世間とは
「渡る世間に鬼はなし」。社会人になる直前に親しかった先輩から勇気づけられた、ことわざです。実際、鬼は社内外に数多く存在したような気もしますが、一方で随分と様々な人々から助けて頂き、今までなんとか生き抜いてきました。TVドラマ「渡る世間は鬼ばかり」の方がことわざとしてはリアルなのかもしれませんが。
欧米では社会(society)とは個人が前提です。個人は譲り渡すことのできない尊厳をもっているとされており、その個人が集まって社会をつくるとみなされています。個人の意思に基づいて社会のあり方も決まるため、社会を構築している最終的な単位として個人があると理解されています。独立した個人という発想を持たなければ、社会は成立しません。
まだまだ日本では個人に尊厳があるとまでは認められておらず、通常、世間は所与とされています。誰もが世間という枠組みの中で生きていて、世間を常に意識しながら日常生活をおくっています。世間とは個人個人を結ぶ関係の環であり、会則や定款などは存在しませんが、個人個人を強固な絆で結びつけています。世間には会社や同窓会、クラブなど形を持つものと隣近所や贈答をする先など形を持たないものがあります。学者言葉では世間とは「非言語系の知」の集積であり、特に顕在化させる必要はないものなのです。世間と社会は異なる言葉ですが、歴史上、時には世間と社会は近い意味でも用いられてきました。時によっては、『渡る社会は鬼ばかり』が正解なのかもしれません。
行動経済学から見た慈善活動
生活困窮者を慈しむ、慈善事業をする人徳者を世間の誰もが尊敬します。明治時代に身寄りのない老女達に手を差し伸べるため、彼女達が生活する福祉施設「老人ホーム」を英国人宣教師が慈善事業として始めました。かの聖徳太子は「悲田院」という生活困窮者を救護する施設を初めて開いたと伝えられています。災害時などの緊急時に素早く積極的に寄付する行為・活動はなかなか真似できません。また、名前を名乗らず行う寄付行為には頭が下がります。純粋に深い慈しみの精神を持ち続けることは難しく、そこに人間愛を感じます。寄付行為は道徳的もしくは宗教的義務感から行う人もいますが、世間体を意識して寄付する人も存在します。通常は幾つもの理由が重なって寄付を行うことになると思われます。社会的評価を得ることは重要な意味を持ち、特に寄付や慈善といった善行でそれが顕れます。
行動経済学では寄付や慈善による社会的評価を高める動機をイメージ・モチベーションと呼びます。慈善的寄付は自分が善良であるとシグナリングする手段です。さらに、人々の慈善行為をもっと幅広く簡単に世間に公表できれば、寄付をする意欲が高まり、寄付金が増える可能性が高くなると予想できます。慈善団体において、慈善団体の経営トップが金銭感覚に敏感な人物であると思われた場合、慈善事業に期待される職業倫理と矛盾し、団体の評価が下がります。寄付を検討している人々もその団体を支援することはないでしょう。
非営利組織(非営利団体)
NPO(Non-Profit Organization)は非営利組織(団体)であり、市民を主体とし、市民の発意により活動する市民活動団体と定義できます。社会福祉法人、社団、生協、労働組合なども広義のNPOといえます。収益を目的に事業を行うことは認可されていますが、事業で得た収益を団体の構成員で分配することは認められていません。正式には1999年に公布された特定非営利活動促進法に基づいて法人格を取得したNPOをNPO(特定非営利活動)法人と呼んでいます。NGO(Non Governmental Organization)は非政府団体であり、企業などの営利団体と政党等の政治団体を除く、全ての民間非営利団体を指します。主にNGOは国際政治の場で用いられる用語で、NPO共に社会貢献活動をする民間の非営利団体です。
企業など営利組織のマーケティングの概念は「売れるための仕組みづくり」であり、社会から求められているのは利益(利潤)の最大化です。NPOなど非営利組織の存在意義は社会課題を解決(社会への新しい価値の提供)することにあり、社会から期待されているのは社会的成果です。非営利組織におけるマーケティングの概念とは「社会課題解決のための仕組みづくり」と定義できるのかもしれません。
ソサイエタルマーケティング
マーケティングを社会全体の利益向上のために応用することをソーシャルマーケティングと呼びます。ソーシャルマーケティングは、1960年代に米国で活発になった消費者運動(コンシューマリズム)が台頭し、注目を浴びるようになりました。最近でもCSR(企業の社会的責任)への関心の高まりと共に再注目されています。
ソーシャルマーケティングは非営利組織や行政機関の運営にも広く活用されています。生活者のニーズを把握して的確なサービスを提供するために、質の向上や効率化にマーケティング志向は欠かせません。また、これからの企業活動は自社の利益や顧客のみを対象にするのではなく、様々なステークホルダーに対して、地球規模で社会全体の利益や福祉の向上を目指さねばなりません。消費者の利便性だけを追求する「顧客志向」のマーケティングでは、商品・サービスの大量生産・大量消費による環境汚染・環境破壊を増大させる恐れがあり、地域社会との深刻なトラブルを引き起こす可能性があります。SDGsの達成を目指す上でも、企業にはソーシャルマーケティングについて理解を深め、社会に悪い影響を与えない商品・サービスの提供が望まれていることを改めて認識して貰う必要があります。
ソーシャルマーケティングの発展形ともいうべきソサイエタルマーケティング(社会的志向マーケティング)は、営利組織である企業の利益追求中心のマーケティングに対し、社会との関わりを基本に置くマーケティングの概念です。自然的・生態的・社会的影響を考慮しながら顧客のニーズに基づく、これからのマーケティングの方向性を示しています。
ボランティアが主体の非営利組織やシャドウワークである地域活動等で、ソーシャルマーケティングの役割は増す一方です。さらに、企業戦略を展開する上で、企業のCSR活動への熱心な取り組みは企業イメージを高め、企業ブランド価値の増大をもたらします。
消費とは自己満足のためにあるのか、それとも、社会循環のためでしょうか。近代経済学の既存理念の枠を超え、現代の消費に対して供給者・生産側に「倫理観」や「利他心」はどのように存在し得るのか、そしてそれらの理念をもとに、持続可能な未来経済へとどう繋げていくべきなのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。
年々注目度が増し、避けては通れなくなりつつある「SDGs」。この目標達成に即した企業活動として、現在注目されている「サーキュラーエコノミー(=循環型経済)」。企業の事業展開において、廃棄物も汚染物も出さないという理念に基づき、収益を創造してゆくこの事業モデルの必要性、そして現代における「再生・再利用」への問題に関する示唆も含め、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。
株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。