いよいよ実査!ユーザー調査のありがちな落とし穴(後編)|『ユーザーの「心の声」を聴く技術』著者が解説

いよいよ実査!ユーザー調査のありがちな落とし穴(後編)|『ユーザーの「心の声」を聴く技術』著者が解説

企業が製品やサービスを企画・開発する際には、ユーザーの声を聞くことが大事と言われます。その声から、ユーザーがどんな課題を抱えていて、どのようなユーザー体験(UX)を提供すれば解決できるかまで導き出せればベストです。「ユーザー調査」を行い、対話や観察を通じて得られたデータを読み解くことで、ユーザー自身意識していなかった心理や、言葉にできなかったニーズを捉えることができます。


前回のふり返り

技術評論社から新著『ユーザーの「心の声」を聴く技術』を出された奥泉直子さんは、約20年にわたり商品やサービスの開発や改善を目指すプロジェクトに関わってこられたリサーチャーです。

ユーザーの「心の声」を聴く技術 ~ユーザー調査に潜む50の落とし穴とその対策

前編では、「ユーザー調査」の目的設定と手法選び、そしてユーザー募集の注意点についてお伺いしました。後編では、実査当日にすったもんだしないための準備、ユーザーと対峙する実査当日、そして得られたデータを分析し解釈する最終段階それぞれに潜む落とし穴とその対策について、解説いただきます。

“ユーザー調査”の目的と手法、ありがちな落とし穴(前編)|『ユーザーの「心の声」を聴く技術』著者が解説

https://manamina.valuesccg.com/articles/1340

企業が製品やサービスを企画・開発する際には、「ユーザーの声を聞く」「ユーザーニーズを理解する」ユーザー目線が大事だと言われます。「ユーザー調査」を行うと、ユーザーがどんな課題を抱えているか知ることに役立ちます。 技術評論社から新著『ユーザーの「心の声」を聴く技術』を出された奥泉直子さんに、質の高いユーザー調査を行い、ものづくりに生かすための基礎知識と、避けるべき落とし穴を解説いただきます。

ありがちな“落とし穴”を避けるには? 実査に向けた準備

ユーザー調査の準備の流れは、図1に示した通りです。調査の目的や手法が決まったら、調査に協力してもらうユーザー募集と並行して、リサーチガイドなどの準備を始めます。

図1:ユーザー調査の流れ

「段取り八分仕上げ二分」と昔から言うように、実査の成功は準備の量と質にかかっています。

関係者で事前共有すべき「リサーチガイド」の重要性とその作り方

ユーザー調査の準備の中でも、断トツで重要なのはリサーチガイドの作成です。

「リサーチガイド」とは、その名のとおり調査を導いてくれるドキュメントです。インタビュー調査ならユーザーにぶつける質問を、行動観察するなら観察の焦点を書き出し、想定する流れに沿って並べておきます。

リサーチガイドが充実していれば、モデレーター(ユーザーと直接対峙する調査者をこう呼びます)が覚えておくことが減ります。その分の認知能力をユーザーとの対話や行動観察に投入できる分、実査の質を高められるのです。

リサーチガイドは、関係者間の共通理解を作るドキュメントとしても有効です。実査に先立って関係者と共有することで、方向性を確認し、抜け漏れを補いましょう。この手順を踏めば、関係者全員が納得して実査へ臨めるようになり、当日になってすったもんだする危険を減らせます。

リサーチガイドの書式や体裁に決まりはありませんが、モデレーターの認知負荷を和らげるためにできる工夫はいろいろあります。その一部を図2で確認してください。

リサーチガイドの例

図2:リサーチガイドの例

どんなに念入りに準備しても、ユーザーとの対話やユーザーの行動が想定外の方向へ進む可能性はなくなりません。考えられる展開をすべて予想し、書き出しておくのは不可能です。

自分たちの想像がおよぶ範囲を書き出したと思ったところで、勇気を持って打ち切りましょう。その範囲からはみ出る部分にこそ、ユーザー調査を実施し、ユーザーに言動で語ってもらう意義があると考えるべきです。

実査を安心して迎えるための裏方仕事

リサーチガイドも大事ですが、失敗を減らすにはその他の準備も大事です。

会場に来てもらって調査を行う場合には、ユーザーはもちろん、観察に来る関係者全員が迷わず会場入りできるように案内や時間割を用意します。ユーザーと観察者が受付で鉢合わせして、調査の依頼元がバレてしまうリスクもあるので、「受付で社名を名乗らない」といった注意事項を関係者に周知しておくことも必要です。

たとえば、ちょっとした準備のミスが原因で、ユーザーを観察室に通してしまう身の毛もよだつ経験をしたことがあります。観察室からどう見られるのかをバッチリ知ってしまったユーザーを相手にインタビューをする辛さたるや……。裏方仕事を侮ってはなりません。

ユーザーとのセッションをスムーズにすすめるには?

