行動経済学がマーケティング分野で注目される理由

経済学では、物事を一般化・抽象化するために「人は常に自分の利益を最大化すべく意思決定をする」という前提があります。しかし、必ずしも人はそのように意思決定をするわけではありません。人が意思決定をどのように行うかを説明するために、心理学をも取り入れて研究するのが行動経済学です。行動経済学者がノーベル経済学賞を受賞したことで一般にも知られるようになりました。
そして、行動経済学はマーケティングの分野でも注目されています。その理由は一般の経済学と異なり、バイアスやサンクスコストなど、売り場や販促に使える実践的な理論が多いためです。
以下、マーケティングに活用されている行動経済学による事例を紹介します。
1. 行動経済学「プロスペクト理論」とその活用例
「先着○○名限定特価」「○日まで半額セール」といったユーザーを焦らせるような施策は、行動経済学における「プロスペクト理論」に基づいた施策です。
プロスペクト理論は「損失回避性」とも言われ、人は損失に対して過大に評価する傾向があり、実際の損得と心理的な損得が一致しない場合があることを指します。
上記の例では、限定条件を逃してしまうと買えなくなったり、高くなると「損をした」と感じがちです。この損失を避けるために、必要性が薄くても決断を迫られ、とりあえず購入しておこうという心理になります。

同じ内容でも見た目やイメージが良い方を選びがちな傾向は、「ハロー効果」と呼ばれる心理効果です。ビジネスシーンやマーケティングにおける他社との差別化施策として、利用期待度の高いハロー効果。ハロー効果の理屈や事例、どのように活かすべきかなどを解説します。
2. 行動経済学「現在志向バイアス」とその活用例
「購入後すぐにその効果が現れます」「利用すればすぐに利益を得られます」など、手に入れればすぐに利益を得られるよう印象づける施策は「現在志向バイアス(別名:現在バイアス)」によるものです。
現在志向バイアスとは、将来の大きな利益よりも、すぐ得られる小さな利益を優先する心理作用です。「今すぐ10万円もらえる」「1年後に15万円もらえる」という条件があった場合、前者を選ぶ割合が多くなります。
1.5倍と後者の方が利益が大きなことは明白ですが、すぐに10万円という「目先の利益」を優先したくなるのは、現在志向バイアスによるものです。
なお、バイアスには色々な種類があり、深く意識せずに自分の考えや仮説にフィットした情報を優先してしまう「確証バイアス」などがあります。

科学的には血液型と性格は無関係ですが、A型の人を「やっぱり几帳面だね」などと評価してしまいがちです。こうした確証バイアスはビジネス、そしてマーケティング文脈においてどのような影響をもたらすのでしょうか。行動経済学に出てくる「確証バイアス」理論について説明します。
3. 行動経済学「サンクコスト効果」とその活用例
入会金や年会費制度、〇〇円以上購入での特典といった施策は「サンクコスト効果」を利用する施策です。
サンクコスト効果とは、費やして既に取り戻せない金銭・時間・労力を「サンクコスト」と言い、それを取り戻そうとする心理効果です。
入会金や年会費は「せっかく入会金などを払ったのだから、利用しないと損だ」、〇〇円以上購入での特典は「特典があるから、すぐには必要ないものも追加して〇〇円以上購入してしまおう」となります。これらの場合、入会金や年会費、そして〇〇円以上の金額と特典がサンクコストに相当します。
4. 行動経済学「アンカリング効果」とその活用例
「本日限りの特価!」「通常価格から○○%OFF!!」というキャッチコピーは、「アンカリング効果」を狙ったものです。
アンカリング効果とは、初めに提示された情報が強い印象としてインプットされ、その後の意思決定に影響を与える心理効果です。
本日限りの特価!であれば、安いのは「今日」だけ。通常価格から○○%OFF!!の場合は「○○%OFF!!」という情報が強烈なインパクトとして、これらメッセージに触れた人の心に刻まれ、購入の後押しになります。ちなみにここでの「○○%OFF!!」は、具体的にいくらお得になるかではなく「安くなっている」という印象を与えるためのメッセージとなります。
5. 行動経済学「おとり効果」とその活用例
廉価版の500円と高級版の1000円のケーキ、2ラインナップで販売したとします。この場合、よく売れるのは500円の廉価版になります。しかし、こちらの商品だと利益率が低く、たくさん売れてもそれに見合った利益を取れません。
この場合、中間価格の750円のケーキもラインナップに加えます。するともっとも売れるのはこの750円のケーキで、利益率の向上も見込めるようになります。
