ヒトの行動を考えるときに有用かもしれない3つの社会心理学の理論

ヒトの行動を考えるときに有用かもしれない3つの社会心理学の理論

社会と個人の相互作用に焦点を当てる「社会心理学」。「ヒトの行動を考える」シーンはマーケティング活動において必ず発生します。社会心理学がマーケティング戦略を考える際にどのように使えるのか、行動経済学との関わりも示しつつ、社会心理学の3つの理論「認知不協和論」「リベットの実験」「少数派影響論」について解説します。


社会心理学とは?行動経済学との関わりも

まずは、社会心理学という学問の特徴や目的について簡単にまとめてみましょう。

社会心理学は、社会などの集団がその構成員である個人の心理や行動にどのような影響を与え、またその個人が社会にどのような影響を与えるのか、という相互作用のあり方を明らかにすることを目標に据える学問です。

その理論の中には、私たちの素朴な感覚を180度覆すようなものも含まれます。この記事では、社会心理学の数ある理論の中でも今に至る後世への影響が大きかったものを3つご紹介します。

そもそも、なぜ社会心理学の理論がヒトの行動を考えるのに有用なのでしょうか?

社会心理学の理論と実験は、私たちの心理や意志といったものが思わぬメカニズムで決定されている可能性を示唆しています。心理は未だに謎の多い領域です。しかし、科学的検証を経てきた主要な理論には一定の妥当性、再現可能性があります。

これらの理論を通じて他人や自分自身の心理のあり方を分析することで、人間関係の改善や不要なストレスからの解放が期待できるかもしれません。また、「行動経済学」とオーバーラップする部分もあり、消費者の行動様式の理解にむすびつくという意味でマーケティング文脈でも有用かもしれません。

マーケティングで活用がすすむ「行動経済学」とは?

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常識を覆す社会心理学の3つの理論を解説

「意志」とは何か?「リベットの実験」

ビジネスシーンではよく「意志決定」という言葉が使われますが、そもそもの「意志」とは何かについて着目したリベットの実験を紹介しましょう。

私たちは普段、何をするにしても自分の自由意志が体を動かすと思っています。コップの水を飲むときには、(コップの水を飲もう)とまず考えて、コップに手を伸ばし、水を飲む、と。

しかし、ベンジャミン・リベットという生理学者の行った実験によって、この感覚が誤りである可能性が示唆されています。リベットは彼が行った実験に基づき、意志が発生するのは行動が起こった後であると主張しました。

実験の手順と結果は以下の通りです。

被験者に、任意のタイミングで手首を動かすように指示します。その時に、
1. 運動の指令が脳に発生する瞬間
2. 手が動く瞬間
3. 意志が発生する瞬間
の3つの時間を計測してその順番を調べます。

1.の「脳に運動の指令が発生する瞬間」は脳波を測定して判断します。
2.の「手が動く瞬間」は実験者が観測します。
3.の「意志が発生する時間」は、被験者にアナログ時計を見てもらい、手首を動かそうと思ったときにその針がどこを指していたのかを申告してもらいます。

この実験の結果、運動の指令が脳に発生する方が、意志が発生するよりも早いという考察が導かれました。観測結果は、まず運動の指令が脳に発生し、次に意志が生まれ、そして手首が実際に動く、という順番になっていたのです。

このリベットの実験の結果が示唆するところは、私たちの自由意志の存在そのものをも揺るがしかねません。脳の運動指令と意志はほとんど同時に生まれるため、私たちは意志を持つ前にすでに行動してしまっているということに気づいていないだけだということになります。

リベットの実験結果は当時、哲学や心理学の分野で大きな波紋を起こし、賛否両論が巻き起こりました。たしかに人間のふだんの生活感覚に反する結果であり、容易に受け入れがたい面もあるでしょう。しかし、この結果を裏付ける次のような実験もあります。

