ヴィーガンとは?
まず、ヴィーガンとは何なのでしょうか?
ヴィーガンとは、肉類や魚介類だけでなく卵や乳製品、はちみつ、ゼラチンなどの動物由来の食品をいっさい口にしない、完全菜食主義者のことです。
ヴィーガンは、よくベジタリアンと間違われます。ベジタリアンは、肉や魚介類などの動物由来の食品を避けますが、完全に摂取しないというわけではありません。ヴィーガンは肉や魚介類に加え、牛乳、卵、はちみつなど動物に由来する食品を一切避け、より制限されたプラントベース(植物由来)の食生活を実践しています。ヴィーガンの多くが実践するのは食事面のみですが、なかにはライフスタイルにまでヴィーガンを実践する人もいます。そういった人たちは、ウールや革を使った衣類、羽毛を使った枕など、動物由来の素材でできた製品を使いません。
さてヴィーガンの人気は、ここ数年で高まっています。2016年にはアメリカ人のヴィーガンはわずか0.5%でしたが、2023年にはアメリカ人口の6%、およそ2,000万人がヴィーガンになると予測されています。
なぜ、人々はヴィーガンになるのか?
ヴィーガンが海外で盛り上がっている理由のひとつは、SNSです。SNSは、多くの人がヴィーガン・ライフスタイルを知るきっかけとなり、大きな役割を果たしています。ハッシュタグ「#vegan」は、Instagramで1億2700万件以上の投稿があります(2023年6月9日現在)。
歌手・俳優のアリアナ・グランデやマイリー・サイラスといった有名人たちは、ヴィーガニズムの主張者であり、SNSを利用してファンやフォロワーにヴィーガニズムを啓蒙しています。
ほかにも、水族館で「働く」動物たちの非倫理的・非道徳的な扱いを描いたドキュメンタリー映画『ブラックフィッシュ』や、畜産が自然環境に与える悪影響と森林破壊や気候変動の問題を取り上げた映画『Cowspiracy: サステイナビリティ(持続可能性)の秘密』などの映画は、自分たちの習慣が生態系にどのような影響を与えているか、一般の人々が知るきっかけとなりました。
その結果、近年、世界中で「ヴィーガン」のGoogle検索数が増加しています。ヴィーガンに関連する検索を見ると、ヴィーガンとは何か、ヴィーガンがサステナビリティにどのように貢献するのか、ヴィーガン食品の摂取が気候変動にどのように影響するのか、といった情報を求めていることがわかります。実際、畜産業は気候変動に影響を与えるメタンガスを大量に発生させていることが検索結果からわかります。
気候変動をめぐる報道に注目が集まる中、持続可能性や、食が地球に与える影響への意識の高まりが、ヴィーガンになるかどうかを検討する上で大きな役割を果たしたと言えるでしょう。
その他、宗教上の食事制限、健康や体重管理、動物福祉などの個人的な理由もヴィーガンとなる理由となっています。
2019年のニールセンの調査では、アメリカ人の62%が環境への配慮のために肉の消費量を減らすことを望んでいることが明らかになりました。肉の消費量を減らすことに興味があると答えた人の49%が、健康上の理由と答えています。
ヴィーガン市場のポテンシャルと海外の事例
ヴィーガン食品のグローバル市場規模は、2020年に233.1億米ドルでしたが、2028年には613.5億米ドルに成長すると予測されています。さまざまな業界がこのトレンドを認識し、世間の需要に対応し、ビジネスに反映しています。ヴィーガンのライフスタイルに転換する人が増えている今、ヴィーガン客向けのサービスの価値が高まっています。海外ではどのようにヴィーガン客を受け入れているのでしょうか。
■飲食店
ヴィーガンのメニューが多いことで知られるイギリスでは、ベーカリーチェーンの「Greggs」が、「ヴィーガンソーセージロール」や「ヴィーガンメキシカンチキンフリーベイク」といったヴィーガンメニューを数多く揃えています。イギリス、オーストラリア、オランダなどの「マクドナルド」では、「McPlant (マクプラント)」と呼ばれる植物性バーガーを販売しています。アメリカのチャイニーズレストラン「Panda Express (パンダエクスプレス) 」や「KFC (ケンタッキー)」 など多くの大手レストランは、植物由来のフェイクミート(代替肉)を扱う「Beyond Meat」と協力し、人気メニューのヴィーガン代替品を提供しています。
■食料品
ヴィーガン食品の世界市場は2025年までに83億米ドルに達すると予想されています。フェイクミートメーカーである「Beyond Meat」と「Impossible Foods」は、この市場で成長中です。世界最大のヨーグルトブランド「Yoplait」は、ココナッツクリームを使用し乳製品を含まないヨーグルトを開発しました。アイスクリームメーカーの「Ben & Jerry's」は、アーモンドミルクとひまわりバターを使い、通常のアイスクリームのクリーミーな質感を再現したヴィーガンアイスを提供しています。このように、食料品店でもヴィーガンの商品が増えてきています。
