■スピーカー紹介
花王株式会社 DX戦略部門 事業DXサポート部
データドリブンマーケティング推進室 志佐 麗奈氏
株式会社ヴァリューズ データマーケティング局 コンサルティングG
シニアマネジャー 岩村 大輝
花王のDX革命:よきモノづくりからUX創造企業へ
株式会社ヴァリューズ 岩村 大輝(以下、岩村):「VALUES Marketing Dive」第1回では、花王流のデータ分析やツール活用事例についてお話しいただきました。今回はその活用法について、全社でどのように推進されているのかを伺います。
花王株式会社 志佐 麗奈氏(以下、志佐):花王の売上高の77%を占める「コンシューマープロダクツ事業」は、「ハイジーン&リビングケア」「ヘルス&ビューティケア」「ライフケア」「化粧品」という生活者に向けた4つの事業分野になります。残りの23%は「ケミカル事業」で、業界のニーズに対応した製品を幅広く展開しています。
株式会社花王におけるセグメント別の連結売上高構成比(2022年度)
志佐:これらの事業活動の中、花王は重点戦略の一つとして「DXの推進」を掲げています。2018年から、AIなどの先端技術を活用した業務の能率化や働き方の改革を進めてきました。2021年からは事業のDX推進に本格的に乗り出し、2023年1月には社内のDX機能を統合した「DX戦略部門」を新たに設立しています。
このように花王の「よきモノづくり」を、デジタルの活用によってバージョンアップすることで、製造業にとどまらない最高の体験を提供する「UX創造企業」とした変革を推進しています。
DX推進では組織的能力の向上を目指す
志佐:背景にあるのは、デジタル化時代の到来です。
DX推進の背景はデジタル化時代の到来
志佐:1点目は、様々なデジタルツールの出現に伴い、私達の生活様式は日々大きく変わっていることです。例えば、2011年にGoogleが提唱した「ZMOT(ジーモット)」という購入の意思決定モデルがあります。今、商品を購入する際、店頭に行く前にスマホで調べたり、パソコンで商品を比較したりして、購入する商品を決めてから行くという流れが定着していますよね。この購入前の段階を「Zero Moment Of Truth(ZMOT)」と呼びます。このように顧客とのコンタクトポイントの増加や複雑化に対応できるよう、様々なデジタルツールが出現しています。
2点目は、デジタル教育の発達です。2020年には小学校ではプログラミングの授業が必修化され、2025年には大学の共通テストに「情報」が新設され、受験の必要科目になります。国が初等教育から大学まで、情報処理やデータサイエンスの教育に注力しているため、今後入社してくる社員は、当たり前のようにデータリテラシーを身に付けている時代になると考えられます。
こういった背景から、花王ではデータ活用文化の醸成、および組織的能力の向上に向けたデジタル人財の育成に注力しています。
岩村:「組織的能力の向上」という部分が特徴的です。花王様にとって、どのようなことを指しますか。
志佐:データの分析や活用を、組織として進めていくことです。私が所属する「DX戦略部門」や、一般的に「デジタル/DX推進部」と呼ばれるようなデジタルの専門部隊が知識やスキルを極めていくだけでなく、事業を推進する担当者自身が日々データを見たり、使ったりできる環境が必要だと考えています。そのためデジタル人財育成の上でも、事業部担当者を対象にデジタル教育の学習機会を設けることを意識しています。
岩村:データ分析のスペシャリスト育成はもちろん、分析がメインミッションの方以外も、データ活用を身に付けていくということですね。
実務活用を重視するデータアナリスト育成研修
岩村:DX人財の育成について、具体的な取組み内容を伺えますか。
志佐:花王ではデジタルスキル学習サービスの活用をはじめ、ウェブ解析士(一般社団法人ウェブ解析士協会)の資格取得の支援、データアナリスト育成研修などに努めています。
花王のDX推進
岩村:資格取得の支援だけでなく、データアナリスト教育にも取り組まれているのですね。花王様にとって、目指すべき「データアナリスト人財」とは、どのように考えていますか。
