所有と利用
戦後の日本経済は右肩上がりの上昇を続けてきました。好景気により、企業規模も拡大し、土地や株式、車や時計、宝飾品から日用品に至るまで、企業も人も所有することを目標としてきました。また、税制や法制度も特に資産については有利な仕組みになっていて、いつの間にか所有することが勝者という感覚に陥ったのかもしれません。
資産デフレが進み、デジタルが深化し、少子高齢化が到来した現在では、当然、消費スタイルや所有の仕組みが大きく変貌を遂げています。そこには所有から利用へのトレンドが見受けられます。それを証明するには三つの要因が考えられます。まずは、経済的な理由による節約志向の高まりから、必要な時だけ利用するという消費スタイルの出現です。次の要因は購入する対象の変化です。お金の使い方もレジャーや通信費、イベントなどを重視するようになってきました。そこには若い人ほどコト消費を重視する傾向にあり、身の回りのコミュニティを大切に生活するスタイルが影響していると推測できます。最後に、成熟した消費社会による消費者の価値観の変化です。安くて良いモノが巷にあふれ、高いお金を払うことがステータスだった時代は終焉しました。無理してモノを買わなくても済むようになったともいえます。これからの社会は所有から利用へ粛々とパラダイム転換が進んでいます。
サブスクリプション
新型コロナウイルスの感染拡大により「巣ごもり需要」が増大しました。代表的なものに定額かつ使い放題のサブスクリプション契約があります。世界で展開するインターネットサービスでも日本の割安感は際立っているようですが、最近ではなかなかサービスを使いきれず、出費が予想以上にかさむケースが現れ、「サブスク疲れ」や「サブスク貧乏」といった現象が目立っています。設立以来会員拡大を続けたアメリカの動画配信大手のネットフリックスの会員数が減少に転じるなど異変も起きました。
感染拡大は続きますが、行動制限がなくリアルの消費が戻ってきたことも一因です。リアルの消費が拡がるとサブスクに使う時間が減るのは事実で契約数も減少傾向にあります。消費者は契約を見直し、内容やサービスを選別する方向へ舵を切り始めていて、業界はさらなるコンテンツの中身の充実や独自性の開発、よりコストパフォーマンスを考慮した商品・サービスの展開を早急にはかる必要があります。また、シニア層や「おたく」を中心とした趣味として高単価の商品・サービスを活用する流れを適切につかみ、マーケティングに応用することも戦略のひとつです。
シェアエコノミーとレンタルビジネス
個人が所有する住宅や物をシェアすることを「シェアエコノミー」といいます。借りたい人は昔から存在します。また、貸したい人も同様です。つまり、レンタルビジネス自体は決して新しいものではありません。実は江戸時代もレンタル業は大繁盛で、お鍋や布団から料理道具、旅行用具、冠婚葬祭などありとあらゆるものをレンタルショップ、損料屋から借りていました。損料屋とは使うと価値が減ってきますので、その分を損料としてお金をとったことから命名されたようです。他には貸本屋も商売が成り立っていたようです。
21世紀に入り、デジタル社会が進展すると、新しいサービスの先駆者として、空き部屋の貸し借りを仲介する「Airbnb(エアビーアンドビー)」やライドシェアや配車サービスを行う「Uber(ウーバー)」などが業務展開を進めてきました。最近でも遊休資産を有効活用するレンタルビジネスが世界中で注目され、日本やアジアでも雨後の筍のように、新しい業態が出現しています。これからも驚くようなビジネスが現れる可能性は高いでしょう。
リキッド消費
デジタル社会の発展と共に、シェアやレンタルサービスなど商品・サービスの購入による永続的な所有をしない新しい消費スタイル「リキッド消費(Liquid Consumption)」が広まり、注目されています。「リキッド」の本来の意味は①液体、流体②化粧品、ヘアリキッドなどで、大量の水分は「リキッド」ではなく水滴やしずく、少量の水分を指します。
ロンドン大学のフルーラル・バーディ教授とジアナ・エッカート教授により提唱され、現代人の消費スタイルの変化を示す概念として、短期的サイクルで所有権が移転しない取引による消費です。シェアやレンタル以外にもサブスクリプション、コト消費などが該当します。今までの商品・サービスを購入する「ソリッド消費」の対抗概念であり、「リキッド消費」が普及したことで消費のパターンは拡大しました。
「リキッド消費」が広がっている背景として四つの点が考えられます。まずは『所有から利用へ』の消費傾向です。最近の消費は所有するより体験や経験を求めるようになりつつあります。モノ自体の価値が下がり、シェアやレンタルで十分といったスタイルに変化してきました。以前より所有のハードルが下がったともいえます。次が『デジタル社会の進展』です。コト消費が普及した要因はデジタル化が進んだことです。コストパフォーマンスを考えると、わざわざモノを購入する必要は無く、サブスクやレンタルなどを自然に利用することで済みます。また、SNSの活用が進み、モノを購入しなくてもブランドを手にしている姿を発信することでセルフブランディングを行うといった行為も一つの要因でしょう。三つ目は『手軽さ・便利さ』です。インターネットを活用することでより短い時間に手軽に手に入れることが可能になりました。デジタル化の進展は効率的な消費スタイルを実現したともいえます。最後に『環境問題への意識の高まり』です。大量消費型のライフスタイルは多くの廃棄物を生み出し、環境に悪影響を与えました。若者を中心に拡がる環境問題への意識の高まりにより、必要なモノだけを所有し、愛着を持って長く使うことが望ましいとする価値観が主流を占めつつあります。昭和=量、平成=質、令和=適、がそれぞれ時代の変遷に従って重視される消費スタイルなのです。
これからのマーケティング戦略には、拡大を続けるリキッド消費への対応が求められます。
個体は溶けだして液体に変わりつつあります。
観光業界をはじめ、「コト消費」といわれる体験型の消費を重視するサービスが伸びています。単純にニーズを満たすだけの消費活動ではなく、「経験」で得られる価値はどのように捉え、創り出していけばよいのでしょうか。広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、「経験価値マーケティング」を考察します。
株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員、一般社団法人マーケティング共創協会 理事・研究フェローなどを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。