「時間どろぼう」
「時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子の不思議な物語」という長い副題のついた、ドイツの作家ミヒャエル・エンデの小説『モモ』。時間の使い方やつきあい方についてこの小説から学ぶことは多いと思います。「時間どろぼう」とは日常生活の中で、あることに関わると、考えていた以上に作業の時間がかかり、つい長い時間を費やしてしまう状態を指します。費やした時間を合計すると驚く程、長い時間が過ぎ去っているのに作業の効率があがっていない状況に陥ることがよくあります。「時間どろぼう」に気がつかないうちに、時間が盗まれたのです。
Webを使用した作業で手間取ったり、ネットサーフィンを追いかけ始めたりすると自然に時の経つのを忘れてしまいます。それ以外にも欲しい物を購入する際の探しもの、あるいは家の中や身の回りでの捜しものなどは時間を失う原因です。「時間どろぼう」への対策としては、時間がかかりそうな作業をする場合、どの程度時間をそこに費やすか、事前の設定が大切です。PCやスマホなどIT機器を活用する際は特に必要です。もちろん、常日頃から身の回りの整理整頓も忘れてはいけません。
時間の長さと「身体時計」
時間の長さには「個人差」があります。同じ人でも、時間帯や年齢、場所、感情、置かれている立場や環境など様々な要因から時間の感じ方に違いが現れます。それぞれの要因の影響度合いによって個人の時間の感覚は左右されるのです。心の中では時間の長さは延びたり縮んだりするものでもあります。また、物理的な時間や空間とそれに対する体験の内容が異なる現象を「錯覚」と呼びます。時間を知覚する上では「錯覚」があることも認識する必要がありそうです。
地球は24時間周期で変動しています。多くの生物も周期性を取り込んで環境への適応をはかり、同様のリズムで身体の状態を保っています。このような身体変動のリズムが「サーカディアンリズム(概日周期)」です。人間の身体も24時間周期で変動する過程があり、その過程が「身体時計」と呼ばれるものです。
「身体時計」は全身の細胞のほぼ全てに組み込まれていることが知られています。また、不思議なことに全身の細胞に時間を調整する仕組みがあり、それにより「身体時計」の周期に乱れが起こらないとされています。心身の健康を優先するなら、「サーカディアンリズム」に対応した生活パターンが望ましいわけです。
時は金なり
今では当たり前だと思われますが、コンビニエンスストアが身近にオープンし始めた頃、年中無休で一日中、店が開いていることが新鮮でした。そのうち、お正月も元日から開店しているスーパーマーケットなどが現れ出しました。人が休んでいる時が稼ぎ時である『時は金なり』の実践は、消費者にとって大変便利ですがやり過ぎ感は否めません。人間は利便性の追求によって、生活環境を大きく作り変える生物です。特に科学技術の発展は、様々な点で時間の短縮を実現しました。こうした環境の変化に対応して、心や身体が自然に変化する訳ではありません。
『時は金なり』の精神は尊い考えですが突き詰めると精神的あるいは肉体的に人間を追い詰める可能性を秘めていて、一抹の不安が残ります。例えば、子供から大人、老人に至るまで「夜型」に向かう習慣は、生活のパターンがサーカディアンリズムから外れ、生活習慣病やうつ病などの精神疾患の発症リスクが高まる前兆となります。日本の睡眠時間は欧米より短く、そのためか労働生産性が高まらず、国力をも蝕んでいます。
倍速消費
共働き世代が年々増加していることもあり、家事全般に時間をかけられなくなっています。手の込んだ料理を作ることや部屋の隅々まで掃除するなど様々な形で家事の時間が減っています。適量の洗剤を自動投入する手間のかからない洗濯機が消費者の人気を集めているように、自動調理器や自動掃除機など家電の売れ筋は家事の時間を短縮することにつきます。また、食品メーカーはファストフードの分野でもレトルトカレーやお惣菜、カップラーメンなどで「タイパ(タイムパフォーマンス)」を意識した商品開発が進んでいます。
全国に展開しているコンビニエンスストアは便利さから成長し続けてきました。しかし、近年停滞感が残ります。出かける時間を節約する客が増え、来店が当たり前の時代が終了しようとしているのです。将来はコンビニエンスストアもネットでの購入が過半数を占める時代へと変化のトレンドが避けられそうにありません。
タイパ志向を強める消費スタイルが定着し、映画やドラマをはじめ、大学の講義まで早送りで見る倍速視聴が若いZ世代を中心に広まっています。無駄な時間を過ごしたくない若者が増え、倍速視聴されればまだよい方で、前評判が低ければ見向きもされない傾向です。あらすじだけを見る点では便利ですが、作品を誤解したりすることにもつながり、ファスト映画のように物議を醸しだしている例も存在しています。
企業は消費者の持つ時間の奪い合いに参戦しています。消費者を追い立てるようにデジタルを駆使し、ショッピングや動画・音楽配信、SNSなどで新たな消費行動を提案し、新たな欲望を創出しています。タイパを重視した「倍速消費」が今後も基調となり、消費者の満足度を高め、利便性を追求し続けることが出来るかはわかりません。しかし、1日は24時間です。この限られた時間という資源をいかに有効活用できるかどうかという課題を解決することは企業にとって、利益の根源につながることになります。
年功序列をやめ、基準を満たせば年次や年齢を問わず昇給や昇進を可能にする抜擢人事を導入する企業があります。若手社員はここでもタイパやコスパを求めています。グローバル化が進み、なかなか経済の復興が現実化せず、給料が上がらない日本。若者達の将来不安は増す一方です。少しでも早く成長して安心したいというのが彼らの意識の裏にあります。
「倍速消費」とも相まって、これらのトレンドは閉塞する社会を打ち破る牽引車になる可能性を秘めています。『時間資本主義』なるものの出現でしょうか。
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株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。