灰谷さんが扱うユーザー調査は3パターン
灰谷圭史(はいたに よしふみ)
京都大学教育学部卒。アンケートの調査設計から行動ログ分析まで、株式会社ヴァリューズのデータアナリストとして業界大手の旅行代理店、保険会社、食品メーカーなど幅広い分析案件を担当。
取材はヴァリューズオフィスの11F「Peak Bar」で行った
灰谷さんはマーケティングリサーチとコンサルティングの企業「ヴァリューズ」で、アンケートと行動ログデータの2つを用いた分析を行っています。
「ヴァリューズでは、クレディセゾンのネット会員でモニター登録に同意をいただいた、国内25万人規模の行動ログモニター会員による消費者パネルを活用しています。それを用いて人々のインターネット上の行動を分析すれば、例えば他社も含めた市場全体でオンラインのコンバージョンを見ることができる。ただ、ログだけでは分からないこともあります。例を挙げれば、店舗での購買といったオフライン行動は分かりません。また、ある商品を購入した理由についても、ログデータだけでは想像の域を出ない。そこで、本人が実際どう思っていたのかを、アンケートで聞いていきます」
その上で、自身の調査手法をこのようにまとめます。
「つまり、ユーザーのインターネット行動をアンケートの回答と絡めることで、行動とその理由を明らかにしてユーザーインサイトを理解する、というのが、僕の行っている分析のミッションとなります」
では、実際に灰谷さんが行う調査にはどういったものがあるのでしょうか? この点に関して、いままでに行った調査はおおまかに次の3つに分類されるそうです。
「1つ目は実態把握系です。これは戦略を決めるもっと前の段階で、まったくイメージがつかないのでまず実態を把握しよう、というときの調査です。サービスローンチ前フェーズでの調査もありますし、ローンチはしているもののユーザーニーズがいまいち掴みきれていない、というクライアントもいらっしゃったりします。実際にどんな人が使っているのかはっきり分からないという課題があるため、まずは実態把握からやりましょうか、みたいな話ですね」
「2つ目は購買検討プロセス系で、このタイプが数としては一番多いです。消費者の購買自体はオフライン、つまり店舗が多いのですが、一方で多くの人はオンライン上で情報収集をしています。じゃあ具体的にオンラインで何を見ているのかを、ログを使って調べていく。そしてアンケートを使って、結果何を買ったのかも尋ねていく。カスタマージャーニーを理解するための調査というイメージです。したがって、この調査からプロモーション施策決めに接続していくことが多いですね」
「3つ目はコンセプトチェック系。商品やサービスの戦略がある程度固まってきて、それがどういう人に刺さるのかを確かめたい、というときに行う調査です。実際にサービスの画面やイラストなどを当てて、ユーザーがどう反応するのかチェックします。タイミングとしては、サービスローンチ前やローンチしてすぐが多いですね」
ただ、この分類はあくまでも便宜的なものだそう。
「調査ではその他にも例えば、キャンペーン効果測定だったり、ブランド認知度やイメージ調査だったりもあります。クライアントによって知りたい点はそれぞれ異なるので、アンケートだけで分かるのか、ログも使った方がいいテーマなのかを個別に考えます。だから、調査は本当にそれぞれ色が違いますね」
調査で何が分かる?男性の「プレゼント」検討プロセスの例
では、調査の結果どのようなマーケティング上の示唆が得られるのでしょうか?