被験者にスライドの切り替えを行うためのボタンを渡します。しかし実際には、被験者の脳波を測定して、脳内で運動信号が出た瞬間にスライドが切り替わるように細工しておきます。すると、被験者は「ボタンを押そう」と思う直前にボタンが切り替わるという、日常的常識とは逆の体験をしました。

行動が生まれたあと、意志が後づけのように意識される。意志は、私たちの感覚とは異なるメカニズムで作用するものなのかもしれません。このようにヒトを捉えると、マーケティング活動についてもまた違った角度から眺めることができるでしょう。

意志の形成を深掘る「認知不協和論」

次にご紹介する認知不協和論も、私たちの常識を覆す理論です。レオン・フェスティンガーが唱えたこの理論の骨子は、イソップ物語の狐とぶどうの逸話に見ることができます。

この物語の中で狐は

1.ブドウが欲しい
2.ブドウは手に入らない

という矛盾した認知に苦しむことになります。この狐が置かれているような苦境が、社会心理学において「認知不協和」と呼ばれる状態です。さて、狐はぶどうが手に入らないとわかると、「あんなものどうせ酸っぱいに決まっている」と負け惜しみを言います。「ブドウは酸っぱい(まずい)」という理屈を追加することによって、「1.ブドウが欲しい」という認知を「(酸っぱいので)1’.ブドウが欲しくない」に変更しているのです。

1’.ブドウが欲しくない
2.ブドウは手に入らない

ならば認知に矛盾がないので、お腹は膨れないにせよ認知不協和の種は取り除かれます。こうして、意志の後付けによって「ぶどうが欲しいのに手に入りそうもない」という認知不協和を解消していると解釈できます。

この考え方を突き詰めると、「人は自覚的には意志によって行動を起こしていても、実際は外的要因で行ったことに理由を後付けして、それをあたかも自分の意志であったかのように納得している場合がある」という、常識に反する結論につながります。そしてその有り様の端緒は、以下のフェスティンガーの実験においても確認できます。

まず、被験者の大学生たちに「大学紛争に警察は介入すべきか」というテーマについて「もしよければ、自分の意見と反対の意見を支持する文章を紙に書いて提出してくださいませんか。」といいます。

そして書いてもらった後に、ある被験者たちには少額の報酬(1ドル)を、別の被験者たちには高額の報酬(20ドル)を渡します。その後で、最初に書いてもらったテーマについて、被験者たちの意見が変わったかどうかを調べます。

すると、少額の報酬を受け取ったグループの方が、当初と意見が変わっている傾向が見られました。これは、「自分の信条と異なる意見を自由意志で書いた」という認知不協和が起こり、「信条自体を修正することでそれを無意識に解消しようとした」と解釈することができます。

一方の高額報酬をもらったグループは、「自分の信条と異なる意見を自由意志で書いた、が、それはお金のためだった」という認知的な逃げ道ができてストレスがないため、意見の修正が起こらなかったとみられます。

少額の報酬をうけとり、認知不協和の解消に迫られて意見を修正した被験者たちは、そのことに自覚的ではありません。「よく考えたら反対意見にも一理あることが分かった」などと理屈を後付けします。

この「認知不協和論」は、行動経済学の「サンクコスト効果」と似た面のある理論だと言えるでしょう。「サンクコスト効果」は、買い物を例にとれば、「これだけ品定めに時間をかけたのだから何か買わないともったいない」というような、費やしてしまったコストを取り戻そうとする心理効果のことです。

これも、

1.成果を見込んで労力を費やした
2.成果がない

という認知不協和を、「成果があった」状況を心理的に捏造することで解消していると解釈することができます。ひとたび認知不協和というヒトの心理的枠組みを理解すると、日常のさまざまな場面でこうした事態が起こっていることに目が向くのではないでしょうか。

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意見はどのように変わっていくのか?「少数派影響論」

読者の皆さんは、日常的な感覚において、多数派の意見と少数派の意見、どちらがより強力だとお考えになるでしょうか。社会心理学者のセルジュ・モスコヴィッシは、多数派の意見と少数派の意見は、そのあらわれ方が異なるだけで、どちらにも影響力があると唱えています。

