2023年、世界情勢の憂慮 〜「地政学」から見た対中関係と日本企業のこれから

2023年、世界情勢の憂慮 〜「地政学」から見た対中関係と日本企業のこれから

世界を震撼させたウクライナ侵攻や、まだ出口の見えないコロナ禍もそのままに明けた2023年。本稿では、2022年を振り返り、引き続き憂慮される国際社会の動向や、日本にとって特に注視すべき対中関係とそれらに準ずる日本企業のあり方を、大学研究者としてだけでなく、セキュリティコンサルティング会社アドバイザーとして地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が解説します。


2022年、日本を取り巻いた世界を「地政学的」に振り返る

2023年が始まりました。今年は海外で経済活動を行う日本企業にとってどんなイヤーになるのでしょうか。近年、日本企業が直面する経営リスクでは、地政学・経済安全保障リスクに注目が集まりました。特に2022年はロシアによるウクライナ侵攻、緊張が高まる台湾情勢などにより、企業内に地政学・経済安全保障担当の部署を設置したり、担当者を選定したりする企業数が増えたとされます。

企業によって進出先や一国への依存度などは大きく異なり、直面する地政学・経済安全保障リスクも多岐に渡ると思われますが、ここでは最も懸念が強まる事案のひとつである日中関係の行方について展望し、日本企業にどのような影響が出るかを探ってみたいと思います。

中国とさまざまな関係性を結ぶ「世界の国々」、果たして日本は

世界経済の中で中国は存在感を増し、今日、おそらく中国と全く取引がない国は世界中に殆どないと言ってもいいのではないでしょうか。当然ながら、中国との付き合い方は各国によってさまざまで、欧米のように中国と対立する国々もあれば、ラオスやカンボジアなど中国経済に強く依存する国々も増えています。

また、その中では、外交関係が悪化し、対立を深めながらも関係改善を進めようとする国もあります。その1つにオーストラリアが挙げられます。新型コロナウイルスの真相究明や人権問題を巡った際には、オーストラリアと中国の関係は悪化し、中国はオーストラリア産のワインや牛肉などの輸入を突然停止するも、最近になると、オーストラリアは中国との関係改善に踏み足を切り、中豪の経済関係を改善する動きに出ています。

このように、外交関係が悪化したからとはいえ、中国との経済関係を完全に切ることはできないとの思惑を抱く国々は実際多いことでしょう。それは日本も同様です。おそらく日本企業の中にも、「日中関係が悪化しても経済は別。ビジネスはビジネスで進める」と無意識に思っている人々が多いのではないでしょうか。確率論で言えば、政治は冷え込んでも経済関係は普通に続くというシナリオが最も高いと考えられ、現実的だと思います。

「ビザ発給停止」から見る日中の政治的・経済的軋轢の可能性

しかし、緊張が高まる台湾情勢や米中対立などにより、我々は1つのリスクを忘れてはなりません。それを如実に現したのが、2023年になって発生した中国による対日ビザ発給停止です。このケースでは、中国のゼロコロナ政策の終了によって中国国内で新型コロナの感染が爆発的に増加したことに、日本が水際対策を強化。その対抗措置として、中国は対日ビザ発給停止という行動に出ました。

これを巡っては日本政府内からもやり過ぎとの不満が上がり、中国に行けないことに日本企業の間での動揺が広がりました。しかし我々は、地政学・経済安全保障リスクから、単にこの問題を「水際対策強化→対日ビザ発給停止」という現実だけで見てはいけません。ここでポイントになるのは、この問題を政治的に考え、中国の対日姿勢を見極めることです。

例えば、中国を取り巻く世界情勢から対日本への中国の思惑も見えてきます。近年、米中間では安全保障や経済、貿易やサイバー、宇宙や技術などあらゆるドメインでの競争が激化し、特に、経済面でバイデン政権は、半導体など先端技術分野で中国とのデカップリング(切り離し)、国内強化を目指すリショアリング、同盟国や友好国とのサプライチェーン強化を目指すフレンドショアリングを進めています。
 台湾の半導体製造大手TSMCが日本での生産強化を目指していることも関連しますが、中国は経済安全保障で“対中多国間包囲網”ができることを強く懸念しており、その関連で日米を切り離したい思惑があります。

