中国における日本企業のデジタルマーケの動きとは
――昨今の中国における日本企業のマーケティングについて、どのような動きがみられるのでしょうか。ヴァリューズの子安さん、フルスピードの三島さんの双方の観点からお聞かせください。
ヴァリューズ 子安亜紀子(以下、子安):ヴァリューズでは日本企業の中国市場向けマーケティング・リサーチをサポートさせていただいていますが、中国向け調査のニーズは、コロナ以前はインバウンドと現地販売がおおよそ半々の状況でした。しかし、新型コロナの影響でインバウンド向けのマーケティング活動はほぼ止まってしまっている状況です。
そのため日本企業の越境ECの取り組みが増加。今年のW11(=ダブルイレブン、11月11日に行われる中国の年間最大のショッピングイベント)の伸びは凄まじいものもありましたが、こうした流れから、ヴァリューズでもECプロモーション戦略立案のための顧客分析・市場分析のご依頼を多くいただきました。
一方、中国市場のコロナ影響をデータで見ていくと……。これまでデジタル利用は20〜30代がメインでしたが、今では40代以降にも広がってきており、EC展開の上で幅広い層のターゲットが狙えるようになってきました。加えてライブコマースの流行などECの手法も多様化し、マーケットは次々と変化している。これがざっくりとした現況かと思います。
子安亜紀子 株式会社ヴァリューズ 執行役員
中国をはじめとした海外マーケティング・リサーチ事業を統括している
フルスピード 三島悠輔さん(以下、三島):もともと日本企業の中国でのプロモーションではKOL(=Key Opinion Leader、中国版インフルエンサーを指す)を活用する場合が多く、この状況は現在でもそこまで変わりません。しかし、KOL活用で解決できる問題は一部分。KOLは会議の場で代理店が提案したものを情報が少ないなかで決定することや実施するにあたってのKPI、実施後の検証などPDCAを回しにくい問題がありました。
マーケティングの基本ですが、ターゲットがどんな方でどんなインサイトを持っているかを理解した上でのプランニングが必要と考えています。そこで、2018年頃からフルスピードはヴァリューズさんと共同で、中国市場の調査に基づいたターゲティング設定とプロモーションのサイクルを提供する取り組みを行ってきました。
三島悠輔さん 株式会社フルスピード マーケティングコンサルティング事業部 事業部長
2012年から中国市場におけるインターネット広告事業を展開する同社にて、海外事業全般の統括に携わる
商品企画も今後はデジタルを避けて通れない
――中国市場攻略におけるデータ利活用の進展が見られる中で、商品企画や開発はどのように変わってきているのでしょうか? パナソニックの西岡さんの視点をお聞かせください。
パナソニック 西岡裕章さん(以下、西岡):中国および日本ではここ10年でEC市場が急成長し、2020年はコロナの影響でさらに加速しました。メーカーではこれまでリアル販売を想定した商品企画を行ってきましたが、消費者の購買行動自体が変わってきています。ECだと消費者は限られたページしか見ず、商品ページを訪問してようやく情報を見てもらえる。そこで、ターゲティングが重要になってきます。
一方で、商品企画側がなぜデジタルマーケティングのことを考える必要があるのか、と思う方もいるかもしれません。しかし、商品企画の担当者も今後はデジタルマーケの世界を避けては通れないでしょう。逆にデジタルを上手に活用できれば、今までよりも確実に顧客に寄り添った企画ができると思います。
西岡裕章さん パナソニック株式会社 アプライアンス社 ビューティ・パーソナルケア事業部 商品企画部 企画課 課長
同社にてドライヤーや電気シェーバー、マッサージ機などの美容健康商品の商品企画に携わる
――商品企画とデジタルマーケティングの橋渡しとしてはどんな点がポイントとなってくるのでしょうか?
三島:プロモーションや調査の検証データを商品企画に反映させるのがポイントかと思います。先ほどの話ともつながってくるのですが、ターゲティングを定めてプロモーションを行い、PDCAサイクルを回し続けるのがもっとも普遍的、かつ効果的な施策です。このサイクルにおいてプロモーションの効率化にとどまらず、商品企画にまで検証結果をフィードバックすることが重要でしょう。
子安:健康系の商品を例に挙げると、消費者は何らかの悩みを解決するためにその商品を使います。ただ、中国展開の際に日本向けの商品をそのまま持っていっていいのか。中国の消費者の悩みを事前に調べつつ、企画から作り込むのが重要でしょう。また、コミュニケーションにおいても同じメッセージが刺さるのか、実は意外なメッセージが刺さるのかなど、仮説のチューニングにも使える。ブランドのメッセージ変更にもつなげられるなど射程は広いです。
西岡:その通りですね。消費者はまず悩みから検索します。だから検索結果に自社の商品が紐付けばシームレスに購買までたどり着く。このような意図のもと、中国展開においても事前調査をし、ターゲット顧客の悩みや購買行動の仮説を立ててマーケティングに落とし込むべきです。
実際に調査してみると想定どおりの結果もありますが、想定外の気づきもある。例えば似たような2つのキーワードがあったとき、ほぼ同じ意味に見えても消費者からみると違った意味をもっていたりします。その違いを調べていくと消費者の心理やニーズが見えてくるので、さらにその仮説をもう一度データで調査する。調査→プロモーションでのデータ分析→また調査、と続けることで相乗効果を生み出すことができます。
子安:データ分析を受けて、具体的にはどんなプロモーション施策の改善が考えられますか?
