エシカル消費 ~ 利他心と未来

エシカル消費 ~ 利他心と未来

消費とは自己満足のためにあるのか、それとも、社会循環のためでしょうか。近代経済学の既存理念の枠を超え、現代の消費に対して供給者・生産側に「倫理観」や「利他心」はどのように存在し得るのか、そしてそれらの理念をもとに、持続可能な未来経済へとどう繋げていくべきなのか、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。


ラーゲリより愛を込めて

夏の耐えられない暑さも苦しいですが、冬の厳しい寒さも辛いものがあります。シベリアの厳冬の寒さとそれに耐える人間と生きる意味を教えてくれた東宝映画の「ラーゲリより愛を込めて」に感動しました。魅力ある主人公の倫理観溢れる行動を応援したい気持ちと遠い家族を想う切なさが頭の中で交差し、映画を観ながら泣き続けたり、声援を送ったりと映画の醍醐味を満喫できました。シベリアの強制収容所(ラーゲリ)で如何に人間性を持ち続け生活できるか、裏切りや不公平が横行する収容所で精神的かつ肉体的に健常でいるためには何が必要か、など極限の場所での人間の生き方も考えさせられました。吹雪の中、仕事に出て木材を伐採したり、大木を運搬したりと厳しく辛い毎日を過ごす収容所生活にとって、家族が待つ日本への帰国(ダモイ)が夢や希望であり、生きる糧だったのです。

倫理とは人として守り行うべき道であり、人間関係や社会秩序を保つための道徳観です。倫理観の類義語に「モラル」、「良心」、「正義観」などがあるように、『倫理観を保つ・持つ』とは社会的に守るべき規範や秩序に基づいて行動を行う気持ちを保ち続けることです。倫理観を養うためには、①広い視野を持つ、②自分を客観視する、③常に感謝の気持ちを持つこと、などが必要です。常に周りの人々を勇気づけ、極限の状態でもストレスを溜めずに飄々と生き、正義感溢れる主人公に圧倒され、映画終了後もなかなか席を立てませんでした。

エシカル消費

エシカル消費(Ethical Consumption)が注目されています。一般的には地域の活性化や雇用などを含む、人権・社会・地域・環境に配慮した消費行動を指します。2015年9月に国連で採択されたSDGsの17のゴールの中で特にゴール12「つくる責任・つかう責任」に深い関連があります。

我々は比較的簡単に安くて良いものを手に入れることができます。しかし、その生産段階において、環境破壊や児童労働のような生産者の劣悪な労働環境など様々な問題を抱えています。消費者がエシカル消費を実践すれば、商品・サービスを提供する企業側も同様の観点で行動するようになると予想できます。エシカル消費は難しいものではなく、意識を少し変えるだけで日常生活に取り入れることが可能です。

具体例として、
①地産地消。その土地で生産された新鮮な生産物をその土地で消費することは、食文化を守り、無駄な輸送コストが発生せず、地球環境に優しい取り組みです。
②リサイクル。最近では、衣服やペットボトルでは使用済みの商品から素材を取り出して同じ商品を作る「水平リサイクル」も進んでいます。
③再生可能エネルギー。太陽光や風力、地熱など再生可能なエネルギーは温室効果ガスを排出せずに発電でき、資源の効率的利用につなげることが可能です。電力を消費する際、再生可能エネルギーの活用に力を入れている電力会社にスイッチするのはエシカル消費といえます。
➃フェアトレード。人件費・原料が安い発展途上国で生産されたものは安い価格で販売されている商品が多い傾向にあり、発展途上国で生産されたものを「公平、公正」の立場から、適正な価格で輸入し、生産者の労働環境や生活を改善することがフェアトレードです。
⑤脱プラスティック。使用量を抑えたり、紙や木に置き換えることで、海に流失するゴミを魚や動物が誤食するのを防ぎます。

アニマルウェルフェア

最近、日本でも欧米を中心に食品業界や小売業界で注目される「アニマルウェルフェア(動物福祉)」を配慮する動きが始まっています。エシカル消費に基づき、家畜を快適で居心地の良い環境で飼育することは環境や社会に配慮した商品を生み出すことにつながります。

急速な人口減少が進み、市場が縮む日本では農産物や食品の海外への輸出拡大を目指す必要に迫られています。当然、アニマルウェルフェアに対しても適切な対応が必要となっています。日本は国土の面積が限られ、牛や豚などの家畜の放牧や平飼いなどのアニマルウェルフェアの環境整備は遅れています。ただ、ESG(環境・社会・企業統治)投資を検討する際にアニマルウェルフェアへの対応を重視する投資家も多く、無言の圧力となっています。

アニマルウェルフェアの実例としては、平飼い(ケージの無い)卵の販売・利用、妊娠中の豚を閉じ込める檻の廃止、放牧した牛の牛乳、監視カメラやセンサーを活用した農場や食肉処理場の飼育環境確認、などが挙げられます。味に優れ、栄養に溢れた卵や食用肉をグローバルにブランド化できれば一層の輸出拡大につながります。現状での輸出先は台湾やシンガポールといったアジアへの輸出が中心です。今後はアニマルウェルフェアについての意識が高くエシカル消費が進んでいる欧米への拡大が望まれます。そのためには、グローバルな消費行動に合わせたPR活動やブランド戦略、国や地域別に商品の見直し、価格の工夫、など取り組みは急務です。

利他心と未来

近代経済学は利己を重視し、利他は馴染まないとされています。近代経済学の創始者として有名なアダム・スミスは自己の利益の追求によって、社会全体の利益となる望ましい状況が市場における「見えざる手」によって達成されると考えました。社会のためにという善意に基づく利他心からの活動はマイナスになると指摘しているのです。近代経済学の観点では人間の利他心を見落としているようです。現実的には利他の心が人を動かすのです。
 
エシックス(倫理)の語源はギリシャ語のエトスです。エトスとは「集団が共有する道徳」という意味です。自分の利害はさておき、他人の利益となるように図る心が利他心です。エシックス消費が我々に問いかけているのは、自分のしたことが他人の喜びにつながり、自分にも帰ってくるという繰り返しを持続し、未来につなげることができるか、ということです。

本来、利他心は遺伝子に刻まれた人間の本質のはずです。映画「ラーゲリより愛を込めて」の主人公の生き様からエシックスの本来の意味をはじめて理解できたような気がします。
語源であるエトスを各々が追求すること、これからの消費は自利利他の精神が必要です。

地球規模での利他心の広がりはこれから経済社会を動かす原動力となると信じています。

【関連】サーキュラーエコノミー ~ 循環型社会の到来

https://manamina.valuesccg.com/articles/2166

年々注目度が増し、避けては通れなくなりつつある「SDGs」。この目標達成に即した企業活動として、現在注目されている「サーキュラーエコノミー(=循環型経済)」。企業の事業展開において、廃棄物も汚染物も出さないという理念に基づき、収益を創造してゆくこの事業モデルの必要性、そして現代における「再生・再利用」への問題に関する示唆も含め、広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏が解説します。

この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人ギフト研究所 主筆。
広告・マーケティング業界に約40年従事。日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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