サードプレイス ~ 発想の源と人の群れ

サードプレイス ~ 発想の源と人の群れ

「人は群れる動物であり常にストレスにさらされている」という提言のもと、人間にとってのストレスマネジメントの重要さ、「第三の場所:サードプレイス」を持つ必要性を考える本稿。そして、結局は「群れる」行動に回帰する私たち人間を行動原理の見地から俯瞰すると、実はそこにマーケティングへ繋げられるヒントも存在するといった仮説も含め、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


都会のオアシス

かつて、神保町に「響」というJAZZ喫茶がありました。明治大学に近く、学生時代から神保町の古本屋街へ行った帰りによく立ち寄っていました。勤めていた会社も比較的近くにあったために、会社帰りや外回りに出かけた際に一息つくのが楽しみでした。特に高級なオーディオを揃えていたとは記憶していませんし、コーヒーも特別に美味しかったわけでもなかったような気もしますが、マスターが優しそうなのと全体的にまったりした雰囲気で居心地が良く、気分転換には持ってこいの場所であり存在でした。

現役時代は仕事で行き詰まったり、上司から厳しい叱責を受けたり、とんでもないトラブルに巻き込まれたりと気苦労が多く、そんな時でも、JAZZを聴きながら、読みかけの本を読んでいると、不思議に辛いことも少しの間かもしれませんが忘れられたような気がします。また、大好きなJAZZを聴いてリラックスしていると、今まで思いつかなかった面白そうな企画が頭に浮かんだり、うっかり忘れていた仕事を思い出したり、「忙中閑あり」のことわざ通り、頭を休めることの必要性を感じました。それこそ、とびきり居心地良い都会のオアシスでした。

都会のオアシス

ストレスとリラックス

VUCA(ブーカ:Volatility(変動性)・Uncertainty(不確実性)・Complexity(複雑性)・Ambiguity(曖昧性))の時代に生きる我々にとって、ストレスはつきものです。ストレスとは不快な刺激によって生じる心身の反応です。医学的には「外圧に対して、心身が持ちこたえようとする防御反応」を指します。不快な刺激のことをストレッサーと呼び、これに対する心身の反応がストレス反応です。ストレッサーには4つの種類、①心理的、②社会的、③生理的、➃物理的、が考えられ、生きている限りストレスは存在します。そのため、ストレスマネジメント(ストレスと上手なつき合い方)が必要です。ストレッサーに対し、ストレスが起こることを予測して対応することがストレス予防には有効な手段です。このようなストレスに抗する「対処法」として、ストレスコーピングは幅広く研究されています。

脳がぼんやりしている神経活動を指すDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)という言葉があります。ぼんやりくつろいでいる時には脳の活動も低下していると考えられてきました。医学技術の進歩により、脳の機能を分析するとぼんやりしていても脳は活発に活動していることがわかってきました。くつろいでいる時、のんびりできる場所にいる時にひらめきが生まれやすいのはDMNが上手く機能して脳内の情報が整理整頓され、創造性が発揮できている証拠です。

「風呂」、「乗り物」、「寝床」など様々な場所でアイディアは誕生します。例えば、ギリシャの偉大な物理学者アルキメデスは風呂からアルキメデスの法則を、誰もがご存じの小説家の松本清張氏は通勤電車の中で、日本で初めてノーベル賞を受賞された湯川秀樹氏は寝床でというように創造の場も人それぞれです。常に集中とリラックスのバランスは人間にとって重要であり、仕事や勉強をやらされていると感じては自分の力を発揮できません。限られた時間でもぼんやり過ごす時間はストレスにも効果的です。

ストレスとリラックス

サードプレイス

サードプレイスは日本語では文字通り「第三の場所」です。ビジネスにおいてのサードプレイスとは「家庭でもなく職場でもない居心地の良い第三の場所」なのです。家庭や職場ではストレスを感じることもあり、ストレスから解放され、一時的でもリラックスして過ごせる場であるサードプレイスが不可欠です。現代社会はストレス社会です。我々にとってサードプレイスの存在価値は極めて高いのです。

