【良書推薦】顧客起点の価値提供とは?「電力マーケティング」著者から学ぶ本質

【良書推薦】顧客起点の価値提供とは?「電力マーケティング」著者から学ぶ本質

電力会社におけるマーケティングとは、どのような意義、目的があるのでしょうか。 東京電力で20年に渡りマーケティングを推進されてきた高橋徹氏は、書籍「電力マーケティング~その本質と未来~」(日本電気協会新聞部)の中で、無形かつ差別化できない商材だからこそ顧客接点の現場が大事と伝えています。高橋氏へのインタビューを通じて、その本質を伺いました。 電力という身近な商材を通じて、マーケティングを体系的に理解することもできる良書です。


紹介書籍「電力マーケティング~その本質と未来~」

紹介書籍「電力マーケティング~その本質と未来~」

構想20年。電力マーケティングの本質を書籍化

――まずご経歴や現在のお仕事について、教えていただけますか。

東京電力エナジーパートナー株式会社 高橋徹氏(以下、高橋):はい。大学のサークル活動で学生にアルバイトを斡旋していた経験からコンサルティング会社に入社して、新規部門として人材派遣事業にチャレンジしました。そこから1995年に東京電力へ転職し、以来30年ほど同社で働いています。

主に営業系を長く担当していましたね。その後、プロモーションや調査、アライアンスも担当し、福島の震災後の賠償業務などにも2年程携わっていました。そして今はDX推進室の部署におります。

――東京電力の中でも、いろいろな部署を見てこられたんですね。

高橋:電力会社は、大きな構造でいうと発電部門と送配電部門、小売部門の3つに分かれています。入社当時は一体の会社でしたが、震災後に分社化されました。発電系の会社と、電柱や送電線などで電気を送り届ける送配電の会社、あとは営業・小売をする会社です。ホールディングスの下にその3つがある、という会社形態ですね。

私は今の事業形態でいう小売業務に長く携わってきて、今もエナジーパートナーという小売部門の会社にいます。

著者:東京電力エナジーパートナー株式会社 DX推進室 高橋徹氏

著者:東京電力エナジーパートナー株式会社 DX推進室 高橋徹氏

――今回、書籍を発行するに至った経緯や目的を教えていただけませんか。

高橋:私は20年近くにわたり、独学で電力業界のマーケティングについて学び、自分なりのノウハウを築いてきました。しかし、退職するとその知識や経験が失われてしまうことが懸念でした。

そこで、これまでの蓄積を社内だけでなく業界全体に共有することで、より多くの人々に役立ててもらえるのではないかと。この知見が必要としている誰かの助けになることを願い、個人として業界全体を対象に本を執筆・出版することを決意しました。

――以前から「いつか本を書きたい」と思っていらっしゃったんでしょうか。

高橋:書籍化には、実は20年の構想がありました。きっかけは楠木建氏のセミナーで、「戦略にはストーリーが必要」という考えに共感し、当時から自発的に内容をまとめていたんです。その時に描いた図や考え方の多くは、今回の書籍にも通じるもので、20年間ぶれることなく持ち続けてきた本質が詰まっています。近年のデジタル化に伴い、内容を補強しながら、ようやく形にすることができたと感じています。

また、書籍化以前から年に2回、社内で電力マーケティング研修を行っています。新入社員向けと公募型の研修です。人材育成グループが募集する公募型研修には毎回100~200人もの社員が参加しています。新入社員研修では、電力業界全体の構造を学んだ後にマーケティングの概論を伝える流れがあり、書籍の土台にもなりました。

――20年経っても変わらない本質があるということですね。

高橋:ありますね。手前みそではあるのですが、以前、私はテレビ番組で「変革者」や「企業風土改革する異端児」として取り上げられることがありまして。ただ、実際には「変わらないこと」の方が重要だと当時から感じていました。

何が大事かを知るためには、まず変えてみることが必要で、その過程で「変えてはいけないこと」を見つけることが大切だと思っています。日本文化や家族の大切さなども、失って初めて気づくもので、イノベーションはその「変えないこと」を見極めるための手段だと考えています。

顧客接点の現場こそが価値提供の本丸

――この書籍で伝えたかったメッセージはどんなことでしょうか。

高橋:電力はどの会社が供給しても品質に差がないため、商品自体では差別化が難しいという特性があります。その中で各社が競うのは、営業活動や顧客対応といった接点の部分です。

本書では、こうした業界構造を踏まえた上で、顧客にどのように価値を届けるかを考える重要性を伝えたいと考えました。本書で伝えたかったことは、「価値は製品にあらかじめ備わっているのではなく、顧客との接点の場で初めて生まれるものだ」という考え方です。

要は「顧客価値を提供する」ことが企業の一番大事な目的ということです。そして顧客価値は事後的に発生するので、「顧客接点現場こそが価値提供の本丸なんだよ」というメッセージを伝えたいと考え、書き上げました。

著者:東京電力エナジーパートナー株式会社 DX推進室 高橋徹氏

著者:東京電力エナジーパートナー株式会社 DX推進室 高橋徹氏

――この書籍をどんな人に読んでほしいと考えていらっしゃいますか。

高橋:やはり一番は、小売部門のような顧客接点を担っている部署のリーダークラスの方に読んでもらいたいですね。

顧客接点の現場は疲弊することも多くて。電力会社の場合、クレームも多かったりします。でも「そのあなたたちこそが価値を作っていて、中心、本丸なのだ」と伝えたい。リーダークラスの人は、特にこういうことをちゃんと分かった上で仕事をする、胸を張って仕事をしてほしいという気持ちが強くあります。

