マーケティングの大枠を掴むための本
こんにちは。ヴァリューズの岩村と申します。今日はマーケティングの仕事を始めたばかりの若手や、もう一度イチからマーケティングを学びたいと思っている方々に向けた本を紹介していきますね。
株式会社ヴァリューズ 岩村大輝(いわむら・だいき)
一橋大学商学部卒業。ヴァリューズには創業初期から参画し、業界最大手日用品メーカーなど大手顧客を中心にデジタルマーケティングを支援。現在はヴァリューズ最年少マネジャーとして、事業会社を中心に担当するコンサルティング組織を統括している。日経 xTREND FORUM TOKYO、MarkeZine Dayなど数多くのマーケティングカンファレンス登壇実績も持つ。
最初にマナミナ編集部からのリクエストを受けたとき考えたのは、できる限りマーケティングを楽しめるようになる本を選定しようということでした。なのでまずは、マーケティングというものの大枠を掴むための本を選んでいます。例えば「デジタルマーケティング」や「カスタマージャーニー」、あるいは「ブランド・エクイティ」といったテーマは、マーケティングという大きなものの中で、いわば点となっている概念です。それらは全体像を掴んだあとに個別に理解していけばいいと思います。
また、マーケティングは日頃の自分の生活にも関わってくると思っています。そういう意味で、読んでおくと良いだろうなという本をプラスアルファでもう1冊選びました。
さて、前置きはこれくらいにして、早速紹介していきます。
1.手書きの戦略論
1冊目は『手書きの戦略論 「人を動かす」7つのコミュニケーション戦略』。なぜこれを最初に挙げたかというと、この本は世界史の教科書みたいに、マーケティングの歴史を横串に刺してまとめてくれているからです。
近代のマーケティングを体系化したのは「マーケティングの父」フィリップ・コトラーですが、コトラーも含めた多くのマーケティング理論の本は、その時代のマーケティングについての「点」が書かれています。一方、『手書きの戦略論』は時代ごとのマーケティング理論をまとめて「線」にしている。そこが重要です。
『手書きの戦略論』を読むと、昔はこんな環境でこんな情報しかなかったからこそ、こういう世の中の切り取り方で広告を出したり、理論を打ち立てたりしていたんだ、と体感できます。時代ごとの制約条件と、その上で考え出したアウトプットが見えてくるんですね。
マーケティング本の古典を読むと、その考え方は当たり前ではないかと思ってしまうこともあるかもしれません。ですが、それはいまの自分の生活感覚と並列で考えてしまうから。時代ごとの環境の中で理論が作られたことを忘れてはいけません。
世界史の教科書はそれぞれの時代を俯瞰するものだと思いますが、マーケティングの変遷を数珠つなぎにする本はなかなかありません。だからこそ、まずは『手書きの戦略論』を読み、マーケティングをサマリーとして理解することが重要だろうと思いました。そして俯瞰で理解した上で、それぞれのテーマについて深掘りをしていく。このように学習を進めていくと腑に落ちやすいのではないかと思います。
2.ある広告人の告白
2冊目はデイヴィッド・オグルヴィが著した『ある広告人の告白』です。原書は1964年に刊行されました。オグルヴィは「現代広告の父」と言われていて、WPPグループの創始者であり、広告の概念を作った人でもあります。
彼の仕事で一番有名なのはロールスロイスのキャッチコピーで、こういうものです。「時速100キロで走行中の新型ロールスロイスの車内で一番の騒音は、電子時計の音だ」。解説するまでもありませんが、新型ロールスロイスでは秒針のカチカチ音すら聞こえると訴求して、快適でラグジュアリーな車であることを表現しています。いいコピーじゃないですか? 個人的にもとても好きです。
この本は先ほどの話で言えば「点」で、その時代のマーケティング手法が書かれていますが、なぜこの古典を選んだのでしょうか。それはマーケティングが、顕在的な意識と潜在的な無意識が込みになっている、「人」の頭の中を対象として扱うものだからです。そして『ある広告人の告白』には、人の心をどう動かすかに全力を注いだ、オグルヴィの考え方がつまっています。
現在では多様なメディアがあり、チャネル選定が広告戦略の上で重要ですが、オグルヴィの時代にはメディアがほとんどなかった。そこで「何を伝えるか」が非常に重要と捉えられていました。またこの時代は「洗剤といったら液体だ」などの概念もなかったんです。例えばスポーツドリンクといったカテゴリーもありません。つまり、商品カテゴリーがない時代に、カテゴリーを作らないといけなかった。そのため、クリエイティブを活かさないと「その商品は何か」すら伝わらず、モノが売れなかった時代です。
こうした時代背景があったので、広告づくりでは「何を伝えるか」を考えた上で、どういったコミュニケーションやキャッチコピーが刺さるのかを中心に考えていた。だからこそ、オグルヴィの理論はマーケティングにおいてもっとも重要な「人」にとてもフォーカスが当たっています。
マーケティングの本質は人とのコミュニケーション。どうやって人を動かすのかに向き合い、全力を注いでいた時代に書かれた本だから重要なのです。良いクリエイティブづくりを学ぶ上でもとても役に立つ本ですが、どちらかというと本で着目してほしいのは、「人と向き合って物事を考えていた広告人」の側面です。
また、オグルヴィの生き方も非常に勉強になります。人に向き合ってクリエイティブを作り続けていたオグルヴィですが、彼はそもそも圧倒的にクライアントにフォーカスしていました。クライアントにフォーカスするために、人にフォーカスしなければいけないという考え方ですね。これは私たちが広告業界で仕事をする上でとても重要だと思います。
3.ポジショニング戦略
