経済圏確立へキャリアが向かう道|EC編(2) ペイとの親和性は?

経済圏確立へキャリアが向かう道|EC編(2) ペイとの親和性は?

EC編第1回は、コロナ禍の影響を中心に通信キャリアEC事業の近況を概観しました。第2回は各社のビジネスモデル、そしてキャッシュレス決済とのシナジーを分析してみます。キャリア系ECといっても、楽天、Zホールディングス(ZHD)、NTTドコモ(ドコモ)、KDDI(au)のビジネスモデルは少しずつ異なります。ECから通信へ事業を拡張する楽天、ポータル等ウェブメディアから第3の通信キャリアとしてポジションを固めてきたZHD、固定通信からモバイルへ、そしてECへと事業を広げてきたドコモとau。4社の競合は2018年以降のキャッシュレス決済をターニングポイントに、さらなる変革を迫られてきました。


店舗戦略

Yahoo!ショッピング(以下Yahoo!)やau Wowma!(以下Wowma!)は、Amazonと同様に店舗が比較的自由に出店できるプラットフォームで、初期費用や家賃は割安です。とくにYahoo!は2013年「eコマース革命」と銘打ち、初期費用、月額費用、販売手数料を全て無料(ただし現在売上に対するポイント原資最低1%とキャンペーン原資1.5%は必須)にして、広告で稼ぐモデルを展開してきました(その結果一時期90万店舗まで出店者が増えたものの、本気度の高いお店は限定的ともいわれます)。

Amazonも同様に参入しやすく、在庫管理や出荷の委託サービスもありますが、大きな違いはAmazon自身も出店者であること。プラットフォーム上の店舗売上データを活用して売れ筋の商品を投入することも可能です。

楽天市場(以下楽天)やdマーケット/ショッピング(以下dマーケット)はこれら商店街型ECと異なり、初期費用・月額費用や事業シナジーなど、プラットフォーム側で設けた何らかの出店基準を満たすお店を集める、デパートに近い厳選型プラットフォームといえます。お店はデパート内に出店するブランドショップに近く、店舗ごとの設計も可能です。楽天はYahoo!同様に店舗数を確保したいはずですが、一定のハードルを設けることでアクティブなお店に限定し、手厚い販促等の支援を行いながらお店と一緒に成長する戦略といえるかもしれません。dマーケットは店舗の選定基準、費用なども公開していないようです。

店舗費用比較
(各サイト出店者向け案内等から作成。ほかに決済手数料などが発生する場合もある。
店舗数はECCLab及びIR資料等を2020年5月に参照)

EC

初期費用

月額家賃

販売手数料

ポイント原資

店舗数

楽天市場

60,000

19,500円~

3.5%

1.0%

49,895

Yahoo!ショッピング

0

0

0

2.5%

87

PayPayモール

0

0

3.0%

2.5%

600

dマーケット

非公開

67

Wowma!

0

4,800

4.5%9.0%

15,000

Amazon(大口出品)

0

4,900

15.0%

任意(1%)

17.8

出店者によるマーケティングや品揃えの自由度はECにより異なりますが、2019年10月の公正取引委員会調査によると出品が停止・削除されることも少なくないようです。コロナで問題になったマスクの高額転売禁止といった公益に叶う措置は当然EC事業者の責任といえますが、ECの信頼性と店舗満足の両立はそう簡単ではないのでしょう。

楽天悲願の送料込表示、対応店は8割に

通信キャリア中、唯一ECから通信へ拡張を図る楽天にとって、ECは負けられないコア事業です。楽天のビジネスモデルにとってはユーザーだけでなく店舗も貴重なお客様であり、サイトの自由度に加え「楽天大学」などの店舗向け売上げアップ支援サービスが充実しています。その分初期費用、月額家賃(システム利用料)とも馬鹿にならない金額で、出店審査もYahoo!やWowma!、Amazonより厳しいといわれています。そしてアフィリエイトや決済手数料、オプションなど多彩なサービスを選べる分、楽天の課金システムはやや複雑です。

楽天の月額課金システム

(楽天市場「サービス・料金詳細」より)

昨年来目指してきた「購入額3,980円以上なら一律送料無料」戦略(沖縄など一部地方は9,800円以上)は、出店者や当局との紆余曲折を経て今年3月18日から「送料無料ライン」として実施され、店舗の任意で対応を選べるようになっています。5月公開の第1四半期決算説明によると約5万店舗のうち8割は送料無料ラインに対応し、未導入店舗に比べ28.7%取扱高が増えているとのこと。

店舗の8割は送料込みラインを導入

(楽天株式会社2020年度第1四半期決算説明会資料より。GMSはGross Merchandize Salesで取扱高を指す)