「おそらく具体的な事例があった方が分かりやすいですよね。先ほど3つの調査パターンがあるとお伝えしましたが、その中でも最も多い『購買検討プロセス系』の例を挙げてお話ししようと思います。最近行ったこのタイプの調査で面白かったものは、あるイベントに対する男性のプレゼント購買検討調査です。ただ、結局のところこのイベントでは大部分の男性は調べないというシンプルな結論になったのですが(笑)」
しかし、こうした単純な結論からもマーケティングの方向性をつかめると灰谷さんは言います。
「プレゼントを買うユーザーは、あらかじめネットで調べずに直接店舗に行って買う、というのが結論だったんですけど…。それはそれで、ネット上ではムダに細かく人を切って出し分けてもそんなに意味はないので、マスでばーんと行きましょうという『やらなくていいことを決めた』みたいな方向性に落ちました。それは結構大事で、なんでもやろうとするとリソースがかかっちゃうので、『ここはやらない』という決断も重要だと思います」
「やらない」というマーケティング戦略上の決定を導くためにも、調査は有用だと語る灰谷さん。ではこうした結論を導くために、どのようなプロセスを踏んで調査を進めていくのでしょうか。
「ステップは大きく分けて3段階あります。1つ目は調査目的を把握すること。まずはクライアントの意図を理解し、調査のゴールを設定します。目的を把握したら、次はそれを基に分析の対象者を決定し、アンケートを作成していきます。これで全体の枠組みが完了して、アンケート実施に入ることができる。そして、集計が完了したら最後にログデータと掛け合わせてデータの解釈を行います。こうした段階を経てデータからユーザーの理解をしていきます」
では実際の調査のステップはどのようなものなのでしょうか。
「これも『購買検討プロセス系』ですが、最近行ったものに保険の契約プロセスの調査があります。『オンラインで保険の契約をする人は、なぜオンラインで行うのか?』を調べました」
分析のステップとは?「保険契約」検討プロセスの事例
保険の契約プロセス調査の概要は次のようなものだったと語ります。
「このときのクライアントの目的は『インターネットでの保険の契約者を増やす』というものでした。保険の契約は他のチャネル、例えば店舗や電話などでもできます。そこで、インターネットで契約した人はなぜインターネットで行ったのか、店舗で契約した人はなぜ店舗なのかを理解し、オンラインでの契約完結に対するハードルを探します。そして、そのハードルを下げるための施策を導くことが最終的な目的でした。このように、調査を行う上ではまず最初に調査目的の把握から始めていきます」
調査目的を把握したら、「次はアンケートの設計をしていく」と灰谷さん。
「アンケートの設計では、対象者をどこに置くのかというのが大事になってきます。保険の契約に関して調べるといったときでも、対象者はいろいろ考えられるでしょう。例えば『これまで保険に入っていなかったが新しく保険に入った人』もいれば、『もともと保険に入っていて別の保険に変えた』という人もいますし、『同じ保険会社でただ更新しただけの人』もいます。このようにひとつのテーマでもいろいろな対象者がいるので、誰をターゲットにするかをしっかりと決めるのが大事です」
「で、そのあとのステップとして、対象者に何を聞いていくのかを考えていきます。これはクライアントの知りたい点をベースに決めますが、一番施策につながりやすいのは『なぜ』が分かることです。なので、そのあたりの設問を中心に組み立てていくことが多いですね」
では、保険契約の事例ではどのような対象者にどのような設問を用意したのでしょうか。
「今回の調査は、オンライン契約者とオフライン契約者の行動を比較して分析することが大枠です。そこで対象者としてはオンラインでの契約者のみに限定せずに、『直近の1年間で生命保険・がん保険・医療保険の3つのうちいずれかに契約した人』としました。また、ただ保険を更新しただけの人はここに含まないという設計にしています」
「アンケートの質問で今回のメインだったのは『どのチャネルで契約したのか』と『なぜそのチャネルで契約したのか』でした。この質問の意図は、上記の3つの対象者に対して、オフラインも含めた契約有無を知るためです。あとは追加で『途中で店舗に相談しに行ったかどうか』や『なぜその保険会社を選んだのか』を聞いていきました」
行動ログで見るのはユーザーの「訪問サイト」「検索キーワード」
アンケートを設計し実施したあとは、いよいよデータ分析のステップに。アンケートの回答とインターネット行動ログデータとを掛け合わせていきます。ただ、アンケートは一般的にも馴染み深いですが、ネット行動ログで取れるデータについてはあまり知られていません。これはどのようなデータなのでしょうか? 灰谷さんはこう語ります。
