彦根とバルブと猫
入社してやっと社会人生活にも慣れた2、3年目の頃から、京都市内を離れ、しばしば担当していた京都府・滋賀県域内の自治体や企業を取材する機会を得ました。京都では宮津市、亀岡市、城陽市、綾部市。滋賀県では大津市、草津市、彦根市、日野町などに幾つか取材先がありました。中でも一番印象深いのが彦根市です。彦根のバルブ(valve)業界は滋賀県内で最大規模の地場産業で、30社前後のブランドメーカーが存在し、それを支える70~80社からなる関連企業が存在します。
バルブは生活に欠かせないもので、身近なものでは水道の蛇口があります。液体や気体などの流体を止めたり、流したり、絞ったりする役割を果たしていて、上下水道から化学プラント、ビル、船舶などの配管に使用されるなど多種多様に活躍しています。日本最大の湖、琵琶湖の東部にある彦根の城下町周辺にバルブ工場は集中しています。
彦根は歴史ある由緒ある城下町です。200年以上にわたり井伊家の居城であった彦根城は今なお壮麗で、江戸時代から残る「現存12天守」のひとつであり、国宝の指定を受けています。彦根の街並みは整理整頓され、良き伝統を感じさせます。最近では、彦根はご当地ゆるキャラの代表的存在として「ひこにゃん」が有名です。世田谷にある豪徳寺は彦根藩井伊家の菩提寺であり、言い伝えによれば豪徳寺の猫が井伊家にとっての命の恩人であり、そのため寺には沢山の招き猫が供えられているとのことです。豪徳寺周辺は数ある日常のウォーキングコースのひとつであり、歩くたびに彦根との縁の不思議さ・深さを感じます。
キャラクターの身近さ
「ゆるいマスコットキャラクター」を略したものが「ゆるキャラ」です。ご当地キャラとして地域おこしのためのイベントや各種キャンペーン、地域のPR活動などを目的しています。
また、企業・団体のコーポレートアイデンティティ(CI)のマスコットキャラクターとして、広報・宣伝などを中心に用いられています。
「ゆるキャラ」はイラストレーターのみうらじゅん氏によって考案され、「ゆるキャラ」として認められるために、①郷土愛に満ち溢れた強いメッセージ性があること。②立ち居振る舞いが不安定かつユニークであること。③愛すべき、ゆるさ、を持ち合わせていること。
以上3つの条件を提唱しています。また、「原則として着ぐるみ化されていること」も条件に挙げています。
「ひこにゃん」は2006年にブームとなり、その後も「くまモン」や「ぐんまちゃん」など全国的にも認知度が高く、郷土愛が感じられるキャラクターが続々と出現してきました。2010年から『ゆるキャラグランプリ』が開催され、大いに盛り上がりましたが、2020年には『ゆるキャラグランプリ』は終了しました。その理由としては、①ブームを経てキャラクターが濫造され過ぎたこと、②グランプリでの組織票や不正投票が相次いだこと、③参加自治体がグランプリで上位に食い込むために多額の税金投入したことを住民から「税金の無駄遣い」あるいは「本来の理念に反する」などと批判されたこと、などが挙げられます。2023年に後継イベント『ゆるバース』が実施されています。
ベビースキーマ
人はベビースキーマと呼ばれる、赤ちゃんや幼い子供、小動物の身体的特徴をかわいいと感じ、保護したくなる本能を持つことが知られています。赤ちゃんやうさぎ、猫などの小動物をかわいいと感じない人は少数派です。ベビースキーマはノーベル賞を受賞した動物行動学者のコンラート・ローレンツが提唱した概念で、「体の大きさに比べて頭の割合が大きい」、「丸みのある体形」、「目が大きくて丸い」、「頭全体に対して目鼻口が低いところに位置している」、などの形態的特徴があります。かわいさ(cuteness)とは、ある事物に対して「かわいい」と感じる因子・性質・概念・美学などと説明されます。因みに漢字の可愛いは、日本語の形容詞であり、いじらしさや趣き深さ、愛らしさといったどこか愛嬌があると感じられる場合に使われます。
ベビースキーマは、赤ちゃんを養育させる感情を保護者に喚起させますが、あくまで一時的な身体機能であり、それを受け取る保護者である大人に「かわいらしい」と感じさせる感受性は進化の過程で備わってきたといわれています。知識獲得の過程など行動の内在的側面を重視して研究する心理学、認知心理学(cognitive psychology)においてもベビースキーマは、注目を集めるあるいは愛着を持つといった観点から注目されていて、広告制作者や研究者、企業の宣伝担当者などが広告制作への応用のための研究・実践が進んでいます。ベビースキーマを活用した宣伝・広告は王道ともいえる手法なのです。
企業キャラクター
不二家の「ペコちゃん・ポコちゃん」やヤンマーの「ヤン坊・マー坊」、ソフトバンクの白戸家の「お父さん」犬など誰もが知っている企業キャラクターは数多く存在します。また、マニアが推す企業キャラクターも密かに増えていて、推し消費の拡大に一役買っています。日本で発案されたペプシコーラの「ペプシマン」や100年以上活躍しているフランスのタイヤメーカー、ミシュラン社の「ビバンダム(Bibendum)」の愛称である「ミシュランマン」など世界中に名の知れた企業キャラクターが存在し、企業自体あるいは商品・サービスのシンボルであり、マスコットとなっています。
企業イメージを高める重要なイメージ項目に「親しみやすさ」があります。企業キャラクターはその「親しみやすさ」や「かわいらしさ」から消費者を代表とする様々なステークホルダーに対し、目に見える直接的なイメージを醸成し、その存在感は企業価値の向上をもたらします。キャラクターは独自性を持ち、進化し続ける場合も多く、常に企業イメージとキャラクターの方向性をすり合わせて、親和性を保つことが重要です。また、企業キャラクターを作るにあたって、様々なステークホルダーに対し、興味を沸かせるストーリーの設定が必要です。ここで改めて、企業キャラクターを持つメリットを考えてみると、①企業自体や商品・サービスのPR・ブランディングに効果的、②関連グッズの収入を期待できる、③SNSやオウンドメディアで活用できる、➃著作権の発生によって二次利用やコラボを見込める、などが挙げられます。
企業が独自に開発したオリジナルキャラクターは、世間の認知を深め、好感度を高める存在に成長させることができれば、キャラクター自体が企業の顔となり、強力なPRの武器となり得ます。企業経営において、「親しみやすさ」は欠かせないイメージかもしれません。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。