(右)公益社団法人 日本マーケティング協会 会長 藤重貞慶氏
(左)株式会社ヴァリューズ 代表取締役社長 辻本 秀幸
経済効率一辺倒の延長線上に、将来はない
ヴァリューズ 辻本(以下、辻本):あらためて振り返ると、コロナ禍は人々の生活スタイルや企業の経済活動にどのような影響を与えたとお考えですか。
日本マーケティング協会 藤重氏(以下、藤重):コロナ禍をはじめ、自然災害や地政学リスクなどが重なって、社会全体が人生の本質に真剣に向き合うようになったと感じます。「本当の幸せ」とは何なのかをあらためて考えるようになったのではないでしょうか。
これまで私たちの社会は「より多くの物を、よりスピーディーに」と効率を追い求めて経済活動を行ってきました。その結果として、今私たちに突きつけられているのが、ゴミの山や二酸化炭素過剰排出などによる環境問題です。「従来の経済効率一辺倒の延長線上に、将来はない。社会を抜本的に変える必要がある」と多くの人たちが感じていると思います。コロナ禍に家で過ごす中、あらためて考えるようになった人は少なくないでしょう。
「新たな価値創造を提案するマーケティング」とは
辻本:変化しつつある社会の中で、日本マーケティング協会様は日本のマーケティングの底上げを図ろうと様々な活動をされています。あらためて具体的なお取り組みをお聞かせください。
藤重:私たち日本マーケティング協会は「マーケティング人材育成」「マーケティングインテリジェンスセンター」「マーケティングハブ」という主に3つの活動を行っています。
1つ目の「マーケティング人材育成」では、初心者の方から幹部候補生の方まで、幅広い方々に実務に基づいたマーケティングを学んでいただいています。例えばマーケティング検定は、毎年約5,000名が受検されています。
そして「マーケティングインテリジェンスセンター」の役割としては、研修や日本マーケティング大賞の開催など、マーケティング活動を広く普及させることがあります。
最後の「マーケティングハブ」は、マーケティングに携わる人たちをつなげるハブとして活動しています。
これら3つを通じてマーケティングを普及させ、ひいては日本の経済を良くしていこうとしています。
辻本:ありがとうございます。藤重様は業界が目指す方向性として「新たな価値創造を提案するマーケティング」を掲げていらっしゃいますね。具体的にお聞かせいただけますか。
藤重:主に以下の3つの潮流があると考えています。
■1. ウェルビーイング・ライフの追求
藤重:まずは「ウェルビーイング・ライフの追求」です。「物をたくさん持っている=幸せ」という時代はもう過ぎ去りました。物の豊かさを追求した結果、ゴミの山ができるなど環境問題に発展してしまったのですから。これから人々は、物の豊かさではなく、心の豊かさを追い求めるようになるでしょう。
辻本:心の豊かさとは一体、どのようなことだとお考えですか。
藤重:私は、心の豊かさは、現在抱えている不満ではなく、将来の不満を解消することで実現できると考えています。
例えば医療で言うと、今までは不調を感じてからその部分を治す“治療”が中心でした。もちろん、現在も治療は続いています。しかしこれからは、このような治療に加え、悪くならないようにする“予防”に多くの人たちの関心が寄せられるでしょう。
具体例を挙げるとセンシング技術があります。人差し指にリングをつけると、そこから体温や心拍数などの情報がスマホやパソコンにつながり、身体の状態を把握できるようになります。時には「お酒を控えましょう」「甘いものの取りすぎです」といったメッセージが届けられ、ユーザーは自身の体調が悪くならないようコントロールしやすくなるでしょう。
このように将来の不安を解消することが、心の豊かさにつながります。
また、心の豊かさとは、感性の豊かさでもあります。感性の豊かさとは「感動」だと思います。感動とは、相手のことを理解して共感、共助することで得られるものです。社会は人々がお互いに理解、共感し合うことで作り上げていくものだと思います。
そのためのベースとなっているのが信頼です。私はACジャパンの理事長も務めているのですが、ACジャパンでは2023年度全国キャンペーンのテーマのひとつに「不寛容な時代~誰もが生きやすく、希望が持てる社会へ~」を掲げました。現在は多様性が求められる時代と言われる一方、他人に対して不寛容で排他的な社会になりつつあるとも感じています。このような社会ではお互いを信頼することはできません。
人が人を、そして社会を信頼できるようにすることが心の豊かさにつながり、ウェルビーイング・ライフの追求になるのだと思います。
■2.サステナブルグロース(持続可能な成長)
藤重:2つ目は「サステナブルグロース(持続可能な成長)」です。自然災害や環境問題と向き合う今、持続可能という意味ではリサイクルやシェアリングがマーケティングの重要なキーワードになると思います。
■3. レジリエンス・ソサエティ(しなやかで強靭な社会)
