眠る
決して夜型ではありませんが、昼間より夜の方がどうやら読書や原稿書き、資料作りもはかどります。切りのいいところまでと頑張ると当たり前のように翌日は眠くなります。特にPowerPointなどを活用しての資料作りは、不慣れであるのと見栄えの良さを追求するあまり深夜まで作業し続けてしまいます。今でも講演やプレゼンテーションの前日まで資料を再点検する度につい手直ししてしまいます。重箱の隅をつつくような肝っ玉の小さい自分に恥ずかしささえ覚えますが、当日安心して講演するためには必要不可欠です。
高校生の頃、理科系科目でも数学や物理などは前日に十分に睡眠をとらないと試験で失敗することが多かったと記憶しています。中間や期末テストで暗記科目と数学や物理が同日にあると、どうしても不得意な暗記科目の高得点は諦めざるを得ませんでした。
読書も夜型で面白い本に出会うと朝まで読んでしまいます。あまりに難解な文章が続いたり、読む価値が無いような内容の本の場合、目が冴えていても自然に眠くなるのは不思議です。眠れない時に必ず眠くなる本をいくつか持っているのは不眠を解消する有効なアイディアなのかもしれません。
睡眠と仕事
毎日の仕事において、成果を上げるためには脳と体のバランスを最適なコンディションに保つことが不可欠です。3回目のMVPを獲得した大リーガー大谷翔平選手は日常生活で最も大切なものを睡眠としているように、質の高い睡眠は集中力や創造力、判断力、先見性を向上させる鍵なのです。
睡眠環境の最適化については、理想的な寝室の温度は18~22℃、湿度は50~60%であり、体温調節メカニズムに起因しています。睡眠中には体温は約0.5℃低下しますが、この温度帯は体温低下を促進して深い睡眠を誘導します。適度な湿度は気道の乾燥を防ぎ、呼吸を快適にします。
また、入浴に関しては就寝の2~3時間前が理想的です。これは入浴後の体温の変化を利用するためです。すなわち、入浴直後は体温が上昇しますが、その後は穏やかに低下します。この体温低下こそが睡眠を促進させるのです。注目すべきは末梢(手や足)と中枢(体の中心部)の温度差であり、入浴後に末梢の温度が中枢より0.5~1℃高くなると深い睡眠に陥りやすくなります。そのため、入浴後は手や足を冷やさないことがよい眠りのための鉄則です。人間の睡眠は90分サイクルで構成されていて、各サイクルはノンレム睡眠(浅い睡眠⇒深い睡眠)とレム睡眠(浅い睡眠)から成り立っています。重要なのは最初の2~3サイクルに訪れる深いノンレム睡眠です。特に就寝の最初の頃が質の高い睡眠をもたらすため、それに対する様々な工夫が必要です。このように睡眠に関する科学的なテクニックを取り入れるのも大切ですが、日々のストレス管理もよい睡眠にとって大きな役割を持っています。ただ、何よりも自分に合った独自の最適な睡眠習慣を構築することを忘れてはなりません。翌日の仕事におけるパフォーマンスの最大化をもたらす睡眠時間と質の確保こそが仕事の効率化につながるといっても過言ではありません。
アロマテラピー
寝つきが悪いとか眠りが浅いといった睡眠の悩みを抱えている人は少なくないと思われます。睡眠の質を高める方法のひとつにアロマテラピー(芳香療法)があります。アロマテラピーには香りで心身を整え、脳を刺激し活性化させる効能があります。植物から抽出したアロマオイル(精油)を寝室で香らせて、心身に安らぎとリラックスをもたらし、睡眠を誘導するといった習慣は太古の昔から存在するようです。今では積極的に睡眠ばかりではなく、医療、介護の現場などに導入されたり、運動の習慣など他の健康法と組み合わせて使用する試みが活発化しています。
芳香成分の効用に脳の活性化や脳を落ち着かせる作用があります。体の疲れがなかなか取れず寝つかれない、あるいは気分が落ち込んで眠れないなどの症状が現れた場合、「アロマが心身をリラックスさせてくれる」のです。さらに、好きな香りのアロマを選べば、幸福感や満足感も得ることが出来、ゆったりとした気分で眠りにつけるわけです。
香りの好みには個人差があります。選ぶ際には慎重かつ丁寧な見極めが必要です。また、快適な寝室を作るのはアロマだけでなく現在使用している寝具そのものを見直す必要があるのかもしれません。よい睡眠には様々な仕掛けが欠かせません。
スリープテック
日本人の平均睡眠時間は経済協力開発機構(OECD)の加盟国33ヵ国の平均より約1時間短く順位は最下位です。睡眠不足による業務効率の低下は企業経営にとっても深刻な問題です。米国のランド研究所は2016年に2030年までの主要国の不眠による経済損失について、経済成長率の予測を考慮に入れ、GDP比率で試算すると2025年には18兆円規模になるとしています。
AIなど先端技術を活用して、睡眠状態を見える化するなど睡眠の質を改善し高める「スリープテック」が注目されています。寝具や住宅、サプリメント、眼鏡、測定サービス、ツーリズム、風呂(サウナ含む)など幅の広い業種が関係し、経済圏に拡がりを見せています。国内の市場規模は2022年に60億円でしたが、26年には175億円に急成長を遂げると予測されています。健康経営が重視され、隠れ不眠や熟睡困難な社員の解消を求める企業が増加しています。新型コロナ禍を経て、就寝時間が遅くなり、テレワークなどによる運動不足で睡眠の質が低下している恐れもあります。
睡眠業界を盛り上げるために日本最大のスリープテック異業種コミュニティーSleep Network Hub「ZAKONE」が2022年に設立され、2024年3月時点での参加企業は174社と急速に成長しました。主に、①商品・サービスの開発、②睡眠ノウハウ・情報の共有、③消費喚起イベントの開催などの活動を行っています。社員の睡眠時間が長い企業と短い企業では、企業の売上高経常利益率を比較すると明らかな差が生じるといった研究例もあります。経営陣には、「睡眠⇒休む⇒怠ける」と連想する従来の発想が根強く残っていて、正に発想の転換が求められています。また、通勤や通学にかかる時間が長いことも睡眠時間を低下させる要因のひとつでもあります。
不眠大国と呼ばれる日本。夜型の老若男女が多数存在します。経済成長を支えるためにも睡眠の質の向上を国家戦略のひとつに加えなければ、日本は永眠することになるでしょう。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。