志佐:デジタルやITのスキルはもちろん、実際の業務で活かすためのビジネススキルも持ち合わせた人財です。そのため、ITやデータサイエンス、統計といった専門知識はもちろん、それを業務でどう活かすのかというところまで考えられる人財の育成を目指しています。
岩村:まさにトランスレータ―といわれる人財ですね。データアナリスト育成研修では、どんな内容で実施されているのでしょうか。
志佐:レクチャー編とワークショップ編の2つで構成しています。
データアナリスト育成研修の概要
志佐:レクチャーでは、私たちDX戦略部門のメンバーが講師となってDockpitやstory bankなどの分析ツールの特徴や使い方、また分析の視点や方法を座学で教えています。ワークショップでは、実際に分析をした結果どのようなデータが出たのか、グループで共有しながらディスカッションします。このようにインプットのレクチャーとアウトプットのワークショップを繰り返し行うことによって、実際の業務で活用できる実践的なスキルの習得を目指しています。
岩村:実施する上での苦労や工夫はありますか。
志佐:この研修をはじめて約1年になりますが、継続して続けていくことの難しさを感じています。運営メンバーの入れ替えだったり、カリキュラムが変わったりと変更点も多い中で研修を継続的に行うためには、研修を「仕組み化」することが大事だと考えています。「仕組み化」とは、教わった人が教える側になる、学びの”輪”を作っていくことです。
仕組み化に向けて、アップデートした取組みを2つご紹介します。
一つ目は、研修卒業生によるレクチャーの実施です。研修を受けた人が学んだ内容を実務の中でどう活かしているのか、ご自身の言葉で話していただくことで、よりイメージしやすくなると考えています。受講生のアンケート回答でも「実際にどう使っているのか聞けたので、現業務でのイメージが湧きやすかった」という意見がありました。
二つ目は、メンター制度の導入です。受講生一人一人に担当のDXメンターが付くようにし、研修中はもちろん、研修が終わった後も現場のデータ活用をサポートするなどアフターフォローにも力を入れています。組織の中で文化を作り上げるためには長いフォローが必要と考えています。
岩村:志佐さんは新入社員で、事業部の方々、卒業生の方々は先輩にあたりますが、どのように感じていらっしゃいますか。
志佐:自分が講師をできるのかという不安はもちろんありましたが、研修を運営していく中で講師の立場として学ぶことが多くありました。また、研修の運営に関して同じチームのメンバーに相談や提案をした際は、運営メンバーの皆さんが私の意見に耳を傾けてくださるので、やりがいや運営の実感を持ちつつ、研修を進めることができています。
岩村:運営側もチームワークを発揮してフォローし合いながら、進めているということですね。ワークショップの内容もご紹介いただけますか。
志佐:研修内のワークショップでは、実際に手を動かす時間を取ることが大事だと考えています。というのも、レクチャーの中でDockpitのツール説明やデータの見方を聞くだけだと「すごそう」「こんなことできるんだ」という感想で終わってしまいます。そういった座学のレクチャーに加えて、研修内でワークショップを設け実際に手を動かしてデータを見ることで、「こういう業務に使えそう」「この資料でこのデータを使えそう」など具体的な活用方法をイメージしてもらうことができます。ツールを使う実感を持ちながら研修を受けてもらえると思うので、ワークショップには特に力を入れて取り組んでいます。
岩村:弊社もワークシートを作らせていただきました。ワークショップにも参加させていただきましたが、様々な事業部の方が参加することで「ここはコラボできるのではないか」という話もあがっていましたよね。また花王様がどういうことをされたいのか、DX推進がこんな風に進んでいくといいのかなと具体的にイメージすることができました。今後も色々な会社の方に提供していければと考えています。
