書籍『ユーザーの「心の声」を聴く技術』 について
奥泉直子さんは、約20年にわたり商品やサービスの開発や改善を目指すプロジェクトに関わってこられたリサーチャーです。これらの現場での学びを詰め込んだ書籍『ユーザーの「心の声」を聴く技術』が、2021年4月に 技術評論社から発売されました。
本書は、ユーザー調査の計画から準備、実施、分析に至るさまざまなシーンでつまずく原因を突き止め、対処する方法や考え方をまとめた一冊です。調査の実践者はもちろん、それを外部に依頼し、結果を受け取る立場の人にも知っておいてもらいたい内容が詰まっています。
以下、前後半に渡り、著者の奥泉直子さんに、質の高いユーザー調査を行い、ものづくりに生かすための基礎知識と、避けるべき落とし穴について解説いただきます。
「ユーザー調査」とは何か
「ユーザー調査」とはどのような場面で使われる調査方法でしょうか。
まず、ものづくりの企画の段階から、その商品やサービスを使った体験や生活がユーザーにとって理想的であるようデザインすることを「UXデザイン」と呼びます。UXはUser Experience、つまり「ユーザー体験」のことです。
そして、この取り組みの中で実施される、さまざまな調査の総称が「UXリサーチ」であり、最初に実施されるべきものが「ユーザー調査」です。
「ユーザー調査」は、人々がどんな環境や文脈でどんな課題を抱えているかを知るための手段のひとつです。対話や観察を通じて得られたデータを読み解くことで、ユーザーが意識していなかったり、言葉にできなかったりするニーズを捉えることができます。
ちなみに、既存の製品やサービス、ないしはそれらのプロトタイプ(試作品)に潜むユーザビリティ上の問題点を特定し、対処するために実施される「ユーザビリティ評価」もUXリサーチの範疇にありますが、「調査」と「評価」は別物ですので、混同しないよう注意しましょう。
ユーザー調査の流れ
ユーザー調査は、以下のような流れで進めます。
目的をはっきりさせて調査手法を決め、どんなユーザーに焦点をあてるべきかが定まったら、ユーザー募集をすぐ開始します。
並行して、調査に向けた準備にたっぷりと時間をかけます。質の高いデータを得られるかどうかの8割方は準備の質と量にかかっています。
そして何より肝心なのは、調査が終わったところで力尽きることなく、得られたデータを丹念に分析し、解釈し、次のアクションを決めて、ものづくりの次のフェーズへとバトンタッチできるかどうかです。
調査すること自体が目的化してしまえば、調査は失敗です。後に続く展開を終始意識しながら取り組むことが大切です。
ユーザー調査の計画を練る
■ユーザー調査の目的設定
目的なくして成果を測ることはできません。ユーザー調査を実施し、成果をあげてその価値を示すには、調査の目的を明確にすることが必須です。そのためにまず、現状がどちらかを確認してください。
■ユーザーが抱える課題やニーズを突き止め、サービスや製品につながるアイデアを得るために「機会探索型」の調査に挑もうとしている
■ユーザーが抱える課題やニーズについての仮説が立っていて、それを検証するために「仮説検証型」の調査を行おうとしている
いずれにしても、調査をしなくてもわかっていることと、調査を通じて明らかにしたいことをきっちり分けて整理する「仮説の棚卸し」を事前に行うことが大切です。そうすれば、見当ちがいな調査へ向かう落とし穴を避けられます。
■ユーザー調査の手法選び
ユーザー調査の代表的な手法は「行動観察」と「インタビュー」です。
行動として現れた事実をありのままに捉えることのできる「行動観察」のほうが、隠れた欲求を掴み、根本的な解決策を検討する道が開かれやすいため、機会探索型の調査を行うときには優先されるべき手法です。しかし、準備がとても大変なところが短所です。
一方、ユーザーの言語報告に頼る「インタビュー」は行動観察よりも準備が簡単な反面、失敗すれば表面的な質疑応答に終わってしまったり、ユーザーの言葉に潜む嘘やごまかしに振り回されたりするリスクがあります。
最善策は、「行動観察」と「インタビュー」の両者を組み合わせて、そのメリット・デメリットを補いあうことです。時間や予算の制約で両方できない場合は、あれこれ考えずに「インタビュー」を選び、さっさと準備に取りかかるのが賢明です。
もっとも避けたいのは、深く考えずに複数人同時にインタビューする「グループインタビュー」を選ぶこと。グループインタビューには、短時間でそれなりの人数から話を聞ける利点がありますし、グループ間の共通点や差異を確認することが調査の目的ならば、最良の手法です。
ただし、グループインタビューで結果を出すには、調査の「的」をしっかり絞り、「的」外れなユーザーが紛れ込まないよう細心の注意を払うことが大前提です。調査で明らかにしたいことが山盛りで絞れなかったり、ユーザーを集めるのにかけられる時間や予算が少ない場合は、失敗する確率が高まります。
ユーザーの集め方とありがちな落とし穴
ユーザー調査は、協力してくれるユーザーの存在があってはじめて成立します。しかし「誰でも良い」わけではありません。調査で焦点をあてるモノを利用する動機を持った人に協力してもらわなければ、見当ちがいの結果しか得られません。
そこで、募集の条件を検討します。ユーザーの的をしっかり絞ろうとすれば、自ずと条件が厳しくなります。すべての条件に合う人の中から、日程の都合がつく人に絞り込んでいくと候補者はそれほど残らなかったりします。
人数が足りないと、条件をゆるめる話になりがちで、いつの間にか「集まったユーザーでどんな調査ができるか……」と、目的のほうを書き直す展開にもなりかねません。
ユーザー募集に絡むもうひとつの大きな落とし穴は、条件を満たす人を見極めるための質問づくりに潜んでいます。
日常的に車を運転している人を集めたかったら、運転免許証の所有を確認するだけでは足りません。免許を取って以来、身分証明書としてしか免許証を使っていない人は(わたしを含め)大勢いるはずです。実際、調査当日になってから「車の運転はもう10年以上していません」と言われて絶句した経験があります。
他にも、職業を確認し忘れたおかげで競合他社にお勤めの方が混じってしまったこともあれば、スマホアプリに関連する調査で自分名義のスマホを持っていない人を呼んでしまったこともあります。
調査当日になってから、不適切なユーザーに直面して青ざめることのないよう、ユーザー募集の条件は慎重に検討しましょう。
後編ではユーザー調査の実査当日やデータ分析について取り上げます
後編では、ユーザー募集が終わった後、調査当日にすったもんだしないための準備、ユーザーと対峙する実査当日、そして得られたデータを分析し解釈する最終段階のそれぞれに潜む落とし穴とその対策についてご紹介します。
■後編はこちら↓
企業が製品やサービスを企画・開発する際には、ユーザーの声を聞くことが大事と言われます。その声から、ユーザーがどんな課題を抱えていて、どのようなユーザー体験(UX)を提供すれば解決できるかまで導き出せればベストです。「ユーザー調査」を行い、対話や観察を通じて得られたデータを読み解くことで、ユーザー自身意識していなかった心理や、言葉にできなかったニーズを捉えることができます。
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