また、習政権が絶対に譲ることのできない核心的利益に位置づける台湾を巡っては昨今緊張が高まっていますが、日本は米国の軍事同盟国であるので、仮に有事となれば日中間では対立の構図が鮮明になります。現時点で、中国軍にスムーズに台湾侵攻を進められるほどの力や規模はないと見られますが、中国はその際、日本が対米協力などで厄介な存在になることを懸念しているはずです。

このような国際政治の実状から判断すれば、中国は常に日本の行動を注視し、それに基づいて戦略的に動いていると見るべきでしょう。
 繰り返しになりますが、今回のビザ発給停止という措置を取った背後には、そういった中国側の政治的狙いがあると思います。

2023年さらに注視するべき地政学的な対中関係

米中対立や台湾情勢が時間の流れとともに悪化する一方で、それによって日中関係も冷え込んでいく可能性が徐々に高まっています。そうなれば、今後も何か問題が起きた際、中国が日本に対して何かしらの強硬措置を取ってくることは十分に考えられます。それが輸出入の停止や制限、関税引き上げなど、どのような手段になるのかは分かりませんが、中国が先行して強硬措置を突如発動し、それによって日本企業の経済活動に影響が及ぶというシナリオは、今後さらに出てくるのではないでしょうか。

中国依存が強い企業ほど、難しい選択を余儀なくされると考えられます。2022年に一部の日本企業の間で見られたように、脱中国の一環で国内回帰を強化したり、第3国へ移転したりする動きは2023年にはもっと増えてくると思われます。日本企業はその可能性を今のうちから検討しておくべきでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

関連するキーワード


地政学 組織づくり

関連する投稿


米大統領選挙の行方 〜 日本企業が注視するべきポイント(台湾、朝鮮半島)

米大統領選挙の行方 〜 日本企業が注視するべきポイント(台湾、朝鮮半島)

全世界が注目する米国大統領選挙まであと2ヶ月。トランプ氏とハリス氏の攻防も熱を帯びてきましたが、いずれの結果においても政府間のみならず、日本企業の安定的かつ友好的な立場も維持したいものです。本稿では、米大統領選挙によって、日本企業にどのような影響があるのか、特に台湾情勢・朝鮮半島情勢についてフォーカス。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

米大統領選の行方で日本企業が注視するべきポイントとは

世界中の注目が集まっているアメリカ大統領選。再選を狙うトランプ氏銃撃事件に現アメリカ大統領バイデン氏の候補撤退表明など、日々さまざまなニュースが飛び込んできています。次期候補には誰が就任するのか、そして、その結果によって日米の直接の関係性はもとより、現在アメリカが抱える関係国との問題はどのようにして日本へも波及するのか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


POLAが描いた独自の顧客体験戦略と、組織横断型のプロジェクト・組織マネジメント術 |「Values Marketing Dive」レポート

POLAが描いた独自の顧客体験戦略と、組織横断型のプロジェクト・組織マネジメント術 |「Values Marketing Dive」レポート

ヴァリューズは、“データを通じて顧客のことを深く考える”、“マーケティングの面白さに熱中する”という意味を込め、マーケティングイベント「VALUES Marketing Dive」を6/25に開催しました。第4回目となる今回の全体テーマは「Think & Expand - 潜考から事業拡大へ」。企業の成長、事業拡大を目指すためのマーケティング戦略、組織について考え、革新的な思考・潜考がどのように事業拡大につながるのか、マーケティング組織のマネージャーやエグゼクティブが押さえておきたい“Premium”な知識や事例をご紹介します。本講演では音部大輔氏がモデレーターとなり、顧客体験・組織戦略についてPOLA中村俊之氏と対談しました。