生活の基盤に最も近く、生きるために必要な場がファーストプレイスであり、『家庭』を指します。そこには家族との関係からのストレスが存在します。セカンドプレイスは『職場』や『学校』などの場です。社会的な生活を営む場所であり、様々な人との関係を持ちながら過ごす場所でもあります。他人と良好な関係を築こうとするあまり、ストレスを感じるのは明らかです。ファーストプレイスからもセカンドプレイスからも受けるストレスから逃げ出すための場所がサードプレイスであり、リラックスでき自分らしく過ごせ、新しい発見や発想、出会いを見つけることができるのです。

米国の社会学者、レイ・オルデンバーグが提唱したサードプレイスには8つの定義があります。その条件とは①中立な場所、②平等な場所、③会話が重視される場所、➃近づきやすく親しみのある場所、⑤規則的な場所、⑥目立たない場所、⑦陽気な雰囲気のある場所、⑧家から遠くない場所です。これらの条件が整うことでサードプレイスが意味ある場となります。

人は群れる

いつでもどこでも人が集まっているスターバックスやドトールなどのコーヒーショップは広義ではサードプレイスだと考えられます。わざわざ、人が沢山いる場所で、PCやスマホを使用したり、読書や勉強をしても集中できないのではと思いがちですが、逆に適度な雑音と周囲に人が存在している環境の方が居心地良いのかもしれません。人の群れから外れる自宅でもなく、行動が縛られるオフィスでもない場所に身を置いて自分のやりたいことをやることはストレスマネジメントにもつながるのでしょう。もし、ひとりで自宅にこもっていても、一日の中でどこか別の場に自分の身を置くことを人間は欲しているのです。

ネット通販が進展し、買い物に行く機会が減少する傾向にあっても、多くの人は外出し、人の群れの中に身を置くことを望んでいます。マーケティング戦略もそうしたニーズに応えなければなりません。PCやスマホなどで買い物が便利になっても、全ての買い物を自宅やオフィス、乗り物の中などで済ましてしまうとショッピングの醍醐味や様々な人との直接の出会いはなくなります。これからは人の群れの中にいる人に対して、楽しく面白く居心地の良い空間をいかに提供できるかがマーケティングの重要なポイントとなります。そのためには店舗戦略や立地の選定を熟考し、工夫とアイディアの提供が求められます。

人は群れる動物であり、集団的な動機が行動の原動力となります。ストレスマネジメントを研究・実践するためにも、これからのマーケティング戦略を考える上でも、人が群れる行動原理は究めるべきテーマとなりそうです。

人は群れる

【関連】歩きたくなるまちとマーケティング ~ ウォーカブル推進都市

https://manamina.valuesccg.com/articles/2131

魅力的なまちと聞いて思い浮かぶのはどんなまちでしょう。現在、多くの国際都市は「車中心」から「人中心」のまちへ転換すべく、再構築を試みています。日本でも国土交通省が「ウォーカブル推進都市」を募集するなど、まちづくりに積極的な取り組みが見られます。魅力的なまちは、人が歩くことによって再生活性化するだけではなく、モノ・コト消費へ繋がるという可能性も多分に含みます。そんな「まちマーケティング」のトレンドを、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。

【関連】VUCAの時代を生きる ~ ビジネスと消費行動

https://manamina.valuesccg.com/articles/1912

パンデミック、自然災害、ロシアのウクライナ侵攻など、将来を予測することが困難な状態が続き、現代はまさにVUCA(ブーカ)の時代です。これまで人類が経験したことがないような変化が起こる中、必要とされるビジネス思考法や能力とは…。広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が、VUCA時代のビジネスと消費行動について考察します。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

関連する投稿


感性について ~ マーケティングとハプティクス

感性について ~ マーケティングとハプティクス

人には5感が備わっています。さらに突き詰めれば第6感という感覚も。それら人の持つ感性や感覚を補うべくあらゆる技術も日々進歩していますが、人のそれらの代替となるような技術はまだ未完の途上です。それほどに他に取って代われない私たちの感性・感覚。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、広告やマーケティングを通して人の感性の深さを説き、ハプティクス(Haptics)を用いて人の感覚の重要性を解説します。


