経済安全保障における経済的威圧 〜 中国のケースから考える

経済安全保障における経済的威圧 〜 中国のケースから考える

中国によるガリウム・ゲルマニウムの輸出規制が始まりました。これにより日本を始め全世界にとってどれほどのインパクトがあるのでしょうか。また、この政策の裏には中国はどのような本音を持ち合わせているのでしょう。このような経済摩擦の裏では「経済的威圧」と呼ばれる圧力が働いているとも。この複雑に絡み合った現状を、大学研究者として地政学リスク分野で企業へ助言を行っている和田大樹氏が詳しく解説します。


レアメタル輸出規制を進める中国。背景には対米先端半導体覇権競争が

中国は、8月1日から希少金属であるガリウムとゲルマニウムの輸出規制を始めました。今日、世界のガリウム生産の9割、ゲルマニウムの7割を中国が占めると言われ、実に日本はガリウムを中国に依存しています。今後中国からガリウムやゲルマニウムを外国へ輸出する際は、事前に政府へ申請することが義務づけられ、違反した場合は罰則が設けられています。日本企業は中国政府がどの程度厳しい措置を取るのかを見ていますが、それによる影響は限定的との見方が強いです。しかし、それも長期化すれば、備蓄や代替的調達先の確保などの課題が浮き彫りになってくる可能性もあり、中国側の今後の動向を注視していく必要があります。

中国による輸出規制の背景には、昨年秋以降激化する先端半導体覇権競争があります。バイデン政権は2022年10月、先端半導体が軍事転用される恐れから、中国に対する輸出規制を強化しました。そして、バイデン政権は今年1月、先端半導体の製造装置で高い世界シェアを誇る日本とオランダに協力を呼び掛け、日本は7月下旬から先端半導体関連23品目で対中規制を開始しました。

先端テクノロジーの分野でも存在感を示す中国ですが、半導体分野では米国や台湾、日本ほど先端を走っていません。軍の近代化を進めるためには先端半導体を獲得する必要があり、中国は“先端半導体に辿り着けない”ように規制を強化する米国などに不信感を募らせています。ガリウムなどは半導体の材料となるため、今回の輸出規制も米国や日本に対抗するものであることは間違いありません。

経済摩擦の裏で繰り広げられる「経済的威圧」とは?その威力や対抗策は

前述のような事情もあり、今後半導体分野を中心に米中(日米と中国)の間で貿易摩擦が拡大し、場合によって日本に対して厳しい「経済的威圧」が仕掛けられる可能性もあります。「経済的威圧」を簡単に説明しますと、大国A国に経済で深く依存するB国があったとして、A国が経済的手段(輸出入規制や関税引き上げなど)でB国へ圧力を掛け、A国が好まない行動を取ろうとするB国を思いとどまらせることを意味します。

そして、中国は近年、この「経済的威圧」によって他国へ政治的圧力を掛けています。1つの例が台湾です。蔡英文政権下で中台関係が冷え込むなか、中国は蔡英文政権が欧米と関係を強化することに不満を強め、これまでに台湾産のパイナップルや柑橘類、高級魚ハタなどを衛生上の問題があるとして一方的に輸入を停止しました。中国としては台湾に経済的損失を与え、それによって蔡英文政権の欧米重視路線を見直させようという狙いがあったと考えられます。

また、オーストラリアにも「経済的威圧」が仕掛けられました。新型コロナウイルスの真相究明や中国西部新疆ウイグル自治区での人権問題でオーストラリアが中国を非難し、外交関係が悪化する中、中国はオーストリア産の牛肉やワインなど特産品の輸入を突然ストップさせました。これも「経済的威圧」をオーストラリアに掛けることで、対中姿勢を改めさせようという中国側の狙いがあったと思われます。

台湾産パイナップルに関しては、中国への輸出量が大幅に減少した一方、日本向け輸出量がこの2年間で8倍以上に増加し、今日日本が最大の輸出先になっており、輸出代替先を確保することで被害を最小限に抑えられているとされます。また、オーストラリアのケースでも、ワインや牛肉生産者などは当初混乱しましたが、オーストラリア産を求めて他の国々からの需要がむしろ拡大し、その損失を補完できるようになったとみられています。最近の中国によるオーストラリア産品目の輸入禁止による被害は、オーストラリアのGDPをわずか0.009%減少させたに過ぎず、経済全体への影響は実質ゼロに近いという統計も現地メディアから報道されました。

台湾とオーストラリアのケースからは、中国によって「経済的威圧」が仕掛けられても影響は限定的だと感じられるでしょう。今回のガリウムとゲルマニウムの輸出規制でも、現時点では同様との見方が一般的です。しかし、こういった飲食類と比べ、先端半導体は中国にとって効果的な代替手段がないのが現実です。そうなれば、中国としては今後台湾やオーストラリアに仕掛けた「経済的威圧」と比べ、もっと強い対抗措置を打ち出してくる可能性もあるでしょう。ワインや牛肉、パイナップルなどは他にも輸入できそうな国はありますが、社会主義現代化強国を目指す中国にとって先端半導体の戦略的価値は全く異なります。我々はこのあたりの問題をさらに考える必要があるでしょう。

この記事のライター

国際政治学者、一般社団法人カウンターインテリジェンス協会 理事/清和大学講師

セキュリティコンサルティング会社OSCアドバイザー、岐阜女子大学特別研究員を兼務。専門分野は国際安全保障論、国際テロリズム論など。大学研究者として国際安全保障の研究や教育に従事する一方、実務家として海外進出企業へ地政学リスクのコンサルティングを行う。

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