しい姿勢を強調し、2025年1月に新しい政権が発足しても、米国の対中強硬姿勢が続いていくことは間違いないでしょう。

トランプ氏は中国に対して米国単独で貿易規制を強化していきましたが、それは二国間の貿易摩擦であり、正に名の通りの米中貿易戦争と言えるでしょう。一方、バイデン政権も米国単独で貿易規制を仕掛けていますが、ケースによっては日本など同盟国や友好国との協力を呼び掛け、多国間で中国に向き合う姿勢を重視しています。

バイデン政権は2022年10月、先端分野の半導体が中国によって軍事転用される恐れから、同分野での対中輸出規制を大幅に強化しました。しかし、米国による規制では中国による先端半導体そのものの獲得、製造に必要となる材料や技術の流出を防止できないと判断したバイデン政権は2023年1月、先端半導体の製造装置で高い技術力を誇る日本とオランダに対して足並みを揃えるよう要請し、日本は同年7月下旬から製造装置など23品目で中国への輸出規制を開始しました。

アメリカのリーダーの椅子につくのは誰か。その結果による日本への影響は

今後の米国の日本に対する姿勢ですが、ハリス政権になっても基本的にはバイデン政権と変わらないでしょう。ハリス政権も同盟国日本との関係を重視し、戦略物資の安定供給、サプライチェーンの強靭化など、経済安全保障分野における日米の結束が深まると考えることが予想されます。保護主義化が指摘される米国ですが、ハリス政権が日本に対して経済や貿易面で独自の圧力を強化してくる可能性は考えにくいです。しかし、先端半導体をめぐる対中輸出規制でバイデン政権が日本に足並みを揃えるよう求めたように、対中国においてハリス政権が日本に協力を呼び掛け、それによって中国の日本への不満が強まり、日中の間でも貿易摩擦が拡大する可能性はあります。

トランプ氏の再選については、日本企業の間でも心配する声が聞かれますが、同氏は第1次政権の時の対日姿勢で臨んでくる可能性が高いでしょう。トランプ氏は日本製鉄のUSスチール買収について、それを絶対に阻止するなどと発言し、日本に対しても保護主義的な論調を展開しました。しかし、安倍・トランプ時代の良好な日米関係もあり、トランプ氏はそれを理由に、基本的には日本との関係を重視してくると思われます。

トランプ氏再選によって、直近で日米の貿易摩擦が拡大するのではないかと過剰に心配する必要はないでしょう。無論、先端半導体分野での対中輸出規制でバイデン政権が日本に協力を呼び掛けたように、トランプ政権が中国に貿易圧力を強化する中で日本に同調圧力を掛けてくる可能性は考えられます。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学

関連する投稿


地政学的リアリズムが促す日本企業の対米投資 〜 同盟強化とリスクヘッジの戦略

地政学的リアリズムが促す日本企業の対米投資 〜 同盟強化とリスクヘッジの戦略

2019年以来、5年連続で世界最大の対米投資国となる日本。戦後からの「日米同盟」を基軸とした日本の対米政策により、この関係は更なる深化が求められています。しかしこの深化にはメリットもある一方で、懸念されるべきリスクも存在します。流動的に変化する国際情勢の中、世界を相手にビジネス展開を進める日本企業にとって留意すべき点は何なのか、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


急増する世界人口 〜 地政学から見る未来の魅力的なマーケティング市場

急増する世界人口 〜 地政学から見る未来の魅力的なマーケティング市場

世界人口80億人を超え、あらゆる地域でさまざまな経済活動が行われている今、日本企業としてのグローバルマーケティングはどのように考えていけばいいでしょうか。本稿では、地政学観点から魅力的なマーケティング市場になり得る可能性を秘めた地域を抜粋。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が細かく分析・解説します。


グローバルサウスの台頭とマーケティングの新機軸。注目の新興国とは?

グローバルサウスの台頭とマーケティングの新機軸。注目の新興国とは?

日本企業にとって重要な存在となりつつあるグローバルサウスの国々。一体それぞれの国とのビジネスにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか。また、日本企業の強みとは。本稿では、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が、グローバスサウス諸国の中からインド・インドネシア・ナイジェリアを取り上げ、各国を分析・解説します。


トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

トランプ政権発足100日〜日本に対する二面的な姿勢とは

ドナルド・トランプ アメリカ合衆国大統領が2期目の政権を発足し100日が過ぎました。連日の報道でも見聞きする、膨大に発布されている大統領令や世界を騒がせている「トランプ関税」など、いまだ目の離せない状況が続いています。このような中、100日という節目を迎え、対日政策として懸念すべき点は何なのか、そして、グローバルマーケティングを担うビジネスパーソンとして着目し熟知しておくべき情報は何か、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

トランプ相互関税の政治的背景と狙い、グローバルマーケティングへの影響は

世界に混乱を巻き起こしている「トランプ関税」。アメリカにとって、その政治的背景と狙いはどのようなものなのでしょうか。世界の秩序と平和維持への影響も問われるこの問題について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が多角的な視点より解説します。


ページトップへ