「ログデータで見るのは『ユーザーはどんなページを見ているか』という点と、『どんなキーワードで検索するのか』という点がメインとなります。特に検索キーワードは重要で、なぜなら能動的なデータだからです。サイトだとぼーっとただただ見ているとか、スマホでは間違えて押しちゃうみたいなのもあると思うんですけど、検索に関しては自分からそれを知りたくて検索している。だから人の興味関心が現れやすいなというのはありますね。『ユーザーはこんなことに興味があるんじゃないか』と推測できれば、そこからリスティング広告などの具体的な施策につなげていくこともできます」
行動ログの特徴やメリットと、アンケートのそれの違いについては次のように整理しています。
「アンケートで分かるのは、『ブランドの認知』や『オフラインの購買』、『どこで買ったのかとその理由』『価値観』など。一方で、アンケートではユーザーが覚えていないことは答えられません。『あなたが半年前保険を契約していたとき、どのような検索をしましたか』などという質問に普通の人は答えられないですよね(笑)。そこで、アンケートデータとログデータの使い分け方を示したのが次の資料です」
「アンケートではユーザーの意識できる『認知』といった項目を聞き、ログでは無意識的な行動を捉える。このように使い分けることが効果的な分析につながります」
では、「保険契約」の事例ではどのようにデータの解釈を行ったのかを聞いていきましょう。
「今回の場合は、検討初期・中期のような区切り方をして、何ヶ月前はこういうことに興味・関心を持っていて…といった、時期ごとの特徴を知りたいという意図がクライアントにありました。そこで閲覧時期に注目した上で、タイトルに『保険』が入っているコンテンツや保険関連のサイトを見ていくという感じでしたね」
「具体的な観点としては、見ているサイトは『人気保険ランキング』といったランキング系のサイトなのか、保険の詳しいオプションを説明しているサイトを見ているのか。また、アフィリエイト系のサイトではなく企業の公式サイトに見に行っているのか、などなど。このように、サイトやコンテンツの内容からユーザーの意図を推測していきます」
ユーザーがサイトを訪問した時期と、そのコンテンツ内容をログで見ていく。さらにアンケートでは「どのチャネルで契約したか」「なぜそのチャネルで契約したか」といった、オフラインも含む行動や理由を聞く。これらをすべて合わせて検討初期から契約までの検討プロセスを可視化する、という流れです。
「見ていくと、例えばずっと同じ会社のことしか調べていないという人や、最初に『人気保険ランキング』のコンテンツに流入して、たぶん上位にランクインしていた保険会社だったんでしょうが、急にある会社を調べ始めるみたいな人もいたりして。ということは、『ランキング上位に表示されていることは大事なようだ』という解釈ができたりします。ほかには、ネットで最後に契約した人でも、電話や『ほけんの窓口』といった対人系の説明を検討途中で受けているということが明らかになりました」
灰谷さんが思う「理想的な調査」とは?
ここまで、アンケートと行動ログを用いた分析の方法について、保険契約の検討プロセス調査を例に灰谷さんに語っていただきました。この事例は検討プロセス系ですが、そのほかにも調査はいろいろあると言います。では、灰谷さんが考える「これが一番理想的だ」と思われる調査といったものはあるのでしょうか?
「そうですね…。理想的な調査と言うと、やはり調査とは目的があって調べるものなので、知りたいこと次第なのではないでしょうか。あまり仮説が分からないというときは、定性調査を行うとマーケティングにおける仮説が生まれてくるということがあります。なので仮説がないタイミングであれば定性調査の方がよいかもしれません。一方で、仮説もそれなりにある上で、結局どの施策を打とうか悩んでいるんです、みたいな状況であれば、ボリュームを把握するための定量調査を行って、ここがよさそうという決断をすべきだと思います」
その上で、灰谷さんはこう語ります。
「調査として最もきれいなのは次のような流れでしょう。まず、ターゲットの仮説がない場合はいったん定性調査という形で仮説をざざっと複数出す。そして次は定量調査で、対象者の実際のボリュームを確認する。これでターゲットのサイズがある程度分かってきます。その上でさらに狙いたい層に向けて定性調査を行って深掘りし、具体的な施策に落としていく。このように順を追ってやっていくのが理想的な調査だと思います」
マーケティング課題のフェーズによって、行うべき調査は違ってくる。だからこそアンケートと行動ログの2つのデータをうまく組み合わせて、それぞれの課題を解決するための情報を得る必要があるのでしょう。
「ここまで調査の方法について詳しくお話ししてきて、『調査はなんか複雑だな』と思われたかもしれません。ただ、このように深くまで行わずとも効果はあります。例えば身近な人にヒアリングするだけでも仮説が生まれたりしますし、まずは聞いてみようというところから始めてみてもよいと思います。」
マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。