また、電力会社と関わるコンサルタントや広告代理店、ベンダーの方々にもぜひ読んでもらえればと考えています。本書は現場から抽出した知見を概念化・構造化したものであり、そのままではすぐに実務に使えるものではありませんが、本質を捉えていると思います。

外部パートナーがこの考え方を理解し、現場を知る社員と対話しながら具体化・実装していくことで、より良い連携が生まれることを期待しています。

図解:電力マーケティング3つの特徴(書籍P23より引用)

図解:電力マーケティング3つの特徴(書籍P23より引用)

電力会社であっても感動を与える側へ

――出版後、どんな反響があったでしょうか。

高橋:知人や友人から「おめでとう」という声をたくさんもらいました。また特に嬉しかったのは、新電力会社から勉強会の講師依頼を受けたことです。東京電力とは顧客を競う立場にある会社ですが、そうしたライバル的な関係の中でも、本の内容が評価され、学びたいと思ってもらえたことが嬉しかったです。

というのは、旧一般電気事業者(旧一電)は東京電力や関西電力など地域独占の電力会社、新電力は電力自由化後に参入した新しい事業者を指しますが、本書は旧一電目線で書いた内容でした。が、意外にも新電力の方から「感動しました」と反響をいただいて。内容を深く読み込んだ上での丁寧な質問や意見をいただきました。

またその対話を通じて、私は東電しか知らなかったんですが、他社の話を聞く中で「東電では難しいことを簡単にやっている」「逆に苦労している」など、会社ごとの違いが見えてきて、とても勉強になりました。

――今後どんな仕事や活動をしていきたいか伺えますか。

高橋:勉強会の講師として、電力会社、またそれ以外の会社も含めて、関係者と議論を交えた実践的な学びの場をつくっていければいいなと考えています。

勉強会を行う際は、各社の課題を丁寧にヒアリングし、何に焦点を当てるかを一緒に考えた上で、内容を構成するプロセスがとても重要です。そうしてつくったものを現場で届け、参加者の反応を受けてさらに深めていきたい。

これまで「くらしTEPCO web」などのプロジェクトでも、この本で紹介している考え方を活かして成果を出すことができたので、今後はそれをさまざまな業界や会社で応用し、より多くの実践例として形にしていけたらと思っています。

――経験されたことを活かして、また次に繋げていきたい、ということですね。

高橋:はい。本書では全体を一度体系化した上で、私は「ここにフォーカスしています」とお伝えしているつもりですが、マーケティングにはそれ以外の要素もたくさんあります。そうしたパーツがさらに埋まり、私以外の専門家の知見も加わって体系がより分厚くなっていくと、とても嬉しいなと考えています。

――電力は生活に不可欠で、特別な営業をしなくても使われる商材とのお話しでした。改めて、電力会社の方々がマーケティングを学ぶ意義や必要性は、どこにあると考えていらっしゃるか伺えますか。

高橋:電力会社は電気を商材として扱っており、その商品価値は非常に高いと感じています。電気は社会のライフラインであり、私たちの生活に欠かせない存在です。特に停電が発生すると命に関わることもあるため、電力会社は電気を確実に届けるという責任が求められます。この価値の高さから、顧客は「使ってください」と言われなくても自然に電気を使いますし、環境への配慮から自社商品(電気)を「使わないで」と言うこともある珍しい会社です。

こういった「確実に届ける」という面も重要ですが、やはり企業は価値を作ることが大事です。あくまでも「電気を届けること」は手段であり、最終的な目的は「顧客に価値を提供すること」なんです。

けれど電力会社では商材特性もあって、一番大事なことを見失いがちです。顧客接点を持つ小売部門は結構大変なことも多い。例えば、停電すると怒られるとか。そういったマイナスをゼロにするのももちろん大切ですが、やり方によっては感動を生み出す領域に行くこともできるんじゃないかと私は思っています。そういうゼロからプラス側の感動を与える電力会社ができたらいいなと思いますし、でき得るとも思っています。

そのヒントをくれるのがマーケティングなので、電力会社の人もそこに気づいてほしい。だからこそ、学ぶ意義があると考えています。

――私も「感動を作る」という働き方、仕事への価値の部分に強く共感しました。書籍では図解も多用されています。考えが整理され理解が深まりやすいと感じました。

高橋:20年前から構想していたこともありますし、電力マーケティングの構造図は書籍化する際に必要と思って、書き加えたものになります。

図解:電力マーケティングにおけるプロセスまとめ(書籍P20より引用)

図解:電力マーケティングにおけるプロセスまとめ(書籍P20より引用)

ーーまた書籍には各章の終わりにコラムも掲載されていますね。

高橋:はい。本文では現代の話、コラムは過去の話で構成されています。現在と過去を行き来する構成が、最終章で「現在と過去から見て、変わらないものが大事」と繋がっていくストーリーになっているんですよね。

また電力会社にはマーケティングに初めて触れる人も多いので、理論よりもコラムの方が入りやすい場合もあります。1章から8章のコラムを読んで、最後に最終章を読むと一つの流れにもなっているので、そういった読み方もできると思っています。

――いろいろな読み方ができ、長く付き合っていく本だと感じました。本日はありがとうございました。

この記事のライター

大学卒業後、損害保険会社を経て、通販雑誌・ECサイトのMD、編集、事業企画に従事。その後独立して、国家資格キャリアコンサルタントを取得。自身のキャリアを通じて、一人一人のポテンシャルを引き出すことが組織の可能性に繋がることを実感したことから、現在はマーケティングとキャリア・人材を軸に、人と組織の可能性を最大化できるよう支援をしています。

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