左:株式会社資生堂 代表執行役 会長 CEO 魚谷 雅彦氏
右:株式会社ヴァリューズ 代表取締役社長 辻本 秀幸
VISION2020「世界で勝てる日本発のグローバルビューティーカンパニー」宣言の背景と想い
株式会社ヴァリューズ 代表取締役社長 辻本 秀幸(以下、辻本):資生堂の社長に就任されて、この4月で満10年です。魚谷さんは、マーケティングのプロフェッショナルでもあります。ブランド価値を大きくし、さらに素晴らしい企業へと変革されてきました。
まず就任早々「世界で勝てる日本初のグローバルビューティーカンパニー」というビジョンを掲げられましたが、当時の想いや狙いをお聞かせいただけますか。
VISION 2020 ROAD MAP
株式会社資生堂 代表執行役 会長 CEO魚谷 雅彦氏(以下、魚谷):資生堂といえば140年の歴史があって、知名度・好感度とも極めて高い、特別なヴァリューを持った会社です。日本を代表する老舗企業だと思っていました。
僕は最初、日本企業のライオンにいましたが、そのあと海外を経てコカ・コーラに転職しています。資生堂には創業期から15人の社長がいましたが、全員内部からです。そんな会社が僕に声をかけ、外部から責任者をアサインしようというのは、会社として、ものすごい覚悟だと思ったんです。内部にも、もちろん候補者がいたそうです。だから僕は、すぐイエスとは言えなかったんです。
辻本:長年の社員もたくさんいらっしゃる。DNAも違う会社ですよね。
魚谷:責任やもたらすべき変化の大きさもありました。
でも僕のメンターのアドバイスもあって、最終的にはすごくやりがいがある仕事だと思ったんです。今でこそ転職は当たり前ですが、僕が転職をした1988年当時は珍しくて、時代的にはパイオニア・フロンティア世代なんですよ。
今回これに応えて資生堂が変わることを世界に示すことができれば、「日本が変わる」という一つのシンボルになれるんじゃないかと考えました。というのは当時、日本は世界から「失われた20年」と言われ「変わらない国」と見放されつつあることに、大きな危機感を持っていたからです。
もし資生堂という会社のCEOが外から来て、会社を改革していく。それが上手くいったら、日本の変化を世界に示すことができる…かもしれない。ポジティブに考えて、その使命を引き受けることにしました。
その上で、期待をどう実現するのか。
僕がアメリカのビジネススクールに行った1981年は、日本が「Japan as No.1」と言われ、すごい頃だったんですね。1980年代後半には、世界の時価総額トップ10社にNTTからはじまって日本企業が7社入っていた時代です。日本が世界を席巻していました。
それから何年か経って、バブルが崩壊して経済も低迷して、日本は自信を失って…。世界の中でどんどん劣後していきました。なんとか日本の経営はまだまだ捨てたもんじゃない、良いものがいっぱいある、世界にそうアピールすべきだと考えていました。
だから最初に掲げたことは「真のグローバルカンパニーになろう」というメッセージです。僕に期待することへの違いを考えると、マーケティング、ブランド、グローバルがメインです。世界一ブランド価値があるといわれるコカ・コーラに長くいたこともあったので。
もう一つのメッセージは、140年続いている会社なので、僕がやることは2〜3年で素早く方向転換して良くなることではなくて、100年続く会社の基礎をつくるということです。そのために必要な改革や投資をする。つまり「長期のためにやる」。この2つを社員に発表しました。
マーケティング投資の強化によって悪循環から好循環へ
辻本:マーケティングコストも、すごい額を提示されました。
魚谷:3年間で累計1000億円です。
マーケティング投資の強化
魚谷:BtoC系、消費財の企業にとって最も概念を変えなければいけないことがあります。上場企業だから、売上や会社のPL損益でどれだけ利益率があるかを気にしています。利益率が低く、2桁を出せないと言われて、みんな苦しんでいる。
でも、売上は「結果」なんです。何かというと、消費者がいくら買ってくれているかが一番重要なんです。買ってくれるモノが伸びれば、出荷は当然伸びる。
辻本:顧客起点の大事さですよね。
魚谷:なのに会社の経営を語る際には、売上の話ばかりしている。おかしいと思うんです。まずは購買を伸ばさないといけない。そのためにトライアルを増やして、ペネトレーション(市場への浸透)をあげて、リピートを増やさないといけない。そのためにも、マーケティング投資をしなければということなんです。
辻本:社員の方々もエネルギーになったでしょうね。会社の本気が伝わります。
魚谷:ただし会社経営のジレンマがあります。過去にも起きてきたことですが、広告宣伝費に1000万をあてたとしても、売上がすぐに追いついてこない時、カットしてしまうんです。
辻本:短中期の視界が多いですよね。
魚谷:BtoC系企業にとってPL上で最も調整しやすいのは、広告宣伝費やプロモーションの費用です。固定費や人件費、必須の物流費もすぐには動かせないですから。
