花神
中国の古語で花咲か爺さんを「花神」というそうです。昔から、人知れず野山に花を咲かせる神様が「花神」です。1977年に放映されたNHKの大河ドラマ「花神」は歴史小説の泰斗、司馬遼太郎さんの幕末を描いた幾つかの小説を題材にまとめあげた青春群像劇です。
先般、萩へ旅行し思う存分、幕末の歴史の舞台を満喫してきました。萩の武家屋敷跡では桂小五郎や高杉晋作の生家、あるいは周布正之助の周布家跡、前原一誠らが起こした萩の乱の碑など見所満載でした。明治維新の原動力となった沢山の志士達を輩出した萩は、今では人口が減少し、私が訪れた際はインバウンド観光客も見当たらず、少々寂しい印象の城下町となっていました。
大河ドラマ「花神」は出演したのは名優ばかり、主演で大村益次郎を演じたのは中村梅之助さん、他にも吉田松陰を演じた篠田三郎さん、桂小五郎を演じた米倉斉加年さんなどまるで故人が乗り移ったかのような素晴らしい役回りと演技で放送が毎週楽しみでした。最も印象に残っているのは中村雅俊さん演じる高杉晋作。奇兵隊など諸隊を創設し、わずかな味方と共に功山寺で挙兵し長州藩内の保守派(俗論派)を排斥して藩の実権を握り、第2次長州征伐で事実上幕府に勝利し、維新を転回させてゆきます。その突破力と胆力、決断力には驚かされます。幕末という時代背景ももちろんありますが、武士であろうとも通常、人は保守的に生きがちであり、吉田松陰の教えが素晴らしく多大な影響を受けたにしろその行動力・才能は不世出のものです。先をよみ新しい日本の夜明けを願った高杉は明治維新を見ることなく29歳という若さで亡くなりました。
VUCAに生きる我々にとって、今こそその生き様を参考にし、日本再興につなげるべきだと考えます。
デフォルト効果
人間とは元来、保守的な生き物です。人が最初に選択されている設定をそのまま受け入れやすい心理傾向をデフォルト効果(default effect)と呼びます。何か選択肢がある場合、変更するメリットをよほど感じない限り、それを変えた際に起こり得る負担やトラブルを回避し、変更することを「安定の損失」と認識することで、最初の状態に留まるケースが多いとする心理現象を指します。
デフォルト効果は行動経済学や心理学における認知バイアスのひとつとして研究が進み注目されています。変化や未知のものを避けて現状維持を望む心理作用である現状維持バイアス(status quo bias)と類似していて、自分の所有するものに高い価値を感じ、それを手放すことに強い抵抗を感じる「保有効果(endowment effect)」とも似ています。利益を得る時の幸せよりも損失の痛みの方を大きく感じ、損失が大きいと判断した際に非合理的な感情で判断を行いやすいというプロスペクト理論の応用であり、心理的構成や質問提示によって意思決定が異なるフレーミング効果(framing effect)のひとつとも考えられます。
デフォルト効果は政府や企業等が、顧客の意思決定をできるだけ期待するものへと誘導する際の手法であるナッジ(nudge)として、広く活用も進んでいます。
デフォルトとは
改めて、最近様々な場面・分野で使用される頻度の高いデフォルト(default)のそれぞれの意味と使用法について確認してみましょう。
言葉を分解すると、「de」は意味を強める接頭語+「fault」は怠る、失敗する⇒(執行)しなければならないこと(=義務)を怠る、あるいは不履行する、という意味です。
新旧共に様々な場面で使われる言葉ですが、以下の4つが日常生活やビジネスシーンでしばしば出くわします。①「定番(普通)の」、「標準の」、日常生活では「当たり前」を言い換える言葉として使われます。②IT業界ではデフォルト=初期設定です。PCやスマホの製造元や開発者によってあらかじめ組み込まれた基本的な構成や動作といった設定状況を『デフォルト値(概定値)』といい標準的な設定を表す際に使われます。③金融業界では債務不履行といった状態を指します。借金や企業の債務など借りたお金を返せなくなってしまった状態を指し、約束通りに債務(=支払いの義務)を果たさないことです。加えて、「デフォルト宣言」とは公式に借り手が自身の債務に対する支払義務を果たせない状況を認めることです。国の「デフォルト宣言」はその国の国際的な信用を無くすだけでなく、行政サービスの停止や輸出入の停滞など国民生活にも大きな影響を与えてしまいます。➃スポーツの分野では不参加や棄権という意味になります。スポーツ選手にとっては、試合に出場して最後まで戦うことは義務です。試合の途中で棄権する⇒試合をする義務を怠る、というニュアンスから使用されるようになったようです。
心理的障壁を超えて
デフォルト効果は多様な人々を上手く扱い・操作するために、強力な効果を発揮します。
以下3つの例について取りあげます。①デフォルト設定は人の意思決定の操作がしやすい。オルガン・ドナー(臓器提供意思)登録制度において、オプトアウト(ドナーを提供したくない場合には自分で登録を解除する必要がある方式)を採用している国ではドナー登録率が高く、オプトイン(自分でドナーを登録しなければならない方式)を採用している国では登録率が低い傾向にあります。デフォルトでドナー登録されていると、そのまま登録を維持してしまうためです。②考えるのに手間がかかり面倒な程、デフォルト設定は効果的。日本の企業の多くは退職金を負担しますが、アメリカの多くの企業は新入社員が入社する際に401kプランに加入するように設定していて、殆どの社員は新入社員時の際に加入している状態をそのまま維持する傾向です。③原始的な本能に忠実に生きるのではなく、常に考えて生きる。現代は原始時代と異なり、安全・安心な環境にあり、多少のリスクをとって行動しても命を奪われることはありません。逆にリスクをとって行動した人こそ、新しい経験を積み重ね能力を高めて成功に近づく時代です。むしろ、原始的な本能である「デフォルト効果」、「現状維持バイアス」、「保有効果」を賢く利用することが成功の秘訣なのです。それら心理的障壁を突破することこそ幸せや成功を手に入れるための必要不可欠なスキルといえます。
一年の計は元旦にあり、といわれるよう新年を迎え、新しい計画を立てて挑むことは理性のある人間として大切です。同時に心理的障害を乗り越えるべく意識する必要もあります。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。