ヴィーガンが旅行に求めること
さて旅行に関してはどうでしょうか。ヴィーガンのニーズを理解するうえでまず覚えておきたいのが、「論理的な消費(エシカル消費)」と「社会的責任」という概念です。
■倫理的な消費(エシカル消費)
ヴィーガンは、肉の消費習慣の結果、環境に悪影響を及ぼす可能性があることを認識しています。2020年の調査では、世界中の5,700人の回答者のうち76%が、食材が倫理的・環境的に調達されているかどうかが食材の選択に影響を与えると答えています。持続可能なライフスタイルや倫理的消費に対する関心の高まりが反映されているといえます。彼らは日々の生活の中で、間接的に貴重な天然資源を枯渇させたり動物に危害を加えたりといった、環境に影響する行動を避けることを意識しているようです。
そうなると、ヴィーガンには常に倫理的な代替案が必要となります。旅行も同様です。一般的な旅行では、観光客が地元の人々に負担をかけて目的地を楽しむことがよくあります。対してヴィーガンは、サステナブルな方法で、現地の環境や天然資源を尊重した、責任ある旅をしたいと考えているのです。
■社会的責任
サステナブルな旅行は、社会的責任や地域の発展を支援することと強く結びついています。彼らは、自分たちの活動や支出が地域経済に大きく貢献することを望んでいるのです。
ヴィーガンの旅行者は、動物に危害を加えず、地域社会に利益をもたらす方法で消費し、現地のプラントベースの料理や文化を楽しめるプランを求めています。
ヴィーガン旅行者はロイヤリティが高いリピート客
過去10年間で、ヴィーガンツーリズムの需要は4倍に増加し、旅行会社でも問い合わせが増加しています。写真や情報を共有するSNS「Pinterest」では、「ヴィーガンフードの旅行ガイド」の検索数が200%増加したことから、人々は旅行をスムーズに進めるために役立つ、「ヴィーガンフレンドリー」な旅行プランを探していることがうかがえます。
ヴィーガン市場は急速に拡大していますが、まだニッチとも言われる市場です。そのため自社のビジネスをヴィーガンに合わせることを躊躇する企業も少なくありません。しかし、ヴィーガンの顧客を理解し、その難しいニーズに対応することは、やりがいやメリットのあることです。ヴィーガンが利用できる商品やサービスは限られているため、一度利用したものは手放しにくいという事情があります。したがってヴィーガンはロイヤルカスタマーとなる可能性があります。実際に、ヴィーガンの旅行会社の顧客の7割~8割は、リピートカスタマーです。例えば、Tierno Toursという旅行会社では、以前はヨーロッパで通常のツアーしか提供していませんでした。しかしヴィーガンツアーに特化したVegan Travel Clubを立ち上げると、Vegan Travel Clubは旅行会社の収入の30%を占めるビジネスに成長しました。
Global Wellness Instituteの2021年のレポートによると、旅と健康を兼ねた旅行をする「ウェルネス旅行者」は、平均的な旅行者よりも平均35%多く消費活動を行っています。ヴィーガン旅行はウェルネス旅行と同じく高級市場に位置づけられており、ヴィーガンはそのようなオーダーメイドのサービスに対して、多くのお金を使う意思があります。言葉の壁があることや、植物性食品の選択肢が限られていることを考慮すると、自分で旅のプランを組むことが難しく、オーダーメイドのプランとなって代金も高くなってしまうためです。
ヴィーガンツーリズムの旅行代金の例として、ヴィーガンに特化したCPG Vegan Tripsの代金を挙げます。CPG Vegan Tripsでは、1回のヴィーガン向け旅行につき4,000米ドルから10,000米ドルを、10日間の日本旅行では1人あたり10,000米ドル以上の代金となっています。
ヴィーガンに対応すること=パーソナライゼーションを進めること
商品やサービスのパーソナライゼーションは、旅行やホスピタリティを含むさまざまな業界において、重要なマーケティング戦略です。企業は、旅行体験を通じてヴィーガンが直面する課題を理解し、対策を取ってシームレスな旅を実現させることが重要です。
ここではヴィーガンが旅行で直面する課題と、海外の対応事例をご紹介します。
■ヴィーガンフード探しは難しい
ヴィーガンにとって、旅行で最も困難なことのひとつは、適切な食事を見つけることです。旅行先にはヴィーガンレストランがないことも多く、ヴィーガンの旅行者は一日の大半を食事探しに費やすことになるかもしれません。事前にヴィーガンに配慮した旅のスケジュールを組むのは、時間とストレスがかかるものです。
ヴィーガンのお悩み例をいくつかご紹介します。
・ヴィーガンではないレストランに仕方がなく行くと、食べられるものがフライドポテトやサイドサラダに限定されたり、時には肉を食べないといけなくなったりすること
・一見ヴィーガンに見えるメニューの中に、ヴィーガンではない食材が隠れていること。魚や肉であれば使われているかどうかすぐにわかるが、乳製品はわかりにくい
