歩きたくなるまちとマーケティング ~ ウォーカブル推進都市

歩きたくなるまちとマーケティング ~ ウォーカブル推進都市

魅力的なまちと聞いて思い浮かぶのはどんなまちでしょう。現在、多くの国際都市は「車中心」から「人中心」のまちへ転換すべく、再構築を試みています。日本でも国土交通省が「ウォーカブル推進都市」を募集するなど、まちづくりに積極的な取り組みが見られます。魅力的なまちは、人が歩くことによって再生活性化するだけではなく、モノ・コト消費へ繋がるという可能性も多分に含みます。そんな「まちマーケティング」のトレンドを、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


水木しげるロード

妖怪に初めて興味を持ったのは漫画「ゲゲゲの鬼太郎」です。妖怪漫画の第一人者である水木しげる氏の代表作です。ねずみ男、一反もめん、砂かけ婆、猫娘、ぬりかべ等々多様な個性を持った鬼太郎とその一味が一丸となって悪い妖怪と戦うストーリーを楽しみながら、日本の古来の文化や風習を「ゲゲゲの鬼太郎」から学んだような気がします。

先日、水木しげる氏が幼少期を過ごした鳥取県境港市を訪問しました。1993年、水木しげる氏は境港市のまちおこしに協力することとなり、水木しげるロードの建設が開始され、2003年の水木しげる記念館開館で完成の運びとなりました。

水木しげるロードには「ゲゲゲの鬼太郎」はもちろん、「河童の三平」や「悪魔くん」などのキャラクターの銅像177体がロードに沿ってあちらこちらに配置され、様々なキャラクターを見つけるだけでも愉快に歩くことができ、レトロで幸せな気分が高揚しました。昔から知っているような、道とまちを体験することとなり、予想以上に有意義な旅となりました。

灯台を思わせるようなデザインのJR西日本境港駅から水木しげる記念館まで、1キロに欠ける距離だと思いますが、水木しげるロードは続きます。ロードに沿った商店街の中を歩くと、美味しそうなお店や酒蔵などが点在し、休日には観光客も大勢押し寄せるとのことでした。

境港駅に隣接するみなとさかい交流館からは隠岐汽船が発着します。隠岐の島には承久の乱に敗れた後鳥羽上皇や南北朝の動乱期の主人公のひとりである後醍醐天皇が流刑された地として、ノスタルジックな感情を抱きました。

ウォーキングの効用

古代ギリシャの医学の父と呼ばれるヒポクラテスは『歩くことに勝る良薬なし』という名言を残しています。ウォーキングは健康面でも精神面でも身体に良い影響を与えることは間違いありません。他にももちろんあると思いますが、ここでウォーキングの10のメリットをあげてみます。

①シェイプアップ効果(ダイエット効果)
②生活習慣病の予防と改善
③リラックス効果とリフレッシュ効果
④ひとりでもいつでもどこでもできる
⑤脳の活性化と認知症の予防
⑥高血圧の予防と改善
⑦腸内環境を整える
⑧姿勢が良くなる
⑨よく眠れる
⑩ポジティブになりストレスに強くなる
などです。

明治時代以前は、自動車も電車も飛行機もなく、遠方へ行くにしろ歩くのが当たり前でした。現代人の不調は歩く機会が少ないことにも原因があります。新型コロナや働き方改革でオフィス等に出社する機会も減り、インターネットの活用により、営業でさえ得意先や新規クライアントへの訪問回数が減り、自然と仕事の上でのウォーキングも減少傾向にあるのは否めません。ただ、まとめて歩くより、毎日決まった歩数を決めて実行する習慣を維持することが重要ですし、時には森林浴といった自然の中を歩くことも身体面、精神面でより良い効果が期待できます。無理なく、楽しむことが大切です。

ウォ―カブル推進都市

居心地が良く歩きたくなるまちなか」の形成を目指して、2019年7月国土交通省はウォーカブル推進都市を募集しました。国内外の先進事例などの情報共有や政策づくりにむけた国と地方とのプラットフォームに参加し、ウォーカブルなまちづくりを推進する都市を目指します。2022年9月30日現在、全国で334都市が参加していて、市町村だけでなく、都道府県も参加可能です。先に紹介した境港市も参加しています。

車中心から歩行者中心へ転換し、まちなかの街路や公園などをリフォームし、活用する自治体に対しては必要経費の半額を国が補助する仕組みです。水木しげるロードのように歩道と商店街が一体化し、観光客を含めて人が集まるようになり、都市再生や活性化につながった例が数多く実現されています。

まちを歩きながら商店街を回遊できれば、偶然見つけたモノ、無駄かもしれないし余計かもしれないけど愛着できそうなモノ、地元の名産物・特産物など様々な心躍る発見があり、コト消費につながるのです。新型コロナ感染拡大で減少したインバウンド消費を拡大させるためにも注目すべき戦略のひとつです。

まちづくりのトレンド

世界の国際都市では、街路空間を車中心から人中心の空間へと再構築をはかっています。
都市間競争では都市の魅力づくりが欠かせません。また、人が集まれる空間を数多く維持することは都市の活性化につながります。

米国ニューヨーク市のタイムズ・スクエア。現在では世界中の人々で賑わう歩行者天国であり、車道を広場化しています。車道だったブロードウェイが歩行者空間になることで、タイムズ・スクエアの歩行者空間は従来のほぼ倍の広さとなったのです。

英国ロンドン市もオックスフォードストリートの歩行者天国化が進んでいます。フランスのパリ市も史上最もグリーンな大会を目指している2024年開催予定のパリオリンピックを控え、エッフェル塔周辺から車道を排除する都市計画を推進しています。

日本でも大阪市は御堂筋(梅田―難波、4.2㎞)を御堂筋開通100年迎える2037年を目標に完全歩道化する構想があります。完全歩道化するのは、淀屋橋―南海難波駅までの約3㎞。大阪市は御堂筋を歩行者や自転車に優しい空間にする構想で、パリのシャンゼリゼ通りを目指しているようです。御堂筋周辺の交通の問題や商業施設や地域住民の理解の促進など解決しなければならない数多く残されていますが、官民が一緒になって実現してもらいたいものです。

利便性や合理性、高機能などを追求しただけのまちづくりでは、クリエイティブな起業家やベンチャ-企業は集まりません。面白そうな人達があちらこちらにいたり、偶然の出会いがあったり、美味しいお店やファッションに溢れ、歩きやすく安全であったりする「居心地が良く歩きたくなるまちなか」がこれからのまちづくりの本質だと思います。それにより、自然にイノベーションが起こりやすく、都市の生産性の向上を促すのです。

歩行者優先とは消費者優先と言い換えることが出来るかもしれません。

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この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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