通天閣と新世界
大阪の観光名所であり、シンボルタワーとして有名な通天閣を見てきました。地下鉄御堂筋線の動物園駅で下車し、ジャンジャン横丁を通り過ぎると新世界に到着。懐かしいというべきか街全体が演劇の舞台のような独特の雰囲気に圧倒されました。子供の頃に出向くと少々怖い感じがした浅草六区近辺にもどこか似ているような、まさしくディープな街でした。
通天閣の名づけの親は明治期の儒学者、藤沢南岳氏。現在の通天閣は二代目で1956年に完成しました。大阪が東京との招致合戦に勝利し、1903年第五回内国勧業博覧会を大阪へ誘致。当時、大成功したパリ万国博覧会の仕組みを徹底的に調査して博覧会を成功させ、大阪の財界を中心にその跡地に理想的な娯楽施設として、新世界ルナパーク(現在は閉園)と共に、パリのエッフェルを真似て通天閣は建設されました。因みに1910年にオープンした遊園地、浅草公園ルナパークは1911年閉園。その後、新世界ルナパーク(現在は閉園)に引き継がれました。新世界と浅草六区の雰囲気が似ているのもこの辺りにあるのかもしれません。帰り道にはレトロ調のビリケン人形を見つけて記念に購入しました。
レトロマーケティング
「昭和レトロ」、「平成レトロ」とレトロブームとも呼ばれる現象があちらこちらで見受けられます。シニアばかりでなく、若者のレトロファンにとっても『エモい』とか『映える』や『かわいい』などの対象なのでしょう。
マーケティングにおいて、往時の懐かしさ親しみやすさから肯定的な感情やイメージを引き起こし、商品やサービスの購入に結びつける手法をレトロマーケティングと呼び、注目されています。社会の変化が著しい最近、消費者の感情に訴えるマーケティング戦略のひとつであり、愛着と懐古がキーワードとなります。通天閣や新世界のように過去に栄えていた場所や地域もレトロマーケティングという観点から舞台や舞台装置としての存在価値は高く、コト消費にふさわしい『場』です。YouTubeなどでも紹介され、串揚げやホルモン焼きを食べたり、スマートボールで遊ぶなど大阪観光の拠点として見直されています。
経済成長を遂げ、国民が少しずつ豊かになる過程を彷彿させる昭和。以前より、「昭和レトロ」は老若男女問わず隆盛ですが、最近の若い世代では「平成」を懐かしむ風潮が拡がっています。バブル崩壊後、失われた20年と経済的な停滞が長かった印象がある「平成」。新型コロナの感染拡大など閉塞感著しい「令和」に比べると「平成」は若者にとってはそれなりに良い時代でした。レトロをキーワードにするとヴァリューズのネット行動調査からは女性が男性に比べて関心が高く(図1)、最も連想されるのは喫茶店(図2)でした。
図1 「レトロ」検索ユーザーの男女比
集計期間:2021年9月~2022年8月、デバイス:PC+スマートフォン
図2 「レトロ」検索の掛け合わせワードランキング
集計期間:2021年9月~2022年8月、デバイス:PC+スマートフォン
「平成レトロ」の魅力
いつの時代も昔を懐かしむ人は大勢います。ただ、「平成レトロ」には独特の魅力があるようです。ざっくりと魅力を三つにまとめてみます。
ひとつは平成ギャルに代表される『前向きな明るさ』です。ガングロでルーズソックスを履いて街中を歩く女子中高生をよく見かけました。マスコミなどでも常に話題を集めた明朗快活なファッションスタイルは「平成レトロ」では憧れとして、再評価されています。
次に『人と人のつながり』です。新型コロナ感染もあり、行動や交流が制限され、自分らしさの表現が周りと共有しにくくなったことで、平成懐古の情が増しているのは確かです。中古の玩具が売れているのも、少年少女時代の友達や知り合いとの遊びや収集の面白さや楽しさ、そこでのつながりを懐かしむことに始まっています。
最後に、『少し昔の良さ』です。昭和天皇が崩御され、新しい年号として平成が決まりました。当時の内閣官房長官であった小渕元首相から発表され、平成おじさんという愛称で小渕元首相は身近な存在になりました。激動の昭和から平成へ。肩肘の張らない風潮はリッチではないがそれなりという消費や文化を創り出しました。ITやグローバル化が徐々に進展し、イノベーションが胎動し始めた成熟した消費社会「平成」。「昭和」に比べて短かった印象ですが、ノスタルジックな意識の高まりにより、少し昔の「平成」に売れた愛すべき商品・サービスの数々を購入したいという現象はまさしくそれです。
レトロと復刻版
復刻版を見かける機会が増えています。復刻とは元の姿を再現することです。その購入動機について考えてみると三つの魅力と感情が浮かび上がります。
まずは『限定感』。期間や数量が限定され、今購入しないと手に入らないという魅力です。
次に『安心感』。新しい商品に対しては心理的な高いハードルがありますが、復刻版は過去にヒットした商品であり、信頼できるブランドであるため安心して購入できます。
最後は『懐古感』。懐かしさから思わずその商品を選択し購入するのは自然の流れです。
また、その商品を知らない世代でも復刻版の持っている面白味や珍しさ、優雅さを見つけ出します。復刻版は企業にとって、売り上げが計算できる商品です。最初からある程度は昔を懐かしむファンの需要は見込めますし、マーケティングに関するコストも通常より低く抑えることが可能です。
「昭和レトロ」、「平成レトロ」や復刻版から、若者を中心とした最近の消費のあり方に対してのマーケティング戦略を練ることができます。気まぐれで利便性を重視し、コストパフォーマンスにうるさく、短期的にブランドを取り換える消費性向を抑制するためにはレトロマーケティングは重要な役割を果たすはずです。「不完全さ」や「素朴さ」、「自然な美味しさや美しさ」などレトロの特徴は現代の消費者の心を芯から揺さぶっています。
心に刻み込まれた記憶や体験は年を取るほど、培われて離れ難くなります。ブランドが生き残るためには人の記憶にどれだけ良いイメージを醸成できるかにあります。これからのマーケティング戦略を考える上で、レトロや復刻版から学ぶべきものは大きいはずです。長らく盛り上がりを欠く日本の消費動向において、レトロ商品の収集やレトロ・テーマパークへの訪問は趣味や娯楽を通して、夢や希望が持てる人生の息抜きと捉えても過言ではありません。これからもレトロと消費の関係について注目したいと思います。
話題の「レトロブーム」は家電や自動車にも? 検索ワードからレトロマーケティングを探る
https://manamina.valuesccg.com/articles/2167家電も乗り物も年々機能が新しくなり、進化をしていますが、それとは反対に「レトロ」が話題になっています。レトロというと「古き良きもの」とイメージしがちですが、消費者の検索ワードを調査すると、商品によっても、性別や年代などからさまざまなニーズを紐解くことができます。 今回は、「レトロ」と一緒によく検索されている「家電」や「自動車」といった商材のニーズを分析します。
【関連】懐かしい?それとも新しい?「空前のレトロブーム。消費者が求めているものとは」レポート
https://manamina.valuesccg.com/articles/1850最近、全国各地で開催され賑わいを見せている「レトロ」・「昭和レトロ」のイベントをご存知ですか?イベントのみならず、様々なモノやコトにまで盛り上がりを見せている「レトロブーム」。ブームの担い手のユーザー像を明らかにするとともに、その関心はどこにあるのか、調査しました。(ページ数|21ページ)
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。