藤重:最後に挙げる潮流は「レジリエンス・ソサイエティ(しなやかで強靭な社会)」です。自然災害は発生するものであることを前提に、回復できる社会を作っていくことが大切だと考えます。技術的な面でいうと、進めるうえでのキーワードは「ハードは分散、ソフトは集中」です。例えば川の洪水を防御するための装置(ハード)を各地に設け、それらを管理するためのセンター(ソフト)は一つの場所に置いたほうが効率という面ではよいでしょう。
マーケティング組織やマーケターが考えるべき3つのこと
辻本:ここまで、新たな価値を創造するための方向性として「ウェルビーイング・ライフの追求」「サステナブルグロース(持続可能な成長)」「レジリエンス・ソサイエティ(しなやかで強靭な社会)」の3つを紹介していただきました。
これらの方向性をもとに、実際に企業や団体がマーケティング活動する際に考えるべきことがありましたらお聞かせください。
藤重:ここでもポイントを3つに分けてお話ししたいと思います。
■1. 会社の存在意義「パーパス」
藤重:お客様は何を買っているかを勘違いしないことが大切です。例えば消費財メーカーで歯みがき・歯ブラシを販売しているとしましょう。この場合、お客様の目的は歯みがき・歯ブラシを買うことではありません。清潔感や、一生おいしいものを食べるための丈夫な歯を得ることなのです。
ただ歯みがき・歯ブラシを売っているだけであれば、そのうち歯を一瞬で綺麗にできるような商品やサービスが出てきたとき、すぐに乗り換えられてしまうでしょう。
自分たちは何を提供しているのか、ひいては会社の存在意義であるパーパスを見つめ直す必要があります。
辻本:生成AIのような新しいテクノロジーも、方向性をしっかりと持ったうえで活かすことができれば、新たなイノベーティブなサービスを生み出していけると思います。
藤重:DXも同様です。「何のためにDXを進めるのか」を考える必要があると思います。DXとは社会を良くするため、そして人間が幸せに生きることができるようにするために行うものです。DXは悪用されたら凶器になります。目的意識の高い人がDXの推進者になってほしいと思います。
■2. オープンイノベーション
藤重:様々な技術を持った人たちが集まり、協働するオープンイノベーションもキーワードのひとつです。様々な人たちが出会い、それぞれの知見を組み合わせることで新たな可能性を生み出すプラットフォームを提供しているのがヴァリューズさんのような企業なのではないでしょうか。
辻本:私たちヴァリューズも、ビッグデータの力で、ある業界で行われたことを他の業界でも活かし効率化につなげていただけるようにするなど、業界や業種の垣根を越えた取り組みをしております。
藤重:オープンプラットフォームが構築されればセレンディピティが生まれ、偶然の気づきも得られるでしょう。
■3. 現場力
藤重:最後に挙げるのは「現場力」です。会社は現場でもっているということを忘れてはいけません。現場にいる一人ひとりが、会社が目的としていることを明確に理解していることが求められます。
現場では予測不能なことばかり発生するものです。何かが起こったとき現場の人が柔軟に対応できるかが会社が生き残れるかにかかってくると思います。どんなに良いシステムを持っていたとしても、現場が対応できなければ意味はほとんどありません。
例えば東京から遠隔操作で長野の医療現場に指示を出していたとします。もし何らかの原因で電波が届かなくなってしまったらどうでしょう。このようなとき現場で柔軟に対応できる会社は成功する可能性が高いと思います。
辻本:現場の人たちが自分たちで判断して動けるということですね。
藤重:大事なことは、いざという時に対応できる人材が現場にいるかです。日本企業は海外と比べその点が優れていると感じます。現場を活かしたDXを推進できればよいと思います。
辻本:部署単位で情報を蓄積したり、役職者だけで情報を閉じたりするのではなく、テクノロジーの力で、現場の人たちにも情報や知識が入るようにするということですね。
藤重:そうですね。今までの日本の会社の進め方は、並列的に前の人が次の人に仕事をバトンタッチするリレー式でしたが、今は同時並行的に様々な立場の人たちがデータを共有する進め方が求められると思います。
DXの話でいうと、最近では仮想空間という言葉も定着しましたが、そもそも人間はデジタルではなくアナログな存在です。そのため、デジタルで作られた世界にいずれは満足できなくなると思います。
今日のように、こうして互いに目を見ながら話をすることが信頼につながると考えています。
辻本:確かにオンラインコミュニケーションは効率が良いと思いますが、やはりお互いに距離が近づいたと感じるのはリアルで話したときが多いかもしれません。
藤重:ビジネスの品質を高めるためにも、オンラインだけに頼るのではなく、リアルも混ぜながら進めるほうがよいと思っています。
辻本:あらためまして本日は貴重なお話しを聞かせていただき、ありがとうございました。私たちとしても日本のマーケティング業界の前進に寄与できるよう取り組んでいきたいと思います。
取材協力:公益社団法人 日本マーケティング協会
IT企業でコンテンツマーケティングに従事した後、独立。現在はフリーランスのライターとして、ビジネスパーソンに向けた情報を発信しています。読んでよかったと思っていただける記事を届けたいです。