街とブランドの関係性 ~下北沢再開発から見た街のブランド価値

街とブランドの関係性 ~下北沢再開発から見た街のブランド価値

お気に入りの街はありますか。昔ながらの風情や人情味のある街、都市計画で整備され高層ビルと街路樹が調和した街、再開発で新旧カルチャーが融合する街など、街の持つ個性やブランドイメージは、そこに住む人、訪れる人にも様々な影響を及ぼします。 広告・マーケティング業界に40年近く従事し、現在は株式会社創造開発研究所所長を務めている渡部数俊氏に、「街とブランドの関係性」を考察いただきました。


愛される街とは

街歩きが好きです。新しく開発された街へ出向くのも楽しいですし、古くからの佇まいを残している街には心が癒されます。特に子供の頃の原風景にあるのは、以前住んでいた自宅付近の活気ある商店街や日頃親に連れられて乗っていたバスやバス停です。今よりはゆっくりと時間が流れていた時代でした。もちろん、その頃には携帯電話もPCもありません。ずっと以前です。さて、皆さんの子供の頃の原風景はどのようなものなのでしょうか。

雑然としているのにどことなく整っている、とりあえず必要なものが「適当」にある街、どれだけ的を得ているのかわかりませんが、人に愛される街のひとつの条件だと考えます。無機質で計画的に作られた街には様々な新しい工夫がなされていますが、大体において何故か魅力に欠ける場合が多いように感じられます。よく、完璧な人より少し弱みがある人の方が好かれる傾向にあると聞いたことがありますが、街も人と同様、弱みや欠点を街づくりに活かすことは愛される街の条件なのです。

ただ、再開発する上では防災や交通、デザイン、街のシンボルの活性化など様々な課題があります。そして、それらの課題を解決すると、どうしても先に再開発した街の姿に似てしまいます。また、残念ながら、街に残る代表的な建造物を壊さなければならなかったり、言い伝えが残る古木抜いたり、旧道を拡張したりと街の魅力につながる資産に手を付けて、街そのものを変えてしまうといった悪しき開発も以前は見受けられました。もちろん、再開発には時間と手間と予算の問題もあります。いつまでも工事を続けていては住民の生活にも支障が出てきます。可能な限り、短期間で集中して完成させる必要があるのです。

下北沢再開発

これからを期待している再開発もあります。そのひとつが下北沢再開発です。

小田急電鉄が和泉多摩川駅から東北沢駅間10.4㎞を複々線事業化し、2019年3月に完成しました。その事業の結果、世田谷代田駅から東北沢駅間約1.6㎞は地下化されました。複々線化により、列車の増発が可能になり車内の混雑緩和が進み、スピードアップすることで沿線の利用者の利便性は高まりました。同時にその間の開かずの踏切は解消され、地上の線路跡地は開発可能となました。

現在は商業施設やホテル、認可保育園、温泉旅館、劇場、公園などが並び立ち、大変ユニークな再開発となっています。商業施設は下北沢特有の路地裏に存在してきた様々な魅力ある店を回遊できる楽しみを取り入れ、独自の街文化を活かそうと工夫しています。その他、少々長引いている感はありますが、小田急電鉄と京王電鉄両方の駅前再開発もこれからの下北沢にとって、目が離せません。

以前は演劇と音楽とサブカルチャーの街と知られた下北沢ですが、最近は古着とカレーの街としても知られてきました。古くからの店舗が、それこそテンポよく古着屋とカレー屋に生まれ変わり、街の雰囲気を少しずつ変えてきました。また、それらの店舗が集積することで新しい街の魅力が生まれたことに気づかされます。「桜梅桃李」、それぞれが独自の美しい花を咲かせようという熟語があります。他と比べることなく、個性を磨こうという教訓ですが、ひとつひとつの店舗がそれぞれの個性を発揮し、街全体を盛り上げるという下北沢の歴史的な街の持つ生命力は、日本ばかりではなくグローバルに愛される理由になっています。

街の持つイメージと個性

街のブランドを考える際には3つの点に注目したいと思います。

ひとつはご紹介したように、街自体が持つ個性、街イメージです。街の持つイメージを醸成するものは、街の個性(アイデンティティ)であり、住民や取り巻く環境などにより、長い間に育まれたあるいは新しく生まれたものです。時間軸や交通網などの影響も大きいと考えられます。災害や風説など悪いイメージが残る場合もあります。イメージですので刻々と変化するでしょうし、映画や小説、口コミ等により街に出向く前から持っていることも多々あります。常に理想的な住生活環境の実現を目指し、整え、維持することが大切です。

次に、街の特産品・特産物です。地元特有の特産品・特産物で有名なものは地域ブランドと呼ばれる夕張メロンや旭川ラーメン、関サバなどですし、街という単位で考えれば、下北沢のカレーや宇都宮の餃子などでしょう。その街へ行く主要な目的に地元グルメを食べるためといったケースがますます増えているような気がします。海外からもそれを目的に訪れる、まさにコト消費なのです。

さらに、3つ目は街の文化あるいは文化に繋がるシンボルです。文化やシンボルといったものには下北沢の演劇の舞台となる劇場、あるいは札幌や川越の時計台などの歴史的な建造物、さらには橋や川、道などもそれに含まれます。これも、地元自治体や企業、住民、NPOなどが連携して愛する街のためにも維持管理し続けることが重要です。

街とブランド

街のブランドを構築することで、特産品・特産物の売れ行きは拡大し、不動産や住宅の価値は高まります。さらに、食やお酒、ファッション、趣味など様々な業種の店舗を街へ招き入れ、音楽や映画、芸術などの文化やスポーツを盛り上げ、参加する者が楽しめる環境を創り出すことができます。

もちろん、そのためには常に一歩先を見た多様な工夫が必要です。住民や行政、企業、NPOなどが連携し、街のブランド価値を共創することで、街全体が活性化し、絆が生まれ、参加する者全ての生きがいに繋がることになります。

また、そのためにはその街と関係を持った多くのステークホルダーと共に街の歴史的成り立ちや将来性を学び、その個性や独自性を改めて認識してもらうことが必要です。商品ブランドにおいてはロングセラー商品がその成功例といわれるように、また訪れたくなる街、思い出に残る街、忘れられない街など様々な形で心に深く刻まれ、夢を生み出す街。それこそが街のブランドであり、街のブランド価値なのです。

街とブランドの関係には奥深いものがありそうです。

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【関連】縁とマーケティング ~ 日本人が求める「新たな縁」について考える

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この記事のライター

株式会社創造開発研究所所長、一般社団法人マーケティング共創協会理事・研究フェロー。広告・マーケティング業界に約40年従事。
日本創造学会評議員、国土交通省委員、東京富士大学経営研究所特別研究員、公益社団法人日本マーケティング協会月刊誌「ホライズン」編集委員、常任執筆者、ニューフィフティ研究会コーディネーター、CSRマーケティング会議企画委員会委員、一般社団法人日本新聞協会委員などを歴任。日本創造学会2004年第26回研究大会論文賞受賞。

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