花王のデータ分析組織とは
岩村大輝(以下、岩村):花王さんは本当にデータ分析組織が強いという印象があります。今日はその分析力の秘密に迫っていきたいと思いますが、それは体制のあり方に鍵があるのか、あるいは日頃のコミュニケーションにあるのか。いろんな視点から強い組織を作るための方法を聞いていきたいです。
株式会社ヴァリューズ 岩村大輝(いわむら・だいき)
業界最大手日用品メーカーなど大手顧客を中心にデジタルマーケティングを支援。現在はヴァリューズ最年少マネジャーとして、事業会社を中心に担当するコンサルティング組織を統括している。
岩村:まずお聞きしますが、強いチームづくりで意識されていることはあるのでしょうか?
佐藤満紀さん(以下、佐藤):強いチームを作ろうと意識したことは特になく、たまたま結果的に良い状態になっているかと思います。ただ、組織としての構図は描いていますよ。これからは分析の現場に寄り添い、常日頃データ処理の基盤構築とデータをマネジメントする部隊がセットで必要だと思います。データ分析だけでもないし、インフラ構築だけでもないんです。
花王株式会社 マーケティング創発部門 コンシューマーリレーション開発部
部長(データ活用戦略担当)佐藤満紀(さとう・みつのり)さん
佐藤:もともと、私が部長を務めるコンシューマーリレーション開発部の中にデータサイエンス室があり、そこでデータ分析業務を行っていました。そしてこの1月、新たに部内にデータマネジメント室を作っています。チーム全体のメンバーは年次や男女比、文系・理系のバランスを意識しています。また、業務委託で国内トップクラスのエンジニア3名が新たに加入したこともあり、これまで10名前後だったのが、社内外含め、総勢約20名の体制と倍になっています。
岩村:コンシューマーリレーション開発部の中で、データ分析とデータのマネジメントができるような体制を構築されたということですね。多くの企業さんでは、データ組織を作る上でそもそもメンバーが足りず、社内で人材を育成するか、外部パートナーの手を借りるかで悩まれている方も多いです。
佐藤:やはり外部の手を借りるだけでは不十分だと思っています。花王では2004年から先駆けてデータ分析の部署を内製し、自分たちでSQLを組み、クラスタリング分析をするなど試行錯誤していました。社内に点在するデータ分析人材を登用したり、ありがたいことにここ数年は毎年新入社員も配属しています。
岩村:そこまで早くから会社として取り組んだ背景はどのようなものなのですか?
佐藤:花王はもともとデータ分析や調査をすごく大事にしている企業です。これまでも、サプライチェーンや基幹業務といった面でたくさんのデータに向き合い、仕事の仕方を変えていく取り組みを何年もやってきました。
その中で、出来ていなかった部分がマーケティングです。マーケティングは生身の人間を相手にするので、再現性を持たせるのが難しい。既に分かっている課題に向き合うデータ分析ではなく、課題の発見やマーケティング施策の成功確率を高めるためのデータ分析や効果検証が必要でした。そこで、当時の幹部がマーケティング領域専門のデータ分析組織を立ち上げ、私はメンバーとして参画しました。
データ分析は「チームでやるもの」
岩村:花王さんでは既に多くの領域で分析をしてきたからこそ、マーケティング専門の分析組織の必要性に早くから着目していたのですね。やはり分析の中でもマーケティングは、高度のスキルが求められるということでしょうか。
佐藤:マーケティングの分析ではどんなアプローチでもそれらしい答えが出がちで、いかようにでも捉えられるところがあります。ある程度経験を持った人が、問題設定の仕方や最も事業に貢献できる分析方法をリードしないと、行き詰まってくると思います。
岩村:確かにそれはあるかもしれません。有地さんはチーム内でも若手の分析官かと思いますが、目的の整理の仕方については業務を通じて理解していったのでしょうか。
有地拓也さん(以下、有地):そうですね…。ただ、我々の考えとして、データ分析はひとりでやるものではなくてチームでやるものという意識があります。
コンシューマーリレーション開発部 データサイエンス室
有地拓也(ありち・たくや)さん
岩村:なるほど!
