イノベーター理論の「キャズム」をあらためておさらい
こんにちは。データマーケティングの会社・ヴァリューズでリサーチャーを務めている古田と申します。
株式会社ヴァリューズ リサーチャー 古田 美穂(ふるた みほ)
岡山県出身、東京大学工学部卒業。1998年生まれ、Z世代のリサーチャー。2021年にヴァリューズへ新卒入社。
市場には日々新しい製品やサービスが生まれています。それらを世の中に普及させるためには、アーリーアダプターの心を掴むことが重要だと言われています。これは、スタンフォード大学のエレビット・M・ロジャース教授が提唱した「イノベーター理論」に基づいています。イノベーター理論では、商品普及の過程を5つの層に分類しており、マーケティング戦略や市場のライフサイクルを検討する材料として活用されています。
対して、5つの層のうち、アーリーアダプターからアーリーマジョリティに到達するには大きな溝(キャズム)があるとする「キャズム理論」も有名です。マーケターであれば、理解しておきたい概念の一つでしょう。
キャズムの図(編集部作成)
そこで今回は、アーリーアダプターとアーリーマジョリティ・その間に潜むキャズムに着目すべく、「マリトッツォ」をお題としました。
マリトッツォは2021年に大ブームを巻き起こしたスイーツですが、最近はブームが去ったように感じている方も多いのではないでしょうか。実際に、ヴァリューズが提供するWeb行動ログ分析ツール「Dockpit(ドックピット)」を用いて「マリトッツォ」の検索者数の推移を確認すると、2021年6月をピークにマリトッツォから人々の関心が遠のいている様子が伺えます。
「マリトッツォ」の検索者数推移
(集計期間:2021年1月~2022年4月、デバイス:PC&スマートフォン)
加えて、検索者数推移のグラフは、イノベーター理論において商品普及の過程を示したグラフと非常に似た波形をしていることも分かります。そこで、マリトッツォにいつ興味を持ち検索したのか、その検索行動に基づき食のアーリーアダプターとアーリーマジョリティを定義しました。
そして各セグメントのマリトッツォの検索行動と人となりについて、Web行動ログとアンケートデータを用いて比較分析することで、マリトッツォがキャズムを超えられた要因を考察していきます。
食のアーリーアダプター・アーリーマジョリティを定義
まずはWeb行動ログを用いて、食のアーリーアダプター・アーリーマジョリティを定義します。定義方法は以下の通りです。
1. | 2021年1月~11月の間に「マリトッツォ」(※) を含むワードで1度でも検索したユーザーを抽出 (※)「マリトッツォ」の表記揺れ(「マリトッツオ」「マトリッツォ」「マリトっツォ」)も対象とする |
2. | ユーザーごとに該当の検索行動を初めて行った時期を特定 |
3. | 初めて検索した月別に5セグメントに分ける。 (一般的に定義された5セグメントの構成比に最も近づく形で決定) |
対象期間内に「マリトッツォ」を初めて検索したユーザー数は、以下の通りになりました。
このように定義した5セグメントの中で、特にアーリーアダプターとアーリーマジョリティに着目しながら、検索行動及び人となりの比較分析を行っていきます。
前提として、各セグメントの性年代別属性を確認しておきましょう。
マリトッツォ検索者全体で男性より女性が多くなっていますが、中でもイノベーターに近いほど女性の割合が高くなっていることが分かりました。
検索行動の違いは?アーリーアダプターは「レシピ」が多い
■「マリトッツォ」と一緒に検索したワード
次の表は、「マリトッツォ」と一緒に(繋げて/掛け合わせて)多く検索されたワードを、セグメントごとに表したものです。(例えばワード「レシピ」と一緒の検索としては、「マリトッツォ レシピ」「レシピ マリトッツォ」「マリトッツォレシピ」等が挙げられます。)
各セグメントユーザー数を母数としたときの各ワード検索者数の割合が大きい順にランキングされています。
アーリーアダプターまでは「レシピ」と一緒の検索が最も多く行われていましたが、キャズムを超えると「とは」と一緒の検索が上回っています。また、「コンビニ」「ヤマザキ」など販売場所のワードも上位にランクインしており、一斉に各所で販売が始まりトレンドになった様子が伺えます。
■「マリトッツォ」を含むワードの検索における流入サイト
次の表は、「マリトッツォ」を含むワードで検索した後最初に多く流入したサイトを、セグメントごとに表したものです。各セグメントユーザー数を母数としたときの各サイト流入者数の割合が大きい順にランキングされています。
流入サイトの結果からは、上述の「一緒に検索されたワード」との繋がりが見えてきます。
アーリーアダプターまでは、「macaroni」「cookpad」 など食・レシピメディアへの流入が多く、ワード「レシピ」検索との繋がりが伺えます。一方、キャズムを超えると「Yahoo!ニュース」「wikipedia」が上位となり、ワード「とは」検索との繋がりが伺えます。
アーリーアダプターは「マリトッツォを作ってみよう」とレシピを知りたい意図での検索行動が多い一方で、アーリーマジョリティは「最近見るマリトッツォって何だろう・どこで買えるだろう」という意図での検索行動が多いと考えられますね。
テレビやインスタの視聴時間はアーリーアダプターの方が多い
続いて、アーリーアダプター・アーリーマジョリティの人となりの違いを深掘りしてみましょう。ここからはWEBログデータに加え、2021年8月実施のアンケートデータとセグメントを紐づけることで、行動×意識の両面から分析していきます。
■メディア・アプリ利用時間
次の表は、各メディアの視聴時間や各アプリの利用時間を選択式でアンケート聴取し、回答分布を各セグメントごとに表したものです。セグメント間での違いが特に大きく見られた、3項目(テレビ・Instagram・動画アプリ)を抜粋して結果を示しています。