・食事制限を伝えるのは、言葉や文化の壁を考えると難しいことから、ヴィーガンの旅行者は自炊をすることも。しかし旅行に来たにも関わらず、普段の食事と同じものを食べることになり、現地の文化から遠ざかってしまう
主要な観光地にあるレストランは、ヴィーガン料理を用意することを検討し、アピールすることが必要です。
食事に関しては、レストランだけでなく、ホテルも変化を遂げています。
アメリカのカリフォルニア州ビバリーヒルズにあるフォーシーズンズホテルでは、有名なヴィーガンシェフのマシュー・ケニーと協力して、レストランで提供する植物性のメニューをつくりました。また、メキシコのフォーシーズンズ・リゾート・プンタ・ミタでは、ヴィーガンのシェフでウェルネスの専門家でもあるレスリー・ドゥルソとともに、200品目のヴィーガンメニューを作りました。ヴィーガンに優しいフードサービスやメニューを取り入れたホテルは、宿泊と食事の両方を利用したいヴィーガン旅行者にとって便利で魅力的に映ります。ホテル側にとっても、お客様を獲得する機会となるでしょう。
■宿泊施設には、クルエルティフリーなアメニティや家具が必須
前述したように、食生活に留まらず、ライフスタイルまでヴィーガンという人もいます。
ヴィーガンは、持続可能性や倫理観と通じる価値観を持っていることが多いため、製造工程のどこかで動物に危害を加えたような化粧品は避ける傾向にあります。そのため動物実験を避けたクルエルティフリー(残虐性がないもの)のアメニティや、動物性成分を使用しない家具や装飾を求めているのです。彼らにとって、革張りの椅子のあるホテルの部屋に泊まり、羽毛の詰まった枕で眠り、動物実験が行われたシャンプーを使うことは、不快な体験となってしまいます。
したがって海外のヴィーガン旅行会社では、ホテルと相談し、クルエルティフリーのアメニティや家具があるかどうか確認を行った上で、ヴィーガンのお客様に旅行プランを勧めています。最近では、植物由来の代替家具がたくさんあります。たとえば、そばや小麦を詰めた枕、ココナッツの繊維が使われたマットレス、パイナップルの葉を使った革(皮)などです。大手ホテルチェーンのヒルトンは、ヴィーガン旅行者の需要に対応するため、ロンドンに初のヴィーガンホテルのスイートルームを作りました。この部屋は、竹の床材からキーカード、部屋に置かれているおやつまで100%ヴィーガンです。
■動物のショーや触れ合いへの懸念
動物園や水族館のショーに含まれる「パフォーマンス的」な要素が、ヴィーガンにとっては不快なものとなりえます。ショーは動物にとって危険であり、時には虐待的であることがしばしばあるためです。
象に乗ったり、動物に触れ合ったりすることは一見、その土地固有の種や生息環境と触れ合う方法のように思えます。しかし実際には、そうしたアトラクションで危害が加えられる場合があります。中国でパンダに抱きつくと、感染症にかかる可能性もあるそうです。
絶滅の危機に瀕している動物に注目することは倫理的とも言えるのですが、全く逆の事故が起こりうるのです。
ヴィーガンにとって倫理的な体験となるのは、たとえば保護区や動物保護施設、リハビリテーションセンターを訪問することです。野生動物の専門家や組織は、その地域の生息地や野生動物を適切に保護する方法を知っているため動物に危害を加える心配はなく、ヴィーガンにとっては持続可能性を知る体験となります。
タイのプーケット・エレファント・サンクチュアリが良い例です。この場所では、象に乗る体験ではなく、象が水浴びをしたり、食事をしたり、自由に歩き回ったりと、象の自然な行動を目の当たりにできるアトラクションを提供しています。この施設では、象を娯楽のためではなく、学習体験のために利用していることを強調しています。
■地域への貢献ニーズ
ヴィーガン旅行者が、旅行を楽しみながら、自分の消費が地元経済に還元されていると感じられるようにすることも重要です。ヴィーガン旅行者には、地域社会の社会的、環境的、文化的側面に悪影響を与えることなく、長期的な経済成長を支えたいという心理があるのです。
そのため、ヴィーガン旅行を手掛ける海外の旅行会社では現地のビジネスと協力し、ヴィーガンのお客様にアピールする方法を伝え、彼らのストーリーや文化を表現する手助けをしています。
たとえば、現地の農家と協力し、地元食材を使ったヴィーガン料理は、「ファーム・トゥ・テーブル(農家から食卓へ)」のコンセプトに沿ったもので、地域ならではのヴィーガン料理を楽しめます。他に海外の事例では、料理教室や地元のヴィーガンとの交流など、ヴィーガン向けのイベントもあります。
まとめ
サステナブルで倫理的な消費活動の重要性が高まる中、ライフスタイルとして人気を博すヴィーガン。多くの大手食品メーカーが収益性の高いビジネスチャンスと認識し、ヴィーガンに向けて植物由来の食品提供しています。