中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

中国はどのような基準で輸出入規制の対象品を選ぶのか

世界の歴史を見れば分かりますが、国家と国家が紛争するのは、主に軍事や安全保障という領域でした。しかし、グローバルなサプライチェーンが毛細血管のようになり、国家と国家の経済の相互依存が深化している今日、国家と国家の紛争の主戦場は経済、貿易といった領域です。そして、国際政治が大国間競争の時代に回帰する中、諸外国の間では経済的威圧という問題に懸念が広がっています。本稿では、最近身近で起きている中国の経済的威圧について、国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

台湾で新政権が発足〜今後の中台関係の行方〜

2024年5月、台湾の新総統として頼清徳氏が就任したことは記憶に新しいところでしょう。新たに発足した頼政権によって中台関係はどうなっていくのでしょうか。また、それによって、日本はどのように影響が及ぶのでしょうか。国際政治学者としてだけでなく、地政学リスク分野で企業へ助言を行うコンサルティング会社の代表取締役でもある和田大樹氏が解説します。


最新の投稿


タイのコーヒーの特徴とは?タイのコーヒー市場の現状やショップを紹介

タイのコーヒーの特徴とは?タイのコーヒー市場の現状やショップを紹介

近年タイではコーヒーブームが起こっています。バンコクには次々と新しいカフェができており、SNS映えする店内だけではなくコーヒーの味にもこだわりを持つカフェが増えています。実際に、起業してカフェオーナー兼バリスタになるのはタイでは一つのトレンドです。 近年、タイのコーヒー市場は右肩上がりに伸びており、タイのコーヒー市場は日本円で1440億円を超えると言われています。 そこで本記事では、タイのコーヒー市場の現状を読み解くとともに、タイでなぜコーヒーの人気が高まっているのかを、タイのコーヒーブームの歴史と共に解説します。


2025年上半期Z世代トレンド予想!Trepo、「ファッション」「グルメ」「コト・モノ」の3部門のランキングを発表

2025年上半期Z世代トレンド予想!Trepo、「ファッション」「グルメ」「コト・モノ」の3部門のランキングを発表

株式会社Creative Groupは、同社が運営するメディア『トレンドメディアTrepo(トレポ)』にて、10代~20代の女性を対象に、2025年上半期のZ世代トレンド予想調査を実施し、結果を公開しました。


ADK MS、「ゲーム総合調査レポート2024」を発表!最新のゲーム市況の把握から、ゲームプレイヤーの行動・心理の分析まで網羅

ADK MS、「ゲーム総合調査レポート2024」を発表!最新のゲーム市況の把握から、ゲームプレイヤーの行動・心理の分析まで網羅

株式会社ADKマーケティング・ソリューションズは、ゲームプレイヤーの心理・行動を分析し、分かりやすく彼らの実態を可視化した「ゲーム総合調査レポート2024」を作成し、公開しました。


スリープテック ~ 睡眠の質とテクノロジー

スリープテック ~ 睡眠の質とテクノロジー

疲労回復、毎日のコンディション管理に必要不可欠な「睡眠」。その睡眠、あなたは足りていますか?最近ではニュースでも多く取り上げられた通り、日本は世界規模での「不眠大国」。実に日本人の平均睡眠時間は経済協力開発機構(OECD)の加盟国33ヵ国の中で最下位とも言われています。そして睡眠はただ眠るだけではなく、経済とも大いに関わりがあるのです。本稿では広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェローを務めている渡部数俊氏が、良質な睡眠の鍵を解説します。


BtoBマーケティングの成功は"ファクトファインディング"が重要!本質的・潜在的な課題・ニーズを引き出すことが成功のカギ【PRIZMA調査】

BtoBマーケティングの成功は"ファクトファインディング"が重要!本質的・潜在的な課題・ニーズを引き出すことが成功のカギ【PRIZMA調査】

株式会社PRIZMAは、全国のマーケティングコンサルタントを対象に、「BtoBマーケターが始めた方が良いこと」に関する調査を実施し、結果を公開しました。


競合も、業界も、トレンドもわかる、マーケターのためのリサーチエンジン Dockpit 無料登録はこちら

アクセスランキング


>>総合人気ランキング

ページトップへ