テレビ・Instagram・動画アプリについては、いずれもアーリーマジョリティよりアーリーアダプターの方が利用率が高い結果となっています。特にInstagramでは、10pt以上利用率に違いがありました。
では、ブラウザでのネット行動時間はどうでしょうか。
次のグラフは、2022年3月のWeb行動ログデータからユーザーがPCブラウザを利用している時間・その長さを抽出し、各セグメントごとに平日の時間帯別利用時間を推移として表したものです。
PCブラウザにおけるネット行動に関しては、アーリーアダプターよりアーリーマジョリティの方が行動時間が多い結果となっています。
これらのメディア・アプリ利用及びブラウザ利用の結果から、以下のようなアーリーアダプターとアーリーマジョリティの「新しい情報との接点」の違いが考察できました。
食のアーリーアダプターは料理やパソコンなど興味分野が幅広い
次のグラフは、ユーザーが興味・関心を持っている項目を選択式でアンケート聴取し、その回答結果を基にセグメントごとの特徴を表す形でマッピングしたものです。
縦軸は各セグメントの回答率を表しており、上に行くほど回答人数が多い、つまり興味があると答えたユーザーのボリュームが大きいということです。横軸は特徴値(各セグメントの回答率 – マリトッツォ検索者全体の回答率)を表しており、右に行くほど各セグメントの特徴が強く出ていると捉えられます。
▼アーリーアダプターの興味関心マップ
▼アーリーマジョリティの興味関心マップ
アーリーアダプター・アーリーマジョリティのマップを比較すると、まず共通点として両者とも「グルメ、レストラン」への関心が特徴的に高い結果となっています。
一方、違いが見られる点として、アーリーアダプターで特徴的に関心が高くなっている「健康、医療、病気」や「料理」が、アーリーマジョリティではそれほど関心を持たれていません。
他にも、アーリーアダプターでは特徴的に関心の高い「パソコン」「読書・書籍」がアーリーマジョリティでは低い一方、「国内旅行」は逆の傾向といった違いも見られます。アーリーマジョリティの方がやや家の外に関心が向いているような印象を受けますね。
アーリーマジョリティの方が特徴的に食べログなどのグルメサイトを閲覧
次の表は、2022年3月のWeb行動ログデータからユーザーが普段閲覧しているサイトを抽出し、各セグメントの特徴的な閲覧サイトを表したものです。スコア(各セグメントの閲覧率 – マリトッツォ検索者全体の閲覧率)が大きい順にランキングされています。
▼アーリーアダプターのサイトランキング
▼アーリーマジョリティのサイトランキング
アーリーアダプター・アーリーマジョリティのサイトランキングを比較すると、両者とも「ぐるなび”」等のグルメサイトを特徴的に利用しています。一方で、アーリーアダプターのみ「kurashiru」「DELISH KITCHEN」とレシピサイトの利用も特徴的に見られました。興味関心の違いがWEB行動にも現れていると考えられるでしょう。
マリトッツォという食品の普及において、アーリーアダプターとアーリーマジョリティでの「食への関心の持ち方の違い」は大きなポイントであったと考えられます。両者ともグルメ好きではあるものの、アーリーアダプターは自炊も好む傾向、アーリーマジョリティはそれよりは外食や中食等の外のグルメを好む傾向と捉えられます。
食のアーリーアダプター・アーリーマジョリティの違いのまとめ
ここまで、マリトッツォ検索行動及び人となりという観点で、アーリーアダプターとアーリーマジョリティを比較してきました。その結果、この2セグメントにはいくつか違いが見られました。
まず、マリトッツォが食のアーリーアダプターに広まった要因はどう考えられるでしょうか。
食のアーリーアダプターは、テレビやInstagramからの情報発信を積極的に受け取る傾向・グルメ好きの中でも自炊にも関心が高い傾向が見られました。このことから、マリトッツォが目をひきやすい見た目かつシンプルな作りのスイーツであったことで、料理の1つとしてチャレンジしやすく広まったのではないかと考えられます。
続いて、マリトッツォが食のアーリーマジョリティに広まった要因、つまりキャズムを超えた要因はどう考えられるでしょうか。
食のアーリーマジョリティは、自らが気になった情報をブラウザで探しに行く傾向・グルメ好きの中でも外のグルメを好む傾向が見られました。このことから、マリトッツォがコンビニ等の身近な場所で同時期に購入可能になったことで、外食・中食グルメの1つとして手に取りやすく広まったのではないかと考察しました。
今回は、マリトッツォを題材に、Webログデータを利用して食のアーリーアダプター・アーリーマジョリティの定義を行いました。
従来のAsking調査では、アーリーアダプターかアーリーマジョリティかといったセグメント分けを、調査対象者自身の回答=意識に上っている行動によって定義するほかありませんでした。しかし、Web行動ログを用いたListening調査では、調査対象者が無意識に行う「実際の行動」から実態により近い形でセグメントを定義することが可能です。
加えて、今回のようにアンケートデータもクロスして分析することで、行動に隠れた人物像・心理的背景を深掘りすることができます。Web行動ログとアンケートを掛け合わせたセグメント分析にご興味をお持ち頂けましたら幸いです。
【調査概要】
・全国のモニター会員の協力により、ネット行動ログとアンケートにもとづき分析
・ログデータ集計対象期間(セグメント定義):2021年1月~11月
・ログデータ集計対象期間(人となり分析)::2022年3月
・アンケートデータ実査時期(人となり分析):2021年8月
※対象デバイス:PC
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「新しい情報との接点」の違い