しかし、ヴィーガンの旅行に対しては、高い要求が満たされていない市場といえ、参入の余地があります。ヴィーガンの観光客は旅行意欲が高く、消費意欲も旺盛ですが、旅行中にライフスタイルを維持することに課題を抱えています。観光地のレストランが植物由来の料理を提供したり、ホテルが植物性の家具やアメニティへの切り替えを行ったりすることで、ヴィーガンのお客様を惹きつけられるようになるでしょう。
参考URL
How The Travel Industry Is Responding To The Rising Demand For Vegan Vacations|Forbes
https://www.forbes.com/sites/katrinafox/2018/02/21/how-the-travel-industry-is-responding-to-the-rising-demand-for-vegan-vacations/
Where Should Vegans Go On Holiday?|COUNTRY & TOWN HOUSE
https://www.countryandtownhouse.com/travel/vegan-travel/
Vacationing while vegan? Here’s a quick guide.|The Washington Post
https://www.washingtonpost.com/lifestyle/travel/vacationing-while-vegan-heres-a-quick-guide/2020/02/19/950834cc-49ea-11ea-b4d9-29cc419287eb_story.html
Vegan Food Market Size, Share & COVID-19 Impact Analysis, Product Type (Vegan Meat, Vegan Milk, and Others), Distribution Channel (Supermarkets/Hypermarkets, Convenience Stores, Online Retails, and Others), and Regional Forecast, 2021-2028|FORTUNE
https://www.fortunebusinessinsights.com/vegan-food-market-106421#:~:text=The%20global%20vegan%20food%20market,during%20the%202021%2D2028%20period
Veganism Statistics 2022 - How Many Vegans Are There In The UK?|Truly
https://trulyexperiences.com/blog/veganism-uk-statistics/
Veganism: Why are vegan diets on the rise?|BBC News
https://www.bbc.com/news/business-44488051
Vegan or Vegetarian? You Have More Travel and Dining Options Than Ever|The New York Times
https://www.nytimes.com/2018/11/13/travel/vegan-or-vegetarian-you-have-more-travel-and-dining-options-than-ever.html
Vegan Tourism: Why and How to Target this Niche Audience|hospitable
https://hospitable.com/vegan-tourism-trends-in-short-term-rental-market/
Wave of veganism sweeps travel industry|TTG ASIA
https://www.ttgasia.com/2021/03/04/wave-of-veganism-sweeps-travel-industry/
Born and raised in the Bay Area, U.S.A, I was fascinated by the different social and purchasing behaviors between Japanese and American consumers. I studied communication for undergrad and international marketing for my graduate studies. My professional background is in bilingual recruitment and Japanese-English translation.