これが「おとり効果」なのですが、このように3段階の価格設定をした場合、最安値と最高額の商品よりも中間のスタンダードな商品の選択率が高くなるという心理効果です。
本来2種類の予定での販売を計画していたとしても、新たに1つ加えておとり効果を狙う、という方法も考えられます。
6. 行動経済学「バンドワゴン効果」とその活用例
「人気No.1」「○○で人気!」「今もっとも売れています!」というような、大勢の人がその商品購入した=人気があると意識させる宣伝方法は、「バンドワゴン効果」に則ったものです。
バンドワゴン効果とは、その商品を持っていたり、使っている人数が多いほどその商品を欲する人が増える現象で、「あの人が持っているから私も欲しい」「これを持っていないと流行遅れになってしまう」という心理です。
7. 行動経済学「初頭効果」とその活用例
最初に商品のよいところを紹介しているセールスライティングは、「初頭効果」を狙ったものです。
初頭効果とは、第一印象が後の印象に大きな影響を与えるという効果です。これは商品に限らず、人物に当てはまるものです。営業マンなど人と接する機会が多い業種だと、なるべく清潔感を保つようになど、相手に与える第一印象を悪くしないように注意するかと思います。
あらかじめ商品・サービスのよいところを積極的にアピールするようなセールスライティング、キャッチコピーにすることで、ユーザーの印象を向上させられます。
8. 行動経済学「ウィンザー効果」とその活用例
ユーザーによるレビュー、口コミの紹介、「SNSで拡散したら割引」といった施策は「ウィンザー効果」によるものです。
ウィンザー効果とは、直接自分が聞くよりも第三者を通じて聞かされた意見は信頼度が増す、という心理効果です。
商品やサービスについて、自らカタログなどの情報を調べるよりも、ふとしたきっかけで目にしたほかのユーザーによるレビューで購入を決意した……という経験をされた方は多いのではないでしょうか?これこそがウィンザー効果によるものです。
ウィンザー効果に加え、最近はSNSでの検索も増えているので、「SNSで拡散したら割引」といった施策はかなり有効な一手になるでしょう。
9. 行動経済学「ツァイガルニック効果」とその活用例
TVCMでよく目にするようになった「続きはWebで」といった手法は、「ツァイガルニック効果」を狙ってのものです。
ツァイガルニック効果とは、完全なものよりも不完全であるものに注意が向きやすい、という心理効果です。注意が向きやすくなると同時に、記憶にも残りやすくなります。
「続きはWebで」の例以外にも、あえて不完全(のように見える)な広告などを製作したりといった施策が考えられます。
10. 行動経済学「ザイオンス効果」とその活用例
メールマガジンの定期的な配信、頻繁な自社ブログの更新やSNSの投稿、そしてリターゲティング広告は「ザイオンス効果」に基づいた施策です。
ザイオンス効果とは、相手への接触機会が増えると、評価が高くなるという心理効果です。初見ではとくに興味がなくても、頻繁に目にしていくうちに興味が湧いてきたり、最初は印象が悪かったけれども、接触する機会が増えたら次第に好印象を持つようになった、というのがザイオンス効果の賜物と言えます。
ただし、目に余るほどの露出、アピールをしてしまうと逆効果になってしまうので、注意が必要です。
11. 行動経済学「アイヒマン効果」とその活用例
「〇〇大学教授が監修」「〇〇の権威が推薦」「〇〇賞受賞!」というような、権威のある人物、機関が手掛けたり認められたりしたものであるというアピールは、「アイヒマン効果」を狙ったものです。
アイヒマン効果とは、権威ある人物からの指示は服従せねばならないとするほか、その考えを他人にも伝えようとする心理効果です。このような行動を取りがちなのは、権威のある人の意見や指示に従っておけば、自分でなにも考えず「ラク」だからです。
権威のある人はなにも教授や学者などである必要はありません。いわゆる「その道のエキスパート」であれば大丈夫です。したがって、自らがそのようになるよう努力するのも、施策のひとつになります。
12. 行動経済学「希少性の原理」とその活用例
ECサイトで「残り1つ」の表示や、ほかのユーザーからの招待なしでは加入できないサービスは「希少性の原理」に基づいた施策です。
希少性の原理とは、商品が入手困難になるほど、その価値を高く感じるという心理効果を指します。残数の表示は、残り少ないから買っておかないと損してしまう、あとで後悔するのでは?という心理。そしてほかのユーザーからの招待なしでは加入できないサービスに関しては、加入している人がまだ少ない、自分もその中に入れば自身の希少価値が上がるのでは?という、いずれの場合も希少性の原理をうまく利用したものです。