現在ではいろいろなマーケティングのモデルがあります。STPや3C分析、AIDMA(アイドマ)、AISAS(アイサス)などなど……。こうした多くのマーケティング・モデルのうち、あるものは広告代理店が自社のマーケティング観点で作成したものもあり、時代によって重要性が変わっていくものもあるでしょう。しかし、そんな中でも本質的なモデルがSTPだと思います。そしてSTPのP(ポジショニング)が明確に語られているのが、アル・ライズの著した『ポジショニング戦略』です。
実はこの『ポジショニング戦略』は、私の部下に対しても「必ず読むべし」と言っています。なぜならSTPは腐ることがなく、絶対にこれからも必要な考え方だからです。マーケティングを勉強したいならまず読め、以上という感じですね(笑)。
ただ、若手に読んでほしいという理由はもうひとつあります。それは、キャリアや人生においてポジショニング戦略が非常に重要だからなんです。
ビジネスでは需要と供給がありますよね。価値があると認識されなければフィーは払われません。そしてそのタイミングでは必ず競合と同じテーブルに並べられます。これは、人材としての自分の価値も一緒です。誰かと比べられたときに、価値があると評価されなければお金が払われない。そこでポジショニング戦略を取って、こういう観点で自分に強みがあるんですと伝えられるようになることは、キャリアや人生にとって大きな武器になります。
ポジショニングの発想のエッセンスは、「ポジションの取り方は自分で決めていい」ということです。ポジショニング戦略を取るために自分の価値を考えようという発想ではなく、自分の価値は限られていてある程度決まっているので、それをどういう切り口で見たら戦う相手を減らせるのかと考える。これがポジショニング戦略の本質です。
例を挙げましょう。ある「クラフトジン」の商品で考えましょうか。最近お気に入りのこのクラフトジンは、ハーブやスパイスなどが用いられていて、とても華やかで軽やかな香りのするジンです。この商品のポジショニングを考えるときに、お酒のジャンルのドライ・ジンという切り口にすることもできますし、アルコール飲料という切り口もある。あるいは、「少量で飲むきついお酒」といったポジションを取ることもできます。
ただ、単純にドライ・ジンのような切り口で切ってしまったら、既に多くの種類があって競合がたくさんいます。そこで戦う土俵を変えてみるんです。例えば、「女性が喜ぶシーンを演出できる魔法のお酒」という切り口にしたらどうでしょうか。
多くの女性からしたら、ジンなんてあまり知らないし、強くて飲めないお酒でしょといったイメージがあると思います。でもこのクラフトジンには軽やかさがあって、とても飲みやすい。としたら、訴求するターゲットを男性に設定してみます。そして、このクラフトジンによって「自分の知らないような世界を女性に教えられる魅力的な男性になれる」という切り口に移すと、ドライ・ジンの中でも分母が減りそうですよね。
すると、次は戦略を考えることができます。ターゲットとした人たちに露出させるためにはこのメディアが必要だとか、こういうコミュニケーションが必要だとか。そしてブランドができていき、コミュニケーション戦略ができる。それらすべての起点になるのがポジショニング戦略なんです。
話を戻すと、このことは若手も同じです。若手も最初は「◯◯年卒の新人」というふうにくくられてしまいます。そしてそのうち、社内でも価値がある人に仕事が任せられるようになっていく。でもそこで諦めてはいけません。自分は変えられないし、変えなくていいんです。自分に合った切り口でポジショニングを作ることが大事です。そうすれば自分の行きたい場所に行けるし、会社の内外関係なく自分の価値ができていくでしょう。
かつて私の知り合いで、平均点しか出せないことがコンプレックスだという人がいました。でもこれを、平均点しか出せないと捉えるのか、どんな問題に対しても平均点を出せちゃうと捉えるのかで全く違います。後者の方に捉えると、もし彼が誰も平均点を出せない荒くれ者の集団に入ったら、とても稀有な存在になりますよね。自分の特性をどう捉えるか、どうポジショニングするかがキャリアを考える上ではとても重要だと思います。
番外編:本日は、お日柄もよく
最後に番外編として原田マハさんの小説『本日は、お日柄もよく』を挙げました。なぜ小説を? と思った方もいると思います。ちょっと意外ですよね。でも、この本はとても勉強になるんです。
小説の主人公は27歳のOLです。冒頭、彼女が友達の結婚式に参列し、スピーチを聞いて眠くなってしまう。しかしその後、目の醒めるような感動的なスピーチをした人がいたんです。実はその人はプロのスピーチライターで、有名な政治家のスピーチを書いたこともあったという凄腕の持ち主。その後、主人公は同僚の結婚式でのスピーチを任されて、人前で話したことすらない引っ込み思案な彼女が、そのプロスピーチライターに弟子入りするというあらすじです。
小説自体もとても面白くて感動しますが、私がここに挙げた理由は、そのスピーチライターの仕事っぷりが本当にプロだったからです。スピーチの話し始めはこうするべき、文字数はこう、抑揚はこうという決まりを徹底しています。そしてそれを主人公にも完璧に守らせる。仕事に対する熱量の注ぎ方、こだわりがものすごいんですね。背筋がピンとしましたし、自分はこれくらい責任とプロフェッショナルを持って仕事をできているかと改めて考えました。
私はいま社会人5年目ですが、部下もついています。いまの時代、プロとして立ち振る舞わなければいけない時期は意外と早いんじゃないでしょうか。『本日は、お日柄もよく』は自分自身の意識の転換期のきっかけになりました。若いうちに読んでおいてよかったなと思っています。
それでは、これにて話を終わります。マーケティングを学ぶ上でまず読むべき3冊の本と、若手のうちに読んでおくと良い本をプラスアルファで紹介しました。もし気になった本があれば、ぜひ長期休みなどを利用して読んでみてくださいね。
マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。