有地:分析の依頼は事業部門や販売部門、あるいはマーケターではない研究開発部門などからも来ます。そうしたとき、担当者ひとりが最初から最後まで分析をするのではなく、依頼ごとに目的を再解釈して、分析の方向性をメンバー内で議論してから分析に取りかかる形です。
佐藤:事業の課題を聞くと、「こういうのが分かったら嬉しいんだよね」とふわっといただく場合も多いので、それを持ち帰って、何を解決したら前進するかというディスカッションをして分析活動を進めています。
岩村:各部門から分析の依頼があり、そこからチームでプロジェクトを動かしていく、と。では、実際の分析プロジェクトの枠組みはどのようなものなのでしょうか。
佐藤:まずもっとも重要なことは、データ分析は事業の貢献のためにしているという位置付けです。この大前提がありつつ、データ分析の目的には、顧客理解から施策のブラッシュアップ、効果検証などがあります。そのうち、もっとも多いのは顧客理解ですね。なぜかと言えば、多様化しているこの時代において、ますます顧客の姿が捉えにくくなってきているからです。
もう一方で、我々のチームの手がなくとも事業サイドがデータドリブンなマーケティング活動を行えるように、BIツールを使って情報提供しています。この情報提供は普段からデータ分析を行っているメンバーが作ることに意味があります。かつ、データが揃っていないと分析も時間がかかるし、BIツールの展開もできません。そこで先ほど言ったとおり、データマネジメント室を部署内に作ったんです。
「The Kao Way」のビジョンは「消費者・顧客を最も良く知る企業に」。「様々な部門が顧客理解に尽力しているが、データ分析チームはSNSやECのカスタマーレビューなどの、建前ではない本音に近いデータを使い、他部門での取り組みが難しい領域に特化した顧客理解を行っている」と佐藤さんは語る。
岩村:なるほど…。事業部門の分析ニーズを知っているチームの方々がBIのダッシュボードを作るから、現場で使いやすいものができていくというわけですね。各部門からの分析依頼は1年間でどのくらいの数があるのでしょうか?
有地:昨年の分析依頼は、全部で30件ほどで、月に2〜3件のペースでした。その中でも面白かったものは、インバウンド需要を可視化したプロジェクトです。ある商品でかなりのインバウンド需要があったのですが、以前はそれが売上全体の何割くらいを占めているのかが分かりませんでした。そこでアルゴリズムを考えインバウンド需要と国内需要を切り分け、数字として見られるようにしたことで、販売の人からとても喜ばれました。
岩村:とても面白いです。そのときの依頼はどんなものだったのですか?
佐藤:実はそのときは依頼があったというわけではなく、常日頃から販売部門の方と話していた中でアイデアが生まれました。彼らはなんとなくの現場の肌感として、売れている原因がインバウンド需要だと分かっていたんですね。ただ、具体的にいくら分の売上かは見えていないと話していました。そこでそれをちゃんと数字に置き換えてみよう、とプロジェクトが始まったのです。日常のコミュニケーションから生まれたアイデアを形にしたらうまく成功した取り組みでしたね。
強い組織の秘訣は「会話量」
岩村:とんでもない分析チームですね…! 依頼がなくても分析チームがむしろプロダクトアウト的にアウトプットしていくという。なぜそれが可能なのですか?
佐藤:常に事業の課題感を頭の片隅に置きながら仕事に当たっているからだとは思いますね。これはインハウスで分析する利点だとも思います。事業部門と常日頃会話し、現場で起こっていることを感じている、現場の空気を分かっているという感覚があるから、発想が出てきます。
稲葉里実さん(以下、稲葉):あとは、デスクに座りながらもチームメンバーとよく会話しています。すると、例えば「こんなアウトプットを作ってみよう」などと話が出たら、その間にもう作っています。普段から多く会話しているからこそ、アウトプットまでのスピードが速いということもあると思いますね。
コンシューマーリレーション開発部 データサイエンス室
稲葉里実(いなば・さとみ)さん
佐藤:日頃から雰囲気づくりやメンバーとの関係性、コミュニケーションができているということかもしれません。組織が大きくなったらまた分かりませんが、いまはちょうど良いサイズ感でうまく回っています。
岩村:お話しをうかがって、やはり会話量が重要なのだなと思いました。
稲葉:そうだと思います。少し席が離れていると、話すためには立ち上がって2,3歩動かなければいけないですが、それだけでもコミュニケーションがすぐ取れなくなると思います。その場で話せるのはやはり重要だと思いますね。
岩村:このような活発に会話する文化は意図的に作っていったのですか?