モスコヴィッシによれば、多数派の意見はその多数派の人々がいるところでは大きな威力を発揮します。多数派の意見には、それが多数派であるという理由で多くの表面的賛同者が生まれます。そのような場においては、少数派の意見は見向きもされないか、一笑に付されることでしょう。

しかし、家に帰るなどして一度多数派の存在が感じられない環境に身をおくと、多数派であるという理由で選択した意見は力を失い、少数派の人々が言っていたことが気になり始めます。そしてこの時、それが少数派の意見の影響であるということは往々にして自覚されず、あたかも自分で思いついた意見であるかのように錯覚します。

多数派の影響は社会において表面的に表れやすいけれども、本心には影響を与えないと言うことになります。またモスコヴィッシは、多数派影響は時間とともに色あせていくと言います。

一方、私たちが侮りがちな少数派影響には、表面的には現れないけれども、こっそりと本音の意見を変えていきます。また、その変化は無意識に及び、さらに時間がたてばたつほど存在感を増していくとされています。

このことは、以下の実験を通じて明らかにされました。

この実験は多数派影響と少数派影響の性質を同時に調べるように設計されています。まず多数派影響に関する部分についてご紹介します。

被験者はスライドを見せられて、そのスライドの色について、
1.まずは口頭で回答し、
2.次に残像色とともに紙に書いて回答します。

スライドの色は明らかに「」なのですが、同時に実験を受ける被験者のなかにサクラが仕込んであるのがポイントです。このサクラの数をコントロールすることで、多数派影響の状況と、少数派影響の状況を作り出します。

まずは多数派影響の状況です。口頭で回答する際にサクラを多数派になるように仕込み、彼らにスライドの色を「」だと言わせます。すると、本来の被験者も多数派に影響されて「緑」と回答します。一方で、「緑」というサクラを少数派にした場合、このような影響はほとんど見られませんでした。

さて、ここまでが多数派の影響を調べる実験でした。ここからは少数派の影響を調べる実験をしましょう。同じ実験の中で、スライドを消した後に見える残像について被験者に無言で紙に書かせます。

本来であれば、残像は青の補色である「オレンジ」が見えるはずです。そして、多数派影響の状況でスライドの色を多数派が「緑」と言っても、被験者は残像に「オレンジ」を見続けます。つまり、無意識領域の影響は受けていません。

しかし、少数派が「緑」と言ったときには、被験者には緑の補色である「」が見え、紙に残像色として赤を記入したのです。

つまり、多数派が明らかに間違っている「緑」と回答したとき、被験者は表面上それに同調するけれども、その影響は無意識には至っていません。少数派が「緑」と回答したときには表面上は被験者の意見に違いは現れませんでしたが、無意識の部分に変更が加えられ、実際に緑を見たと錯覚した脳が、緑の補色である赤を知覚したのです。

少数派の意見が被験者のなかの無意識領域で吟味され、問い直された結果、影響を受けたとモスコヴィッシは指摘しました。例えば、組織や企業の通念を変えたいと考えるとき、少数派影響の理論を検討しておくのは役に立つ可能性があるかもしれません。

まとめ

社会心理学の、常識とは異なる革新的な視点をご紹介しました。ヒトの行動の一面を理解しておくことで、人間関係の理解や円滑化につながるかもしれません。また、より効果的なマーケティングに活用できる可能性もあるでしょう。

本記事では書籍『社会心理学講義』(著:小坂井敏晶)を参考にしました。今回ご紹介した理論は社会心理学の一部にすぎません。より多くの理論に触れて社会と心理の相互作用の理解を深めてみてはいかがでしょうか。

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この記事のライター

ウィーン大学への留学を経て京都大学文学部卒業。
外資系大手ITコンサルティング会社に勤務後、フリーランスライターに転向。

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