仕事と情報
仕事に余裕が全くない程、忙しく精神的にも追い込まれていた時期はどのように毎日を過ごしていたのか、恥ずかしながら思い出せません。常に目に見えない締め切りに追い立てられているような心持でした。必ずしも満足ゆく成果を達成出来たわけではないくせに、飛ぶように月日が経過しました。ただ、会社をクビになるような大失態も無く、いつの間にか今日ここに至ったと観念しています。仕事の上で不確かな情報であっても、「走りながら考える」ことを念頭に、当たって砕けろの精神で新しく困難な業務に対して結果を模索してきました。
情報は正確・不正確であっても、求めるべき案件には仕事で培った勘が働き、体が先に動き出すように習慣づきます。多くが順調に進むとはお世辞にもいえない案件こそ、はまると大きく化ける場合もあり、まずは相手先へのアプローチからと情報を収集し、成功への戦術を日夜考え、実行に移してきました。ここでの不確かな情報源とは新聞やTVなどのメディアからの正確なものではなく、社内外のネットワークや読書、セミナー受講などからヒントを得て、自分なりの解釈を重ねたものです。少しでも角度が高そうな情報を得るために、社外の研究会や交流会へ参加して人脈を築いたり、仕事とは直接関係はなくとも大枚をはたいて、狙い定めた将来性ある分野の知識を得るべく専門書を購入するなど、前向きな研鑽を重ねた日々を今も忘れることはありません。これからも精進し続けたいと願っています。
情報と故事ことわざ
中国の故事ことわざで人を欺くための作戦である、「苦肉の計」や「苦肉の策」が思い浮かびます。今では苦し紛れの作戦という意味で使われています。本来は「苦肉」とは敵を欺くためにあえて自らを痛めつけるという意味です。通常、相手と利害対立がある場合に欺くわけで、偽りの情報を信じさせ、利害対立がないかのように相手に思わせることが出来れば、自分に有利な行動を引き出すことが可能になります。また、直接そのような情報を送っても相手に信頼して貰えない場合、相手がありうると考えられる情報を間接的に送り出すと信用されるといった戦術も考えられます。
「四面楚歌」とは周りが全て敵で味方がいないという意味で、孤立無援の状態を指します。利害対立のある相手からのシグナルは信用されません。情報とは、情報の提供者が持つインセンティブと深く関連しています。情報の提供者を知らずにその情報は活用できません。我々も自分に都合のいい話ばかりの場合は何かおかしなところが無いか常に確認すべきです。
危険を避けていては成功することはできない、あるいは危険を冒すこと無く利益を得ることはできないという意味のことわざが、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」です。昔からリスク(危険)を冒してこそ、その対価としてのリターン(収益)があるということは認識されていました。単に危険を冒すのではなく、不意を突くことで、相手を見誤らせ、戦略環境を自分にとって優位に導こうとする情報戦略も存在します。情報とは「敵情を報知すること」であり、その本質は「情けに報いること」なのです。
情報経済学
情報経済学(information economics)とは経済活動における情報の働きを扱う学問であり、情報経済論や情報の経済学とも呼ばれています。従来の経済学では、「ヒト」、「モノ」、「カネ」など3つのリソースが経済活動を構成する主要素とされてきました。インターネットの普及が進み、情報へのアクセスを誰しもが自由にできるようになったことで大量の情報が溢れると同時に、その働きが一段と重要視されています。人間行動の意思決定における要素として情報の働きは経済活動に大きな影響を与えると考えられます。
情報と経済学の研究面での関係については、以前よりミクロ経済学の応用分野として情報の非対称性を中心に進展があり、情報経済学として1970年代から大きく発展。2001年にはこの分野のパイオニアである、ジョージ・アカロフ氏、マイケル・スペンス氏、ジョセフ・スティグリッツ氏の3人が「非対称情報下の市場経済」という経済分析の発展に対する貢献で、ノーベル経済学賞を受賞しました。ゲームの理論との関係も深く、注目される経済学の分野です。
情報の非対称性
情報は不完全であり、それぞれの経済主体に不均等に保有され、新しい情報を獲得するためにはある程度の費用が必要となります。取り引きにおける意思決定の際、一方の当事者がもう一方より多くのまたは重要な情報を保有している状態が情報の非対称性(information asymmetry)です。情報の非対称性は取り引きの上での力関係に不均衡をもたらし、場合によっては取り引きの非効率性を引き起こし、最悪のケースでは市場の失敗を招きます。逆選抜(adverse selection)といわれる買い手と売り手が異なる情報を持つ市場では、両当事者への利益の分配が不均等になり、重要な情報を持つ当事者がより多くの利益を得ることになります。これは逆選択、逆淘汰とも呼ばれています。
また、自動車保険を例にとると自動車保険に加入したために、それまで多大な注意を払っていた運転がいい加減になる可能性(モラル・ハザード)は否定できません。これなどは保険会社が契約者の行動を常に把握することができないために起こる情報格差なのです。
ジョージ・アカロフ氏は論文で中古車市場を取りあげ、アメリカの俗語レモン(購入後に不良品であることが判明した車)に因んで「レモン市場」について分析しています。車の所有者は自分の高品質の車を中古車市場に出品しないため、中古車の買い手は低品質のものしか買えなくなります。そのため、良質な中古車市場が存在しにくく、買い手は応じた価格で購入することになります。買い手に比べて売り手の方が車の品質についての多くの情報を持っていることが、このような逆選抜を生みます。情報を持っていない買い手の価格が高品質の車を市場から駆逐してしまい、市場の崩壊につながる可能性のある市場システムを形成してしまうのです。これは価格が市場で取り引きされる商品の品質をどのように捉え、価格決定に結びつけるかを説明しています。
情報を定義することは非常に困難です。1940年代までは、情報は諜報に近い意味とされ、何らかの価値と結びつけられたものが情報として使用されていました。現在はそれこそ社会そのものが情報社会であり、人と情報は切っても切れない関係にあるのです。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。