互いに信頼し合い、遠慮なく、心を開いて語り合える関係を「ラポール」と言います。実査では、このラポールを築くことがなによりも大切です。

ラポールを築くにはまず、ユーザーに対する敬意を忘れないことが大事。雑に扱われて、うれしい人などいません。ユーザーがあってこそユーザー調査が成り立つという大前提を忘れずに対峙する気持ちが、成功への第一歩です。

また、相手に嫌悪感を覚えられてしまうとラポールはできません。自分の姿やふるまいがユーザーの目にどう映るかを気にかけましょう。

緊張から生まれる恐怖感を持たれないようにする配慮も大切です。まず自分の緊張をほぐし、相手へ伝播するのを防ぎましょう。相手の緊張をほぐすには、楽しんでもらうのがいちばんです。笑顔を引き出すことを目指してください。

相手の顔に笑みが浮かび「ラポール完成!」と思われたところで満足し、油断してはなりません。その信頼関係を壊さないように気を配りながら、忍耐強く問いを重ねたり、行動を追跡したりして、相手の心の声に迫っていきます。

ユーザー調査では、次の3つの組み合わせを徹底的に探ります。

・ユーザーが取る行動
・そのときの環境や文脈
・そのときのユーザーの気持ち

この無限になり得る行動と環境と気持ちの組み合わせを、時間の許すかぎり引き出すのが「深掘り」です。「深掘り」では、話の流れに合わせて、臨機応変に問いをアレンジしていく柔軟さが求められます。

リサーチガイドに縛られすぎて「準備した質問を順番どおりに全部聞くこと」に目標がすり替わってしまえば、調査は失敗です。

時間に追われて焦った結果、ユーザーの言動を誘導してしまう失敗もあるあるです。ユーザーにはしっかり考えて答えるための時間をあげてください。そのときの気持ちのままに行動する余裕を持たせてあげてください。それこそが嘘やごまかしを減らす対策になります。

ものづくりの次のフェーズに役立つ調査結果とは

実査が終わったら、ユーザーが提供してくれたデータを「外化」して、思考を深めます。「外化」とは、頭の中で行われている認知過程を観察可能な形で外に出すことで、ユーザー調査の文脈では「可視化(ビジュアライゼーション)」や「モデル化」とも言われます。

外化するときや外化したものを見ながら解釈を行うときには、認知バイアスに特に気をつけなければなりません。

注意が必要な認知バイアスの例としては、自分の持っている知識を中心に判断を下そうとする「自己中心性バイアス」や、思い出しやすい情報のみに注力して意思決定をしようとする「利用可能性ヒューリスティック」、自分の持っている仮説を後押ししてくれるデータを優先的に探そうとする「確証バイアス」などがあります。

こうした認知バイアスに抗うには、音声や録画など生データへいつでも戻れるようにしておくことや、面倒がらずに生データを見返すことが対策になります。

また、自分の認知バイアスには気づきにくくとも、他者のそれには気づきやすいという認知の特徴を逆手に取って、複数人で取り組むことも、対策として有効です。

ただし、多数派の意見を無思考、無条件で受け入れてしまう「バンドワゴン効果」という別の認知バイアスが働く危険が上がることは覚えておきましょう。

分析の肝は試行錯誤です。データをさまざまな角度から眺め、たくさんの外化を試した末に見えてくる気づきをつかみ取ります。

前編でも書きましたが、調査を実施すること自体が目的化してしまわないよう、後に続く展開を終始意識しながら取り組むことが大切です。

ユーザーの言動の裏に潜むニーズを突き止め、ものづくりの次のフェーズで役立つ成果物を引き渡せれば、ユーザー調査は成功です。

改めて、ユーザー調査を成功に導くには?

調査を実施するのも、調査の対象となるのも「人」ですから、その「人」について事前に知り得ることを押さえた上でで取り組むことが、成功への近道です。

人の認知の特徴を踏まえてユーザーと対峙すれば、ユーザーの言動の裏にある真意を推し量りやすくなります。また、自分自身を含め、調査にかかわる人たちが陥りやすい認知バイアスを頭に置いて現場に臨めば、失敗を少なくできるはずです。

約20年にわたって、200件のプロジェクトに関わり、多くのユーザーの声を聴いてきました。そこで学んできた人間の認知の特徴と、それを踏まえた対策の数々を『ユーザーの「心の声」を聴く技術』に詰め込みました。

ユーザー調査の失敗が減り、結果として生み出される製品やサービスによってわたし達の生活がより豊かなものになることを期待しています。

この記事のライター

マナミナは" まなべるみんなのデータマーケティング・マガジン "。
市場の動向や消費者の気持ちをデータを調査して伝えます。

編集部は、メディア出身者やデータ分析プロジェクト経験者、マーケティングコンサルタント、広告代理店出身者まで、様々なバックグラウンドのメンバーが集まりました。イメージは「仲の良いパートナー会社の人」。難しいことも簡単に、「みんながまなべる」メディアをめざして、日々情報を発信しています。

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