稲葉:自然とそうなっていますが、佐藤さんの存在が大きいと思います。フロア内での会話を勧めてくれることもそうですし、あとは佐藤さんが提案に対して制限をしないことが大きいと思うんですよ。よく意見をおっしゃってくれますが、否定されることはありません。だからこういうことをしたいという提案も恐れることなく言えます。
佐藤:方向性が間違っていたり、優先順位が違う場合には指摘しますよ。ただ、こちらがやってほしいことをやってくれているのであれば特に何も言うことはないですから。
岩村:以前お見せいただいた、飲み会でのチームメンバーの集合写真がとても印象的です。あのような仲の良いチームづくりはなかなかできないだろうなと、とても感じました。
佐藤:メンバーあってのチームですからね。うまく采配しなければいけないし、リーダーシップを発揮しなければいけない場面もありますが、節度をわきまえながら接しています。
データ分析は業務プロセスを変えるため
岩村:では最後に、強いチームであるためにみなさまそれぞれが意識されていることをお聞きしたいです。
佐藤:昔あるメンバーに「佐藤さんはリスクを取りますね」と言われたことがあります。そして確かに私は、ここぞという活動に対しては、リスクを取って人やお金を集中的に投資するようにしています。なぜかと言うと、その活動を実行することで会社の中での分析チームの存在感が増し、それが次の数年先のチームづくり、組織体制に関わってくる可能性があるからです。重要な活動に対しては、失敗を恐れずに挑戦することを意識していますね。
岩村:リスクを取るにあたっては大きな信念が必要になるかと思いますが、佐藤さんの中でデータ分析によって成し遂げていきたいことはありますか?
佐藤:ひとことで言ったら仕事の仕方を変えたいですよね。昔は私も一分析者としてデータに向き合っていましたが、それを繰り返しても仕事の仕方って変わりません。結局、トータルとして業務プロセスをどう変えていくべきかという視点を持っていないと、データ分析が活きてこないんです。
これはずっと昔から私が言ってきたことですが、業務プロセスを変えないと企業は変わりません。単純に、現状の作業がただデータ分析に置き換わるだけでは、仕事の仕方も変わらない。データ分析やBIツールの導入はそのためにあるべきですし、事業部門や販売部門といった大きな組織の仕事の仕方を、これからもっとダイナミックに変えていきたいですね。
岩村:ありがとうございます。では、稲葉さんはいかがでしょうか。
稲葉:私が意識しているのは、佐藤さんより先に手を動かすことです。佐藤さんが描いている構想を先に感じて、手を動かす。先ほど佐藤さんは会社の仕事の仕方を変えたいとおっしゃっていましたが、データ分析でそれを成し遂げるために、いち早く手を動かしていくことが重要だと思っていますね。
また、新しくチームに入ってきた人には、データ分析の作業を教えるというよりも、分析のアウトプットをどうやって出すべきかという視点を伝えています。作業の仕方のインプットは有地さんにお任せしていますが、今までの経験から出てきた視点はある程度役に立つかなと思っています。
佐藤:これはチームメンバーみんながそうですが、私が何かを依頼したときには既に準備が整っていて、手が動いているなと思います。とても信頼していますね。
岩村:本当に素晴らしいチーム力だと感じます…! では、有地さんはいかがでしょうか。
有地:私が若手の立場として心がけているのは、チームや先輩に刺激を与えられるようにしたいということです。若手が新しい提案や分析をしていたりすると、みんなが切磋琢磨するきっかけ、起爆剤になるのではないかと思っています。また、新しい分析手法やツールを先輩に共有すると、みなさんとても興味を持ってくれます。それが嬉しくて、どんどん共有しようという気持ちにもなりますね。
佐藤:チームづくりで意識していたのは、新人であろうが中堅であろうが、責任者としてこの業務を任せる、と明確にすることです。若手だから稲葉さんのサポートで業務をこなします、という形ではありません。その方が成長は早いと思いますし、勝てる企業になると思いますね。
岩村:佐藤さんがとてもメンバーのことを評価し、信頼しているのが分かりました。むしろ、メンバーを愛しているんだなと。
佐藤:それは当然、愛していますよ。
稲葉:そんなこと言えてすごいですね…。なんか気恥ずかしいです(笑)。
岩村:強いチームの鍵は、もちろんスキル面も重要ですが、やはり会話量や信頼感、愛といった部分なのだなと思いました! 私たちも外部のパートナーとして、花王さんのお力になれるよう頑張っていきます。本日はとても面白く、熱の込もったお話しをありがとうございました!
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マナミナ編集部でデスクを担当しています。新卒でメディア系企業に入社後、フリーランスの編集者・ライターとして独立。マナミナでは主にデータを活用した取り組み事例の取材記事を執筆しています。