ヒット商品やサービスが世に受け入れられている背景には、消費者のニーズに応えようと企業がしかける商品企画やマーケティング戦略が隠れています。誰もが「成功している」と感じる商品たちは、一体どのようなプロセスを経て生み出されてきたのでしょうか。
マーケティング戦略を考えるにおいてはまず、どのニーズや属性を持つ顧客を括り、ターゲットの市場に据えるかという「セグメンテーション」を行う必要があります。本記事では、成功した商品のセグメンテーションはどのように作られていったのかを、「スタディサプリ」「オフィスグリコ」「ヤッホーブルーイング」の3つの成功例から解き明かしていきます。
企画者のアイデアから始まった商品なのか、それともニーズを捉えるリサーチが生んだのか…といった具体的な軌跡を追うことで、ヒット商品を生むための効果的なセグメンテーションの手段を学びましょう。
(↓そもそもセグメンテーションとは何か、あらためて学びたい方は下記の記事をご覧ください。)
自社にとって優位なマーケティング戦略を練るうえで欠かせないフレームワークSTP分析。今回STPのうちのS=セグメンテーションについて、市場を細分化する具体的な方法やポイント、事例をご紹介します
スタディサプリは「塾に行けない生徒」をセグメント
「スタディサプリ」はリクルートマーケティングパートナーズが運営する、国内有料会員が110万人を超えるWEB学習サービスです(2020年6月時点)。大学受験予備校で受けるような質の高い授業をネット配信し、サービスユーザーはスマートフォンやPC環境で録画された授業を視聴します。
100万人の有料会員を誇るオンライン学習サービスは、どのような企画のもと生まれていったのでしょうか。スタディサプリのしかけ人である、リクルートマーケティングパートナーズの山口文洋氏のインタビューから、サービス起案の経緯を窺うことができます。
僕は25歳まで公認会計士の勉強をやっていたのですが、そこからあるベンチャーに拾われて、リクルートに中途入社したのが28歳ごろの話です。そこで進路選択やキャリア支援教育の部署に配属されたのですが、その事業が、僕が入社して3、4年後、新しいビジネスをしなければならない、というフェーズでした。
(中略)
そこでふと立ち止まって、進路選択やキャリア構築のためにはそもそも勉強しなければいけないけれど、その支援をすることは考えたこともなかったことに気づいたのです。保護者や生徒に会って話を聞くと、塾のない地域に住んでいたり経済事情のために行きたくても行けない生徒たちが想像以上に多かった。
そして、その気持ちに答えられるサービスを出せば、後発ながら僕らにもチャンスがあるかもしれないと思ったのです。
山口氏の言葉にもあるように、スタディサプリ誕生のきっかけは「キャリア形成よりも前の"塾に行きたくても行けない"ニーズ」に焦点を当て、アイデアを得たことでした。まずは、塾に通いたくても通えない・学習環境が得られない、という消費者がたくさん眠っているセグメンテーションを発想した点が重要です。
ここからさらに、スマートフォンの爆発的な普及や、新進気鋭のBtoC SaaSの台頭……と現代のIT市場がある中で、「人々が以前のような通学型の学習環境に依存しなくても良くなった」点へ目を向けたのも大きなポイントと言えるでしょう。
オフィスグリコは消費者がお菓子を食べるシーンの調査がきっかけ
「オフィスグリコ」は菓子などが定期補充される容器から、購入者が代金箱へ金銭を投入することで商品の購入ができるサービスです。オフィスのリフレッシュルームなどへ広く普及しており、2016年には年間53億円の売上高まで成長しています。
オフィスグリコ誕生のきっかけは、1997年のサービス起案当時に、江崎グリコ社が着目した消費者の利用シーンにあるようです。
この年、江崎グリコの江崎勝久社長の号令により、生活者との新たな接点を模索するプロジェクトが始動。このプロジェクトで行った生活者調査において、ある動向が浮き彫りになった。
それは、お菓子を食べる場所は、家庭が約70%と圧倒的に多いものの、次いでオフィスが約20%と2番目に多かったこと、さらに、OLなどがオフィスの机の中にお菓子をしまっているケースが多いことなどが明らかになったのだ。