13. 行動経済学「返報性の原理」とその活用例
スーパーの試食や無料お試しサンプルセット、無料チケットといった施策は「返報性の原理」に基づいたものです。
返報性の原理とは、相手から施しを受けた場合、そのお返しをしないと申し訳ない、という心理効果です。試食させてもらったから、サンプルセットを無料でもらったから、お礼としてその商品を購入しなければならない、という気持ちになるのが、返報性の原理です。
これは単に無償で商品を提供するだけではなく、そこにさらなる付加価値、例えばメッセージなどを付け加えることによって、さらなる効果を発揮します。
14. 行動経済学「心理的リアクタンス」とその活用例
「数量限定商品」「先着〇〇名様まで」「販売終了まで残り時間わずか」といったメッセージは、「心理的リアクタンス」を狙ったものです。
心理的リアクタンスとは、「人は自由を制限されたり奪われると、自由を回復しようとする心理を働かせる」という心理学者・ブレームが提唱したことに由来します。つまり、数量限定、先着〇〇名様までというセンテンスは、ユーザーが選択の自由、買い物の自由を奪われてしまうかのような心理が働き、つい即決してしまう、という流れです。
ほかにも、一方的に商品を勧めてしまうと、ユーザーが「選択の自由」を奪われた気持ちになってしまうので、「こちらがおすすめですが、購入にあたってはしっかり検討してください」というように選択権はあくまでもユーザーにあるように誘導する方法も心理的リアクタンスのひとつになります。
15. 行動経済学「ピークエンドの法則」とその活用例
有名なテーマパーク、またはレストランなどにできた行列にかなり長時間並んだものの、目的を果たしたら、並んだ苦痛はあまり印象に残っていない、という経験はありませんか?これは「ピークエンドの法則」の体感にほかなりません。
ピークエンドの法則とは、感情が最大限に動いた地点をピークとし、一連のイベントの終了時点をエンドとし、イベントの全体的な印象は、ピーク時とエンド時の気持ちによって決まるという心理効果です。本来、テーマパークなどでの長時間行列は苦痛なものですが、ようやく乗ったアトラクションが楽しく(ピーク)、乗り終えて満足(エンド)すると、そのアトラクションやテーマパークの印象は「楽しい」になるのです。
この演出を他業種に応用するのであれば、特定のユーザーにだけ「お客様は特別料金で提供します」といった優位性や、接客に磨きを掛け、ユーザーに特別な印象を持たせるといったものがあります。
16. 行動経済学「フレーミング効果」とその活用例
心理学で使われる「フレーミング効果」とは、人は枠組み(フレーミング)を与えられると、改めて自分で捉え直さおそうとしない心理効果のことです。ビジネスの現場では、結果として選んでもらいたい行動によって、ポジティブな枠組み(フレーミング)とネガティブな枠組みどちらのメッセージにするかを選びましょう。
・ワクチンを打つと70%の感染を予防する
・ワクチンを打っても30%感染する
では同じことを意味していますが、プロスペクト理論で指摘されているように人は損失を大きく捉えがちなので、後者では「ワクチンは効果がない!」と考える人が一定数出てきてしまいます。ですから、「ワクチンを打つと70%の感染を予防する」というポジティブなメッセージを発するべきなのです。
17. 行動経済学「テンション・リダクション効果」とその活用例
「テンション・リダクション効果」とは、テンションがreduction(=脱落・減少)する、つまり緊張感が失われた所で新たな提案をされると、注意深さが失われた判断をしてしまう心理効果を指しています。
クロスセルで単価アップする手法として、商品購入後に「こちらの付属品もいかがですか」などと関連商品をおすすめする方法があります。メインの商品については事前に調査・比較して慎重に検討していても、「ついで買い」してしまうのはテンション・リダクション効果によるものなのです。
まとめ

今回紹介した15の行動経済学の事例、それぞれをまず単一的に試してみるのもよいのですが、いくつかの事例を組み合わせという手法も考慮すべきです。マーケティングの手法自体は知られていても、それが理論的に裏付けられていることが行動経済学が注目されている理由です。
行動経済学のこれらの理論を活用することで、適用できる施策を検討したり、より自信をもって施策を実施したりできるようになるでしょう。
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