Amazon型と厳選ショップの両睨み

ZHDにおけるECはコマース事業で、決済も含まれています。Yahoo!は前述の通り、参入障壁をぐっと下げて多数のショップの参加を促してきました。これに対しPayPayモールはYahoo!ショッピング出店者のうち年間流通総額1.2億円以上、または店舗表彰制度受賞といったハードルをクリアした優良店のみが対象で、販売手数料も3.0%発生します。サービス開設当初の店舗数は600程度だったので、とにかく店舗を増やそうとしたYahoo!とは大きく戦略が異なります。「ZOZO買収とPayPayでEC市場に挑む、ヤフーの勝算」で触れましたが、ライセンス料3%の問題もあり、経済圏ブランドとしてはPayPayへのシフトを図っていると推察されます。ただし、EC編第1回でとりあげた通りPayPayモールユーザーはYahoo!ショッピングの半分程度にとどまり、当面は両睨みの戦術が必要なのでしょう。
今年に3月にはヤマトホールディングスとの提携により自社EC出店ストア専用の新物流サービス「フルフィルメントサービス」と「ピック&デリバリーサービス」をスタート。商品の受注から出荷までの一連の業務代行やECシステム外販に参入し、Amazonの強みである物流に切り込む構えです。

老舗キャリア2社は「ライフ」事業の位置づけ

auは、ECを各種コンテンツサービスを含む「ライフデザイン事業」と位置づけています。auショッピングモールとDeNAショッピングが2017年1月に統合されたECで、2019年7月現在の店舗数は3,000以上。2020年2月にはキャッシュレス決済に合わせて「Wowma!」「auWALLET」を全て「au PAY」を冠した名称に変更していて、今後はZHD同様、この1年半で一気に浸透した「ペイ」ブランドを押していく模様です。なお、Wowma!は2019年4月に楽天と提携し、一部出店者へ「楽天スーパーロジスティクス」の商品保管や出荷サービスを提供。独自物流網を強化するAmazonや楽天、ZHDと異なり、物流は協調領域と位置づけているようです。

他方、表立って店舗の募集すらしていないのがドコモ。事業としては「スマートライフ」セグメントの「コンテンツ・ライフスタイルサービス」に位置づけられていますが、出店費用などは公開されていないようです。dショッピングの「店舗一覧」によると2020年現在67の店舗がリストされていますが、おそらく一定の審査基準に基づき個別に連携先を開拓しているのでしょう。2019年10月にはAmazonとの提携により「Amazonプライム」の年会費4,900円1年間無料プランも開始し、第1回で紹介した通り二次流通ECではメルカリと協業しています。自前ECにこだわらずにブランド力のあるパートナーを選び、dポイント、d払いが使える場を増やしていく方針と見受けられます。

ユーザーインターフェイス

店舗戦略に比べると顧客戦略はいまのところ大きな違いはなく、通信と決済、EC等で得たサービス料をポイントで還元し、さらにポイントの出口としてそれらサービスを循環させ、顧客LTVを高める経済圏が、キャリア各社が目指す姿とみられます(もちろん経済圏で蓄積されたデータビジネスにも期待がかかるところですが)。アイテムにもよりますが、品揃え自体での差別化は難しいと考えられるため、購買行動を決定づける要素としてはお得感(価格と送料、そして提携ポイントを含む還元ポイントトータル)と買いものしやすさの演出に注力していくのでしょう。

多数の店舗を集めようとするYahoo!とWowma!、厳選型と思われる楽天、PayPayモール、dショッピング。ユーザーインターフェイス(UI)へはどのように反映されているのでしょうか。コロナ禍の売れ筋カテゴリのひとつ、うがい薬「ラリンゴール」で各PCサイトを検索し、品揃えやUIを確認してみました。

楽天は113件がヒットし、1ページあたり45件までが表示されます。3月に実施した送料無料ライン対応を反映し、「商品の価格+送料-獲得予定ポイント」表示が選べるようになっています。左側オンナビゲーションで価格やブランドを絞り込めます。

楽天市場のUI

(2020年6月に「ラリンゴール」でキーワード検索)

Yahoo!の検索結果は楽天と同じ113件をおすすめ順に表示。Yahoo!ブランドらしい設計といえます。1ページあたり表示60件ですが、ページをめくる(リンクをクリック)しなくても、スクロールで全商品を表示できます。上部から左側のナビゲーションに表示されるキャンペーン情報から該当商品を絞り込めるようになっています。

Yahoo!ショッピングのUI

(2020年6月に「ラリンゴール」でキーワード検索)

同じZHDでも厳選型プラットフォームのPayPayだと、ヒット商品は21件。Yahoo!だとカテゴリの下部に埋もれているナビゲーションが左側のメニューバーに整理されていて、よりスッキリした印象です。

PayPayモールのUI

(2020年6月に「ラリンゴール」でキーワード検索)

Wowma!は33件がヒットし、1ページあたり商品数は40件になっていました。右上の「絞り込み」でポイント料率の高い順に並べることも可能です。

Wowma!のUI

(2020年6月に「ラリンゴール」でキーワード検索)

dショッピングのヒットは3件。出店者が限られるだけあって数は少ないものの、沢山のページを行き来して探し回る手間を思うと、ドコモブランドにより厳選された選択肢という安心感がありそうです。「送料無料」は価格の横にマーク表示されるのでひと目でわかりますが、送料無料/送料込商品だけを探すには1ページめくって「条件で絞り込む」必要があります。1ページあたり最大表示数は60件です。

dショッピングのUI

(2020年6月に「ラリンゴール」でキーワード検索)

同じブランドでも100件以上の多彩な提案からじっくり商品を比較検討したいのか、ある程度絞り込まれた提案からサクッと選びたいのかはユーザーによって異なりますが、購入される総量が変わらなければ商品が多いほど競争は激しく、出店者の負担は増えそう。そしてプラットフォーム側には細やかな検索UIや公平・透明なアルゴリズムといったシステム投資の高度化が求められることになるのでしょう。

ECとペイのシナジーは?