こちらの記事にもあるように、江崎グリコ社が着目したのは「消費者が購入した菓子を食べる場所はどこか?」という点だったことがわかります。そして調査の結果、消費者の7割は家庭で菓子を食べるが、次いで多かったのがオフィスの2割である、という興味深いデータが出てきたわけです。
2割の「オフィスで菓子を食べる消費者」を見出したセグメンテーションと、それに対して「リフレッシュメント」をコンセプトに新しい形式での販路を作っていったセールスプロモーションの両観点で、ヒット商品の好事例だと言えるでしょう。
「僕ビール、君ビール。」起案に見る緻密な消費者のインサイト分析
ヤッホーブルーイングは、個性的な商品展開によって業界の関心を集めるクラフトビールメーカーです。「よなよなエール」「水曜日のネコ」といった個性的なネーミングと、独自性の高いキャラクターが描かれたパッケージが口コミを集め、いまやクラフトビール業界をけん引する存在です。
継続的な成長を続け、業界を代表するメーカーとしてのポジションを確立する同社は、どのようにして個性的な商品を起案しているのでしょうか。ヤッホーブルーイングのブランド開発を行う稲垣聡氏が、「僕ビール、君ビール。」という商品の企画について受けたインタビューから秘訣を探ります。
「僕ビール、君ビール。」は、ローソンさんの「ビール離れが進んでいる若い層が買ってくれるクラフトビールをつくれないか」という依頼から誕生しました。 私はこの依頼を聞いた時、「彼らは本当にビールが嫌いなわけではなく、積極的に飲まない別の理由があるのではないか」と感じたんです。そこで、まずは複数人にインタビューを行い、彼らをビールから遠ざけているインサイトを探っていきました。
(中略)
すると、「ビールは嫌いじゃないけど、おじさんの飲み物というイメージがある」というインサイトが明らかになりました。このインサイトを受け、「アラサー男子のプチ個性的な自分らしさにフィットするビール」という製品コンセプトを作りました。「おじさんの飲み物ではなく、自分たちの飲み物だ!」と思ってもらおうと考えたんです。
上記インタビューを見ると、稲垣氏が進めた「僕ビール、君ビール。」の商品企画は、非常に緻密なマーケティングリサーチから消費者のインサイトを探ることから始められています。
「ビール離れをしている人」を的確にセグメンテーションするために、調査対象を「バラエティシーキング(様々なブランドを購入しようとする消費者)型の若者」に絞り、インタビューをする際も1対1で直接的な問いを投げかけない…といった、消費者自身も気づいていないような内在する商品選択のトリガーを探っています。
消費者のインサイト、という曖昧な概念を巧妙な分析のもと特定していったことがよくわかりますね。調査の結果を受け、「僕ビール、君ビール。」は"アラサー男子のプチ個性的な自分らしさにフィットするビール"という製品コンセプトのもと、開発が進むことになったと言います。
そして、同コンセプトの元、商品の顔とも呼べるブランドパーソナリティを担うキャラクターをパッケージへ落とし、ファンコミュニティの形成でセールスプロモーションを進めて…と、まさに「STP分析」を含むマーケティング戦略の"お手本"とも呼べる事例なのではないでしょうか。
「withコロナ」時代に考えるべき新しいセグメンテーション
成功したセグメンテーションについて3つの事例を見てきましたが、直近1年の世相を考えれば、市場に対して最たる変化を与えたのは新型コロナウイルスの感染拡大です。
この「withコロナ」時代に生まれた新しい需要や人々のニーズ変化は、これから新しくビジネスやマーケティング戦略を考える人にとっての転換期と言えるでしょう。現に、今回紹介したスタディサプリに関しても、2011年のサービスのローンチ当初から好調に事業拡大ができていたわけではありません。
山口氏の言葉を借りれば数年間で「啓蒙」は進めることができたスタディサプリですが、世間一般へ浸透したと言えるフェーズを迎えたのは、やはりここ1年の新型コロナウイルスの感染拡大が転機だったと語ります。
啓蒙はある程度進みましたが、キャズム(普及手前の溝)を超えるところまでは行っていなかったという見方をしています。これまでスタディサプリを採用してくださった学校も、リアルが中心で、宿題などだけをオンラインでという使い方が一般的でした。
それが、今回の新型コロナウイルスによる一斉休校などが、キャズムを超える契機になった。