でも広告宣伝費が減ると、お客様への販売が影響を受け、トライアルが減って、リピートが減る。すると流通在庫が一定だとすると、売上も伸びない。そして売上が伸びないから、また広告宣伝費を削って…と悪循環を生むわけです。これを断ち切ろうと思いました。
投資強化により悪循環から好循環へ転換
魚谷:そのために、3年間で累計1000億円をプラスで積み上げました。また仮にこのPLがその通りにいかなかったとしても、絶対に広告宣伝費は削減しないことをセットで宣言したんです。
もちろん上場企業だから簡単ではなく、仮に計画通りいかずに売上や利益が伸びなければ、株主にも責任があるし、アナリストから色々な評価も受ける。企業や経営者としては大変です。でも腹をくくればいい。自分が説教を受ければいいから、ここは変えないと宣言しました。
これは自分の経験からも分かるんです。「よし、新製品出して頑張ろう!」という時に、気が付いたら、会社がマーケティング費用を削減して予定通りいかないということがありました。
だから、ここに明快なコミットをしました。皆さんにとっては一つの安心材料だし、本気で取り組む気持ちにもなる。会社の姿勢として、会社がコミットしないで社員にコミットしろ、というのはあり得ません。まずは会社がここまでやる、とコミットすることが重要です。
そのうえでの数字、例えば質の高い営業、また当社の場合は店頭の美容部員の方にしっかりと伝えていく。相互の信頼関係、約束関係が大事で、そこを築けたことは良かったと思います。
辻本:魚谷さんはマーケティング、中でもブランディングにも強いので、そういう視界で時間軸を長めにとって投資することの有効性を発信されたように感じます。
魚谷:昔から「お客様起点」「お客様が大事」「Consumer is Boss」と色々な言葉があります。けれど、言葉よりも実践するとはどういうことか。会社経営の視点と、現場の仕事起点の双方から考えることが一番大事です。これがすべてなんですよ。
日本人に根付く医食同源の思想「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」
辻本:続いて2030年に向けて掲げられた「PERSONAL BEAUTY WELLNESS COMPANY」についても、想いや背景をお聞かせください。
魚谷:これは前の仕事にも関係しています。コカ・コーラの日本のオペレーションは、日本のお客様ニーズに基づいたローカルのブランドが、すごく大きな割合を占めているんですよ。
もともとはコカ・コーラやファンタスプライトというブランドからスタートしましたが、これからはコーヒーを缶に入れて飲む人がたくさんいるかもしれないという偉い人がいたんですね。ジョージアです。僕が入った時はジョージアが厳しくなった後だったので復活させて、お茶やスポーツドリンクもトライしました。また日本人が水なんか買うわけがないと言われながらも、水が出てペットボトルが広がっていった。
そんな中だったので「日本初の新製品をつくり、コカ・コーラのネットワークを使って世界に持っていこう」というのが、僕が社員に語っていた夢だったんです。実際、アクエリアスは今スペインで売っているんですよ。
辻本:日本の誇りになりますよね。
魚谷:はい。日本でどんどん変化を捉えて、新しいものをつくろうって。そして新製品の議論をする際に、僕らは自然に「身体にいいもの」、いわゆる医食同源という発想が非常に強いんです。
例えば当時、乳清の新製品を開発したとき、企画した女性が「腸内環境をよくするので、お通じがよくなって、肌がきれいになる」と言っていたんです。それをアメリカから来た男性にプレゼンテーションしたら、笑われました。でも日本人だったら何となく分かるじゃないですか。睡眠をとったら肌がよくなるとか。
その時からずっと思っていたので、資生堂にきた時から中国の漢方の研究をもっとできないかと考えていました。中国にあった2,000~3,000年前からの東洋思想と言われるものです。
というのは、資生堂のパーパスが「肌がきれいになって健康的でハッピーに幸せな人生を送っていただく」というならば、それは健康とすごく関連しているんですよね。つまり肌につけるためには身体をよくしようとか、睡眠の質を高めようといったことは相関があります。上から塗ることで肌をきれいにするというビューティーだけではなく、インナーから、ということを次の次元で考えるべきだというのが、もともと持っていた問題意識でした。だから「Beauty Wellness」という方針を出しました。
2030年に目指す姿
魚谷:ただ資生堂の研究所は基礎研究をたくさん行っていますが、そういった視点の研究はあまりありませんでした。そのため、4年程前から理研(理化学研究所)さんと共同研究をしたり、大学とアルゴリズムの開発を行っていたりします。知見を持たないと、裏付けがないからです。今は食の知見が少ないので、今回ツムラさんやカゴメさんとの共同開発によって、学びを得ながら進めているところです。
大学卒業後、損害保険の営業事務を経て、通販雑誌・ECサイトのMD、編集、事業企画に従事した後、独立。自身のキャリアを通じて、一人一人のポテンシャルを引き出すことが組織の可能性に繋がることを実感したことから、現在はマーケティングとキャリア・人材を軸に、人と組織の可能性を最大化できるよう支援をしています。