コロナ禍はペイバトルを端緒に通信キャリア各社が進めてきた経済圏確立、とくにEC利用促進にとっては追い風になりました。各社の囲い込みは順調に進んでいるのか、ECサイト/アプリとペイアプリの併用状況のコロナ前後半年間の変化からみていきましょう。

楽天サイト、楽天アプリのユーザーによる楽天ペイ併用は半年間ほとんど変化がなく、ECからペイへの送客は進んでいない様子です。ただ楽天ペイユーザーはもともと76%獲得していた楽天アプリ併用ユーザーがさらに80%に増え、アプリ間ではECとペイのシナジーがみられます

楽天のECとペイの併用状況変化

楽天のECとペイの併用状況変化

(上段は2019年11月、下段は2020年4月。スマートフォン)

PayPayユーザーは大半がYahoo!またはPayPayモールを併用。2019年11月に比べるとYahoo!サイト併用が50%から42%、PayPayモールサイト併用が45%から27%とサイト併用は低下したものの、他キャリアに比べるとペイユーザーがECアプリを多数併用し、高ロイヤリティといえそうです。Yahoo!とPayPayモールのECアプリユーザーによるPayPay併用も若干増えました。

ZHDのECとペイの併用状況変化

ZHDのECとペイの併用状況変化

(上段は2019年11月、下段は2020年4月。スマートフォン)

Wowma!はサイト、アプリとも半年間でau PAYの併用がそれぞれ9ポイント、3ポイント増加し、ECユーザーに対するペイの利用促進に成功しているようです。au PAYユーザーのWowma!併用は4月で43%で、半年前に比べると7ポイント改善しています。au PAYブランドへの統合が今後どう影響するのか注目です。

auのECとペイの併用状況変化

auのECとペイの併用状況変化

(上段は2019年11月、下段は2020年4月。スマートフォン)

dマーケットユーザーは52%から58%へ6ポイント、dショッピングユーザーは59%から62%へ3ポイントd払い併用が増えたので、ECからペイへの送客は進んでいる模様。提携するAmazonのユーザーもd払い併用が3-4ポイント増加しました。ただしd払いユーザーのdマーケット、dショッピング併用はあまり変化がなく、d経済圏内でのシナジーは限定的かもしれません。Amazonサイトは32%から36%へ4ポイント、アプリは54%から56%へ2ポイント増加しており、d払い決済で3倍ポイント還元キャンペーン(2019年12月~2020年3月は5倍)が奏功したとみられます。

ドコモのECとペイの併用状況変化

ドコモのECとペイの併用状況変化

(上段は2019年11月、下段は2020年4月。スマートフォン)

キャリア系ECユーザーの利用がユーザー全体に比べて特徴的に多いアプリを確認したところ、ZHDとauは1位、ドコモは2位がペイアプリ楽天は4位、リーチ率も20%と他キャリアに比べて低めでしたが、それだけ楽天市場のユーザー層が幅広いという見方も可能かもしれません。

各社とも上位はほぼ自社サービスがランクイン。とくにWowma!ユーザーはトップ10全てが自社サービスです。ただしECに関しては楽天ユーザーの3位にAmazonや6位UNIQLO、Yahoo!ユーザーの2位に楽天市場と9位にAmazonも顔を出していて、ECブランドだけでユーザーを囲い込むには厳しい環境であることもわかります。二次流通に関してはドコモの提携先であるメルカリが楽天、Yahoo!ともに使われていて、自社ブランドに縛られないドコモの連携戦略が実は浸透している様子。dマーケットユーザーはECよりもコンビニアプリの併用が目立ちました

キャリア系ECユーザーの利用が特徴的に多いアプリ

キャリア系ECユーザーの利用が特徴的に多いアプリ

(スマートフォン。2020年2-4月に各ECサイト/アプリを利用したユーザーの利用が4月にユーザー全般に比べて多かったアプリ。太字は自社サービス。黄色はポイント、ブルーは金融、紫はEC、オレンジは決済、緑は小売)

楽天、dマーケット、Wowma!ユーザーの併用はそれぞれ金融アプリも上位です。次回は保険や銀行を含む金融領域を中心に通信キャリア経済圏の動向を探ってみます。

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この記事のライター

法政大学院イノベーション・マネジメント専攻MBA、WACA上級ウェブ解析士。
CRMソフトのマーケティングや公共機関向けコンサルタント等を経て、現在は「データ流通市場の歩き方」やオープンデータ関連の活動を通じデータ流通の基盤整備、活性化を目指している。

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