上記インタビューにもあるように、昨年までは利用者ごとのネット環境やリテラシー、そしてオンライン学習というもの自体の一般性の薄さが、サービス拡大を阻んできたと言います。そこへ、コロナ禍が始まったことで「リモート学習をしなければならない」という半強制的な状況ができ、状況が一変したと言えるでしょう。
ヴァリューズの分析ツールである「Dockpit」でスタディサプリのサイトセッション数の推移を見ても、コロナ第一波のあった今年3月~5月頃のアクセスは、以前の2倍~3倍ほどまで跳ね上がっていました。
「Dockpit」で抽出した「スタディサプリ」Webサイトのセッション数データ
期間:2019年11月〜2020年10月
デバイス:PC・スマートフォン
この事例のように、新型コロナウイルスが引き起こした様々な社会環境の変化は、消費者のインサイトや潜在的なニーズが変わるきっかけとなりえます。
当メディア「マナミナ」でも、過去に「withコロナで変化する消費者意識を調査 ~ 増えた在宅時間を有意義に活用したい「自粛ポジティブ派」が約7割に」という調査データを公開しました。
この調査では、コロナの影響で以下のような消費者意識の変化が生じたことがわかっています。
• 「在宅時間を有意義に使いたい」が約7割を超え情報収集に充てる時間も増加傾向
• 在宅時間が増えて「断捨離」「筋トレ・ストレッチ」などへ興味を持つユーザーも増えた
• 男性は「投資」や「資格取得・勉強」、女性は「ハンドメイド」「部屋の模様替え」に意欲
コロナによって在宅時間が増えて興味を持ったこと(左)と、実践したこと(右)のデータ
これら消費者意識の変化に対してどういったセグメンテーションを考えられるのか次第で、「withコロナ」や「アフターコロナ」時代を席巻する商品の起案につながるかもしれません。
withコロナで変化する消費者意識を調査 ~ 増えた在宅時間を有意義に活用したい「自粛ポジティブ派」が約7割に
https://manamina.valuesccg.com/articles/1027インターネット行動ログ分析によるマーケティング調査・コンサルティングサービスを提供する株式会社ヴァリューズは、国内の20歳以上の男女10,003人を対象に、新型コロナウイルス感染拡大前後での在宅時間の増減と、在宅時間増加による行動や意識変化をアンケートにて調査しました。
一歩目はアイデア?それとも調査?
今回は成功している3つの事例から、上手くいくセグメンテーションはどのように行われてきたのかを見てきました。
それぞれの事例が「アイデアから」もしくは「調査から」とスタートが異なり、またリサーチの進め方も利用シーンの調査、インサイト調査といった様々なアプローチがあり興味深かったです。
自身でハッと思いつくことがあればそれをセグメンテーションの起点にしてもいいですし、何も思いつかなければ「まず調査から」と割り切ってしまうのも良いでしょう。成功事例を見て、大切なのは「どういった消費者に・どういった需要があるのか」をロジカルに考え、繰り返しのリサーチで考えを深めていくことにある、と筆者は感じました。
また、新型コロナウイルスの感染拡大はまさに、「これから生まれる市場」を考えるうえで転機となることは間違いありません。在宅需要や衛生の観点、消費行動の変化など、様々なキャッチアップをしていくことで、ビジネスチャンスが降りてくるものと思われます。
本調査が、皆さんのマーケティング業務や市場調査などに役立ちますと光栄です。
【調査概要】
・全国のモニター会員の協力により、ネット行動ログとユーザー属性情報にもとづき分析
・行動ログ分析対象期間:2019年11月〜2020年10月の検索流入データ
※ボリュームはヴァリューズ保有モニターでの出現率を基に、国内ネット人口に則して推測
※対象デバイス:PC・スマートフォンの両デバイス
↓記事内で使用した一部のデータは、未発見の消費者インサイトを浮き彫りにする「マーケターのための検索エンジン」Dockpitのものです。ご興味のある方はぜひお気軽にお問い合わせください。
国内大手の採用メディア制作部を経てフリーライターとして独立。現在はWebマーケティング、就職・転職、エンタメ(ゲーム・アニメ・書籍)等の各種メディアにて記事制作を担当。「マナミナ」では一人でも多くの読者に楽しく読んでもらえるマーケティングコンテンツを提供していきます。