西岡:消費者が検索していたキーワードをもとにLP(ランディングページ)の文言を変える、といった施策はすぐにでも実行可能でしょう。あとは、Baiduなど検索エンジンのリスティング広告かプラットフォーム上のインフィード広告なのか、配信方法ごとに消費者の反応が異なったりすれば、効果の高いチャネルに絞る等の施策も考えられます。
中国No.2のECモール「京東商城(ジンドンしょうじょう、JD.com)」のTop画像。多くの日本企業も越境ECの取り組みとしてW11に照準を合わせた
Plan、Checkのためのデータ取得方法をデザインすべき
――デジタルマーケティングで活用するためのデータはどのように集めればよいのでしょうか? 収集や利用におけるポイントなどを教えていただけますか。
子安:PDCAにおける「Plan」と「Check」のデータをどこからどのように取ってくるかがポイントと捉えています。プランニングではアンケートやWeb行動ログ等でリサーチを行い、外部からデータを取得して仮説を作るやり方が一般的。悩み商材であれば悩みを抱える消費者の声を聞いたり、自社ブランドと競合ブランドを消費者はどう使っているのか、市場を把握したりする取り組みです。一方、「Check」部分はプロモーション施策の検証データを収集するといった取り組みとなるでしょう。
三島:「Check」のためのデータ取得については、ショッピングモールのCVデータと広告データが紐付かないなど、ひと工夫が必要な場合も多いです。事前に数字をどう取るのか整理して進めるのが重要でしょう。例えば出稿期間や媒体ごとに前後比較して、どの施策やターゲットがもっとも効果的かを把握するやり方は有効です。
西岡:デジタルはお客様の顔が見えないと言われることもありますが、メーカーの立場でよく考えると、実はお客さんと直接つながっている状況です。だからこそデータを取って終わりではなく、きちんと分析して次につなげることが重要。そのために事前に知恵を絞り、データを宝物にできるかできないかで長期的な結果は大きく変わっていくと思います。
一方で、ファーストステップの「Plan」で市場調査を活かして商品を企画したとしても、あまり売れなかったという事態はよく起こります。調査もうまく設計しないと消費者の的を射ることができない。しかし、購買シーンでの消費者の反応をデータで見ることができれば、精度はぐんと上がるのではないでしょうか。このことも、デジタルにおいて調査×マーケティングをセットで考えるべき理由です。
対談の様子。取材はオンラインにて行われた
――では最後に、越境ECや中国でのデジタルマーケに悩まれている方へのメッセージをお願いできますでしょうか。
子安:中国市場でのマーケティング活動といっても同じマーケティングで、特に考え方が違うわけではありません。また、デジタルマーケであれば、取得したデータを使ってブラッシュアップすれば効果を改善できるはずで、本質的には一緒です。文化が違う、デジタル先進国で多くの新手法がある、海を越えた先の国でよくわからない…と尻込みするかもしれませんが、基本の考え方はぶらさず行えば良いと思います。
三島:私は事前調査を丁寧に行うのが大事だと思っています。多くの場面でKOLを活用すれば売れるという商材売りのような動きになってしまうケースが見られますが、事前に中国消費者がどんなインサイトを持っているのかを理解をした上でプロモーション設計を考える必要があると考えています。中国人消費者の興味関心や競合の視点をインプットし、まずロードマップを描くべきでしょう。
また、調査はリサーチ会社を利用した有料だけのものではなく、中国人のスタッフに感想や概況を聞いたりすることや、中国のSNS上・モール側でどれくらい売れているのか?という観点もありますし、実際中国の商品を取り寄せて使ってみるだけでもリアル感が湧き、想像と全然違った発見は多くあると思います。
最初はスモールに始めていき、その後ヴァリューズ様のような会社と連携しながら調査を行いプロモーションにつなげていくのがよいかと考えています。
西岡:メーカーの商品企画という立場で考えると、一昔前だとターゲティングをしてプロモーションするにはけっこうな労力がかかっていました。でも、デジタルマーケティングは気軽な気持ちでスモールに行えるのが良いところだと思っています。まずは身構えずに飛び込んでみて、取り組みを続けるなかでサイクルを回して効果を改善していくのが良いのではないでしょうか。
取材協力:パナソニック株式会社、株式会社フルスピード
マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。