ワークショップで使用したワークシート
インサイト探索でのDockpit活用事例
岩村:続いてDockpitやstory bankの活用事例をご紹介いただけますか。
志佐:はい。実務でツールを活用する場面は次の4つです。トレンドの把握や着眼点を見つける①テーマ発見、行動の意図を推察や生活価値を理解するための②インサイト探索、データで定量的に把握したりデータを可視化するために使う③エビデンスの提示、④施策の効果検証の4点になります。中でも、顧客を理解することが大事と考えているので、今回はインサイト探索の事例をご紹介します。「メリットDAY+(プラス)」のドライシャンプーについての分析事例です。
ドライシャンプーは、日中の清潔を保つシャンプーです。外出先でも手軽に汗のニオイや髪・地肌のべたつきをスッキリできる商品で、スプレータイプとシートタイプが販売されています。この商品を若年層に認知・使用してもらうため、生活者のデジタル行動に寄り添った施策を検討しようと考え、分析ツールを活用しました。
具体的には、ドライシャンプーは「日中の清潔感を保つ」商品なので、まず「清潔感」というキーワードを入れてDockpitで分析しました。すると類似ワードとして「真ん中分け」「かき上げる」など髪型に関するワードや、「垢抜け」「垢抜けたい」というワードがあがってきました。
Dockpit/story bankの活用具体事例 ~「清潔感」の類似ワード
志佐:さらに「垢抜け」という言葉がどういう捉え方をされているのか調べるために、「垢抜け」のキーワードで再度分析しました。ユーザー属性では10~30代の検索が多く、また「垢抜け」を検索した人がどんなページに入っているか分析したところ、「垢抜け」が髪型と関連していることが分かりました。
Dockpitでの「垢抜け」分析結果
志佐:ここから「若年層にとって、清潔感と垢抜けは類似している」「清潔感(垢抜け)は、髪型から醸し出されるもの」という2点が見えてきました。また「清潔感」と「垢抜け」を比較すると、若年層にとっては「垢抜け」という表現の方が馴染みのあるキーワードだと分かったため、SNSでの発信の際に「#垢抜け」を入れるなど、施策に活かしています。
岩村:「清潔感」というワードで分析したこともポイントと思います。なぜこのワードを入れたのでしょうか。
志佐:もちろんブランドや商品名での分析もしましたが、ドライシャンプーの提供価値が「日中の清潔感を保つ」ことですので、その価値をどうやって伝えるかチームで考えていったところ「清潔感を伝えることが大事だね」となり、「清潔感」を入れて分析を進めました。
岩村:「清潔感」に反応するのはどんな人か見ていった、という流れだったのですね。
データ活用文化の浸透に向けて
岩村:最後に今後についてお話を伺えますか。
志佐:現在行っている様々な取組みのゴールは、データ活用文化の醸成と組織的能力の向上です。
今後の展望
志佐:現在は、今回ご紹介した社内研修の実施や、研修卒業生へのアフターサポートに取り組んでいます。今後は卒業生に対して日々ヒアリングを行うことで、実際に業務でどんな風にツールを使っているのか、活用事例をDXメンバーも把握して社内に共有することで、データ活用文化の組織への浸透を目指して取り組んでいきたいと思います。
岩村:仕組み化が進んでいると感じます。またDXを推進するためには、自らが意義づけし、運営側がチーム一体となって進めていくことが大事だと気付きました。本日はありがとうございました。
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※2024年1月31日(水)17時まで視聴可能。お申し込み後すぐに視聴URLをお送りいたします
大学卒業後、損害保険の営業事務を経て、通販雑誌・ECサイトのMD、編集、事業企画に従事した後、独立。自身のキャリアを通じて、一人一人のポテンシャルを引き出すことが組織の可能性に繋がることを実感したことから、現在はマーケティングとキャリア・人材を軸に、人と組織の可能性を最大化できるよう支援をしています。