食料危機 ~ 天災か人災か

食料危機 ~ 天災か人災か

食料・食糧の危機が迫っています。地球上では、気候問題や行政の責任下で今なお続く飢饉もあります。私たちの未来を豊かにするために欠かせない食料・食糧。それを恒常的に守っていくためには、今この時にどのような行動が必要なのでしょうか。基本的な言葉の意味の説明や、それぞれに対する詳細な対策案を交え、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が解説します。


プレスリリースアワード2024イベントレポ。受賞プレスリリースから考える、優れたプレスリリースとは

プレスリリースアワード2024イベントレポ。受賞プレスリリースから考える、優れたプレスリリースとは

株式会社PR TIMESが開催した、優れたプレスリリースを表彰する「プレスリリースアワード2024」に、マナミナ編集部員が参加してきました。入賞したプレスリリースがどんなものだったか、今回のイベントから考えられる優れたプレスリリースとはどんなものなのかを紹介していきます。


知的好奇心を育む ~ コンセプチュアルスキルとは

知的好奇心を育む ~ コンセプチュアルスキルとは

知的好奇心には「拡散的好奇心」と「特殊的好奇心」の2種類が存在するのをご存知でしょうか。そして、それぞれの意味と役割とは。VUCAの時代にある現在、これらの好奇心を刺激し高め、技能習得へと導き、企業貢献へ繋げるためのヒントを紐解く本稿。広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、「コンセプチュアルスキル」の概念などを踏まえて解説します。


インフラをめぐって ~ 老朽化と現状

インフラをめぐって ~ 老朽化と現状

高度成長期に構築され、50年以上の使用に耐える我が国のインフラ。人々の生活の生命線とも言えるそのインフラが老朽化の悲鳴をあげています。重要なものであるということは理解されているインフラですが、正確にそれらの役割や原理をご存知でしょうか。そして、この先の未来も安全に運用されるために急がれる対応とはどのようなことか。広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が社会資本やインフラツーリズムといった視点なども踏まえ、解説します。


最新の投稿


DB型サイトでSEO施策を実行して対策ページが上位化するまでにかかった期間は"6か月"が最多【eclore調査】

DB型サイトでSEO施策を実行して対策ページが上位化するまでにかかった期間は"6か月"が最多【eclore調査】

株式会社ecloreは、同社が運営する「ランクエスト」にて、データベース型サイト運営者を対象に、SEOの実施状況やその効果について調査を実施し、結果を公開しました。


SEOに積極的に取り組んでいるサイトの9割以上が表示速度の重要性を認識!改善に取り組む目的は「顧客体験の向上」と「リピート率の改善」が上位【Repro調査】

SEOに積極的に取り組んでいるサイトの9割以上が表示速度の重要性を認識!改善に取り組む目的は「顧客体験の向上」と「リピート率の改善」が上位【Repro調査】

Repro株式会社は、Webサイト運営・管理者を対象とした、「Webサイトの表示速度改善についての実態調査」を実施し、結果を公開しました。


感性について ~ マーケティングとハプティクス

感性について ~ マーケティングとハプティクス

人には5感が備わっています。さらに突き詰めれば第6感という感覚も。それら人の持つ感性や感覚を補うべくあらゆる技術も日々進歩していますが、人のそれらの代替となるような技術はまだ未完の途上です。それほどに他に取って代われない私たちの感性・感覚。本稿では、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、広告やマーケティングを通して人の感性の深さを説き、ハプティクス(Haptics)を用いて人の感覚の重要性を解説します。


イードとガイエ、リアルとデジタルの融合でアニメファンの推し活を支援する広告パッケージを提供開始

イードとガイエ、リアルとデジタルの融合でアニメファンの推し活を支援する広告パッケージを提供開始

株式会社イードと株式会社ガイエは、全国のファミリーマート、ローソン(※一部店舗を除く)に設置されているマルチコピー機で展開するコンテンツサービス「エンタメプリント」を活用した広告パッケージ「Anime Touch Ad」を共同開発し、販売開始することを発表しました。


ネオマーケティング、ボーダーリンクとの協業で在日外国人リサーチサービスを提供開始

ネオマーケティング、ボーダーリンクとの協業で在日外国人リサーチサービスを提供開始

株式会社ネオマーケティングは、株式会社ボーダーリンクと協業し、在日外国人リサーチサービスを提供開始したことを発表しました。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